線翔庵日記



おまつり、民謡、三絃、名水、温泉、酒、そして音楽のこと…日々感じたことを綴ります。

年度末最後の日

2011年03月31日 21時27分23秒 | 日々雑感
3月31日。年度末の最後の日。
お世話になった上司が、今年度末での人事異動で転勤になり、今日はお見送りの日となった。

個人的には5年間も一緒に過ごすことができた。いろいろ語り合えた上司であって、今日送らなければならないというのは、何ともさみしい限りである。

上司だけに、勤務時間終了までお勤めになった。残留の仲間たちで玄関先でお見送りをした。
お別れのことば、花束の贈呈、上司のお話…そして、万歳三唱!といきたいところではあったが、諸々を考慮しての一本締め。

すでに留別会は済んでいるのだが、やはり3月31日に、職場を去るということは、格別の思いもあるのだろう…そのお顔は、何とも言えない表情であった。


「お元気で」

「ご活躍下さい」

「さようなら」

こうしたことばが飛び交う。やはりさみしいものだ。
しかし、上司におかれては、新しい場でがんばっていただきたい。



明日は新しく異動される方々が来る。出会いと別れの季節。



いよいよ新年度の始まりだ。



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東北地方沿岸の民謡②

2011年03月30日 22時12分11秒 | 民謡
東北地方を思い、つぶやくの続き。


《鍬ヶ崎浜唄》(岩手県宮古市)
○江戸じゃ吉原 南部じゃ宮古ヨードッコイショ
 宮古まさりの鍬ヶ崎 ホーサ ヨイヨイ

○宮古浦には 錨がいらぬヨードッコイショ
 三味や太鼓で 船つなぐ ホーサ ヨイヨイ

○鍬ヶ崎には 尾のない狐ヨードッコイショ
 わしも二三度 だまされた ホーサ ヨイヨイ

○沖にゃちらほら 航海灯りヨードッコイショ
 あれは宮古の 大漁船 ホーサ ヨイヨイ


宮古港のある場所が鍬ヶ崎。ここは港町であって花柳界があった場所。このような騒ぎ唄が歌われてきた。
黒森神楽見学のときに、この場所を訪れたことがある。あの津波の映像を見て、自分がこの足で立った場所だ…と思うと、何ともいえない気持ちになった。

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獅子保存会

2011年03月29日 20時19分20秒 | おまつり
いやあ…いよいよ獅子デビュー!?
この度、市内のある「獅子保存会」の笛のメンバーに入れていただくことになった。

当地域で格式と伝統のある獅子である。例祭では行われず、祝賀行事等の特別な時にしか演じられないもの。歴史的には城固めの際に舞われたという伝承のある舞だ。
古い伝統を守り続けてきた、由緒ある獅子である。


今まで自分は、芸能のある祭りへは足繁く通ってきたのだが、自分が演ずる側に立てることになった。何だか変な感じ(笑)

ただ…今年は今のところ、祝賀行事がないみたい(震災の影響もなくなはない…)。




果たして、本当のデビューはいつになるだろうか?
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東北地方沿岸の民謡①

2011年03月28日 22時03分47秒 | 民謡
東北地方の地域を思い、唄をつぶやきたい。

《八戸大漁祝い唄》(青森県八戸市)
○ソリャエー春の初夢ヤーエ ヤートコセーヨーイヤナ
 ソリャ旗立てなさる 旗と思えば福の神 ヨーイトコナー

○ソリャエーこの家座敷はヤーエ ヤートコセーヨーイヤナ
 ソリャ目出度い座敷 鶴と亀とが舞い遊ぶ ヨーイトコナー

○ソリャエー八戸港はヤーエ ヤートコセーヨーイヤナ
 ソリャ今年も大漁で 日本一だよ ヨーイトコナー


先日、八戸で中型底引き網船が漁再開というニュースが流れた。

早く、こんな祝い唄が歌えるといい。
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震災のためのお祭りの自粛

2011年03月26日 15時58分03秒 | おまつり
東日本大震災から約2週間。行く先の見えない惨状を映像等で見るにつけ、心が痛む。復興にむけ努力されているものの、あれだけの被害状況では一体何年かかるのだろうと、遠い地からも感じる。

コマーシャルでは「AC~♪」に抗議があったとか、いろいろな話題にことかかない。慎むべきは慎むということは大切なこと。

さて、これから春祭シーズン。
あちこちで話題になっているが、お祭りの中止や縮小ということが広がっている。もちろん直接的な被災地では難しいことは当然。

さて、遠い地域での自粛については、賛否両論があると思う。自分もどういう選択がベストかは何とも言えない。
ただ、祭礼を何のためにやるのかな?と考えることが大切だろうなとは思っている。

奥三河の花祭や下伊那のお潔め祭り等の霜月神楽がある。これは何か重要な「願」があるときに盛大に祭りをする「臨時祭」という性格の祭りが、例祭的に位置付いているものだという。

祭りって、本来そういうものだろうなと思う。豊作を祈るとか大漁を祈る等、民衆の祈りがベースにあるはず。


一方で「芸能」的な部分がクローズアップされ、更に「イベント」になっていった祭りは数知れない。
今回の自粛は、どうなんだろう。個人的には「イベント」的なものはともかく、人々の「祈り」の部分は、大切にされるべきだろうと思っている。物質的な問題はやむを得ないが、精神性の問題は豊かにしておきたいと感じている。


かつて、昭和天皇崩御のとき、世の中は「歌舞音曲を控えるように」というお達しであった。
自分は、平成元年1月14日に下伊那郡阿南町「新野の雪祭」に行ったのだが、この時は神様のお出ましを打ち囃す「乱声」という行事を自粛したことを鮮明に覚えている。

すべてを忘れてバカ騒ぎ~ばかりが祭りではないことは、みんな承知である。大切なものは何か…ということを共有して、我々日本人の精神性だけは高めておきたいと願う。
コメント (10)
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