Haa - tschi  本家 『週べ』 同様 毎週水曜日 更新

納戸の奥に眠っている箱を久しぶりに出してみると…
買い集めていた45年前の週刊ベースボールを読み返しています

#259 予想は大外れ

2013年02月27日 | 1981 年 



ドラフト指名候補の将来性を評論家の関本四十四氏が予想していましたが見事に外しました。。。


今年の即戦力投手ビック3のうち一番楽しみなのは田中幸雄(電電関東)だ。1m89cmの長身から投げ下ろす直球は威力があり打者を捻じ伏せる。この田中は高校時代(流山高)は遊撃手で投手に転向したのは社会人入り後。投手歴は2年と浅いがその分、肩は使い減りしてなく長持ちしそうだ。世間の評価は津田恒美(協和発酵)が一番で田中や右田一彦(電電九州)が次いでいると言われているが、津田は精神面の弱さが克服されておらずプロでは苦戦するのではないか。高校時代から直球には定評があったがフォークボールを覚えてからは投球に荒々しさが消えて威圧感が無くなったと評価を落とした。その意味では50点の投球もするが時として手が付けられない100点以上の投球をする右田の未知数さの方が魅力的だ。

ドラフトが近づくにつれて松井智幸捕手(明治大)の評価が上がってきた。松井は捕手としてのセンスを全て備えている。インサイドワーク、小さく鋭い送球モーション、正確なスローイングコントロール。明大の投手陣が持ち堪えられたのは松井の存在があればこそだった。レベルの高いプロの投手とバッテリーを組ませれば今以上に捕手としてさらに成長して球史に残る選手になれる逸材だ。

その明大には平田勝男がいる。東都の主砲・尾上旭(中央大)と共に大学球界を代表する遊撃手だ。「どちらが上か」とよく聞かれるが要は好みの問題。2人は対照的で例えば三遊間の深い所に飛んだ打球を軽いフットワークで追いつき、さりげなく処理するのが平田。派手なリアクションで「どうだ見たか」とアピールするのが尾上。明大・島岡監督は平田を二番に据えたが三番を任せられても充分な能力を持ち合わせている。「奴ほどチームバッティングに徹する事が出来る選手はいない。併殺打を見た記憶はない(島岡監督)」一方の尾上は日米野球でのサヨナラ本塁打が象徴するように意外性のある打撃が魅力。玄人受けする平田か万人受けする尾上、どちらが上かは好みの問題だが個人的には尾上を推したい。玄人を唸らせるより素人を熱狂させるのが、よりプロらしいからだ。

高校生の将来性を判断するのは難しい。技術以前に最近は体力不足が特に顕著でプレーする前に故障して消えてしまうケースが多いからだ。あくまで体力が付くという前提で考えるとやはり一番手は金村義明(報徳学園)だろうが勿論、投手ではなく野手としてだが。プロでも速い部類に入る槙原寛己(大府高)の常時145km前後の球を捉える事が出来たのは金村だけ。不安材料は投手に未練を残す事だ。はっきり言おう「金村投手」ではプロで喰っていけない。あの程度の投手は二軍にゴロゴロいる、そして彼らの多くは一軍へ上がる事なく消えていく。「甲子園優勝投手」の看板に拘れば金村の将来に暗雲立ち込めると言っても過言ではない。

金村に次いで期待出来るのが加藤誉昭(都城商)だ。甲子園で3本塁打したのは勿論、「甲子園以後まだ3日しか練習していない」と言いながら出場した国体でもバックスクリーンへ打ち込んだ打力は本物。脚力も100mを11秒台と兼ね備えていて一軍へ上がれるのもそう時間はかからない。加藤よりは時間はかかるが楽しみな素材なのが月山栄珠(印旛高)と山本幸二(名電高)の両捕手。グイグイ前に出る月山、工藤投手の女房役に徹する山本と2人は対照的。タイプは違えども楽しみな選手だ。



あまり評価されなかった津田や平田らの方が活躍しました。この記事はドラフト前に出稿されたものらしくタイトルには『指名球団は決まった』とあり松井捕手(明大)も指名される前提で書かれていました。実際には松井は下位指名すらされずドラフト外も含めてその後プロ入り出来ませんでした。評論家とはお気楽な商売ですなぁ。。ついでに金村の運勢に関する記事を、こちらの予言は大当たり!

    


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#258 1981年・ドラフト会議

2013年02月20日 | 1981 年 



「無風」「平穏」「予定通り」・・・各スポーツ紙が今年のドラフトを表した見出しだ。それでも色々とドラマはあった。

テーブルに置かれたマイクが5本。事前の予想ではその場にはまばゆいライトを浴びた5人がいる筈だった。明治の五人衆…エースのサブマリン・森岡、松井は4年間で許した盗塁がゼロの強肩強打の捕手、堅守と勝負強い打撃が魅力の三塁手・大久保、平田は中大・尾上と大学球界一・二を争う遊撃手、そして栗山。ドラフト会議当日の合宿所食堂に用意された会見場には平田と松井が待機していた。しかし1位指名が終わった時点で5人の名前は呼ばれなかった。2巡目で平田が大洋と阪神が入札し阪神が交渉権を得たが3巡目が終わると松井はソッと席を外し自室へ籠もってしまった。予想もしなかった結末に食堂内に白けた空気が漂う中で「大洋に当たってくれたら良かった…」と平田がマイクの前でポツリと呟いた。

「ドラフト前は調子の良い事ばかり言っておきながらこれはないですよ・・」とマネジャーは肩を落としたが本当にそうなのだろうか?実は複数の球団が松井と大久保をリストアップしていたが明治大の場合は全ての決定権を島岡監督が握っている。社会人野球もプロ野球も事前交渉は島岡監督を通さなけらばならないのだ。あるスカウトがその間の事情をこう説明する。「平田や松井の話になると下位指名ではダメ。契約金は平田が8千万円、松井は5千万ですよ。昨年の原や石毛クラスなら球団もOKするけど正直そこまでの選手じゃない」島岡監督とすれば少しでも良い条件で教え子を送り出してやりたいという親心だろうが、少しばかりクスリが効き過ぎたようだ。今年は人材不足と言われていて少なくとも平田、松井、大久保の3選手は指名順位に拘らなければ指名する球団はあった。ドラフト外という道もあるが「本当に欲しいなら3位までに指名する筈。一流企業からの引き合いも多く頭を下げてまでしてプロへ行く必要はない」と話す島岡監督を説得するのは難しそうだ。

関西地区スポーツ紙の阪神1位指名予想は日刊とサンスポが右田(電電九州)、デイリーが槙原(大府)と書いた中でスポニチが『阪神、松本(秋田経付)を強行指名へ』と派手な見出しを打ってきた。「あいつはプロ入り拒否だろ」「阪神やで、江本もいなくなったしヤケクソで指名するんちゃうか」今シーズンは低迷続きで暗い話題ばかりだった阪神ファンにとって久々に明るいニュースであって、スポニチが売り切れたのは言うまでもない。当然この記事は東京九段のドラフト会議場まで届き小林チーフスカウトは記者に取り囲まれた。「スポニチが書いた事は本当ですか?」「ある時点まではスポニチさんが書いてる通りだったけど、もう断念しました。誰とは言えませんが松本君ではありません」と報道を否定した。ドラフト会議後のトイレで一緒になったスポニチの記者に小林スカウトは「惜しかったな、実は今日の朝まで迷いに迷ってた。でも松本家のガードが固くてね諦めたんだ」と肩を叩き「ご苦労さん」と一言。幻のスクープから3日後、同じスポニチに再び衝撃の見出しが躍った。

『松本に接触、西武がドラフト外で獲る』ドラフト会議の翌々日、降りしきる雪の中を西武・宮原スカウトが秋田県角館にある松本の実家を訪れた。他球団のスカウトが「やられた!」と臍を噛んだのは父親の善一郎さんが宮原スカウトを家に上げて3時間も交渉を行なったからだ。ドラフト前の挨拶に家を訪ねても「住友金属に入社する事が決まりましたから」と門前払いだった他の11球団のスカウトたちは地団駄を踏んだ。住友金属では法政大学の学閥が主流派で法政大出身の根本管理部長が深く食い込んでいて外堀から攻めていく作戦だ。西武はこれまでドラフトで指名した選手に一人として拒否された事のないチーム、さらにドラフト外でも駒崎や秋山など他球団が手を出せなかった選手も口説き落としている。善一郎さんの「プロ拒否宣言はしてみたものの、いざ指名されないのが分かると寂しいもんですね」とのコメントをどう読むか。6位で強行指名した名電高・工藤投手と共に今年のドラフトの目玉投手両獲りがあるかもしれない。







【金村義明 打率.258 127本塁打】               【右田一彦 12勝16敗5S】




【田中幸雄 25勝36敗16S】              【津田恒美 49勝41敗90S】

                                                  【槙原寛己 159勝128敗56S】



【宮本賢治 55勝71敗7S】    【山沖之彦 112勝101敗24S】     【金城信夫 32勝36敗5S】
【尾上 旭 .204 5本】      【伊東 勤 .247 156本】     【井辺康二 10勝12敗4S】   【源五郎丸 洋 一軍出場なし】



【藤高俊彦 入団拒否】       【高木宣宏 16勝18敗】      【加藤誉昭 .000 0本】     【田子譲治 2勝2敗】      【仁村 薫 .231 15本】

【山本幸二 .235 5本】      【月山栄珠 .125 0本】       【金森栄治 .270 27本】    【平田勝男 .258 23本】   【橋本敬司 5勝11敗】
【工藤公康 224勝142敗3S】
【中村 稔 .000 0本】
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#257 現役引退 in 1981

2013年02月13日 | 1981 年 

【 通算成績 3085安打 504本塁打 打率.319 】




【 通算成績 2452安打 465本塁打 打率.282 】




【 通算成績 93勝80敗17S 防御率 3.26 】




【 通算成績 2095安打 331本塁打 打率.276 】




【 通算成績 2018安打 194本塁打 打率.267 】


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#256 愛甲・ドカベン・柴田 

2013年02月06日 | 1981 年 



愛甲 猛(ロッテ)… ルーキーイヤーの今年、投手としての一軍成績は 0勝2敗、二軍では4勝3敗2S。打者としては二軍で13試合 24打数 6安打 打率.250 で投打ともにパッとしない数字である。二軍首脳陣の評価は「打者の方が非凡さを感じる」であるが、実際は投手失格が本音のようだ。だが愛甲は「バッティングも好きだが今は投手としての限界を感じるまで続けたい」と投手を諦めていない。「投手としては5勝するのが精一杯」「人気者なのだから打者として毎試合出る方が球団にとってありがたい」など周囲は打者転向を薦める。

しかし愛甲にはそれなりの計画があるようだ。打者に転向した所で今すぐボカスカ打てるレベルではない。投手として球速不足なのは自覚しているが自分にはカーブがある。一軍で投げてみてカーブはある程度通用する事が分かった。プロ野球の投手全員が150㌔の直球を投げている訳ではなく、130㌔台でも抑えてる投手は沢山いる。トレーニングを積んで体力をつけてカーブにさらに磨きをかければ一軍でも勝てると考えている。「少しばかりバッティングが巧いからといって、ハイ今日から打者転向なんて言うほど簡単なものじゃないし本人にも失礼だよ。あれだけの人気者だからこそ慎重に判断してやらんとね。素材が良ければ鍛え方を間違わなければ必ず大成するから焦りは禁物だよ」と語る秋季練習を指揮する高木二軍監督。山内前監督が置き土産で打撃指導したのはマスコミ向けのパフォーマンスだったようだ。

母子水いらずで暮らす家を建てて母親に楽をさせる為にもプロ野球で成功しなければならず、将来の為の貯金も怠っていない。「これからは自分が一家の主となって頑張らなければ」と責任感を背負っているからこそ一日も早く勝ち星をあげて自信を付けたいと願っているのだ。色々と物議を醸した1年目も間もなく終わる。連日秋季練習に明け暮れる日々を送る愛甲は来年も投手でいく決意を変えていない。






香川伸行(南海)… ドカベンが遂に100kgを切った。ブレイザー監督の減量命令に徹底抗戦を続けていた香川の体重が99.9kgになったと報じられた。「太っていても身体は動く」とこれまで一貫して減量する事を拒否していた香川に何が起きたのか?マスコミやファンは香川の事をドカベンの愛称で呼んでいるがチーム内では「殿下」と呼ぶ人達がいる。決して良い意味ではなく「増長し過ぎ」を揶揄する陰口である。実力があるならゴーイングマイウェーも構わないが、悲しいかな現在の香川に周囲の反発を押し返すだけの力は無い。さすがの「大物」も危機感を感じ取った末の心境の変化だったのだ。

あのドカベンもブレイザー監督の軍門に下ったのかというと、さにあらず。香川には香川なりの理由があったのだ。それはお年頃らしい結婚観が理由だった。香川も今年の12月で20歳、彼女の一人や二人がいても不思議ではないが「女友達は沢山いるけど彼女はいません。でもあと5年くらいしたら結婚したいなんて考えていたら練習にも身が入って、いつの間にか体重が減っていたんで食事制限をしたわけではないんです」と舌の回転も滑らかで発言内容も優等生に変身中だ。今までは減量を命じるブレーザー監督にも「僕はこれまで痩せて野球をやった経験がない。しばらくはこのままでやらせて欲しい」と屈しなかったが、今では「監督も僕の事を思って減量しろと言ってくれていたのだと思う。確かに今のままじゃダメだと思うようになりました」としおらしくなった。それでも食欲の方は相変わらずで母親のサダ子さんによれば食べる量は変わってないそうだ。ただ「水分は今まで摂り放題だったのが、一日一本のジュースで我慢しているようです」と明かしてくれた。そのお蔭なのか110cmあったウエストが100cmに縮まり2年前に買ったズボンがブカブカではけなくなった。

「正直に言うとプロ入りした時は4~5年で一軍に上がれればいいと思っていたけど周囲はそれを許してくれなかった。自分にも甘えがあったのは事実。今は1年目はテスト期間、2年目は勉強、そして3年目の来季は勝負の年だと思っている。だからこのオフは必死ですわ」昨オフは北海道から九州までお呼びがかかったサイン会の依頼も今オフは激減。「寂しい事なんかあれへん。その分、練習に取り組める」と決意も新たに秋季練習に汗を流す。「減量出来なければ罰金」とか「おだてて減量させよう」とあの手この手で必死だったブレーザー監督もお年頃のお蔭で減量が成功するとは海の向こうで苦笑いしているだろう。






柴田 猛(阪神)… 「ブレイザー監督との指導理念の違いを痛感し退団する事になりました」今季広島から古巣の南海にバッテリーコーチとして戻った柴田だったが僅か1年で辞任。これに最初に反応したのは阪急だった。上田監督が「是非ともウチに迎えたい」と早速アプローチするとすかさず前年まで在籍していた広島も名乗りを上げた。阪急か広島の選択に悩んでいた柴田に広島の球団上層部の一部に一軍コーチ復帰に反対する声がある事が伝わった。ならば阪急か、と決められなかったのは球界の不文律として翌年の同一リーグ球団への横滑りはナシとされていたからだ。その間隙を突いたのが阪神であった。阪神入りする事で全てが丸く収まった。

コーチとして引く手あまたな柴田猛とはどんな人間なのか?昭和38年和歌山県向陽高から南海へ入団した。ポジションが捕手だった柴田は運が悪かった。当時の南海には野村というとてつもない壁が立ちはだかっていて結局一軍で活躍する事なく引退した。柴田の運の悪さはプロ入り初本塁打を放った翌日が新聞休刊日で記事にならなかった事でも推し量れる。昭和51年広島へ移籍しそのオフに引退、コーチに就任した。相手投手の投球フォームを撮影して癖を見つけて攻略、読唇術で相手ベンチ内の会話から作戦を見破ったり古葉監督の作戦をサインで伝達する役目を担うなど広島カープ躍進の陰の立役者と評価された。

また心理面を突く野球を研究し、特に外人選手に対しては生まれ育った境遇や信仰する宗教まで分析して攻略の参考にした。しかし、こうした手法がブレイザー監督率いる外人スタッフ間で不評を買い、投手交代をめぐってシュルツ投手コーチと意見対立しベンチ内であわや乱闘という事件まで起こした。こうした強引とも言える手法が選手に対してコーチが遠慮して何も言えない風潮の阪神には必要なのだ。江本の舌禍事件の影響が収まらず若菜捕手の退団希望騒動が新たな火種となりそうな現在、柴田の豪腕が若菜の再教育に欠かせない。




やがて愛甲は失踪騒ぎ、香川は自己破産、柴田は審判暴行が刑事事件に発展し起訴されるなど波乱万丈の人生を送る事になります。
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