今日は上田市は旧真田町を探検! 傍陽地区の誉田足玉神社へは久しぶりに寄る。
ここのご神木の欅に会いに来た!
15年ぶりだ~。
融合木なのか?それにしても落雷にあったのか、奇妙な裂け目がある。
それでも葉は茂っている。生命力のパワーを感じた!
今日は上田市は旧真田町を探検! 傍陽地区の誉田足玉神社へは久しぶりに寄る。
ここのご神木の欅に会いに来た!
15年ぶりだ~。
融合木なのか?それにしても落雷にあったのか、奇妙な裂け目がある。
それでも葉は茂っている。生命力のパワーを感じた!
富山県の大河、神通川の河口、富山市四方(よかた)西岩瀬にある諏訪社のケヤキ。
かつて、ここには八重津湊があり、富山藩の米の積出し港として栄えたのだそうだ。今でも古い港町といった雰囲気を醸し出した地域だ。
都市開発で、このあたりには森はなくなり、すっかり住宅地に変わってしまったが、諏訪社に大ケヤキが現存している。
昨今、岩瀬というと神通川右岸の東岩瀬が「富岩水上ライン」として、かつての運河や古い町並みを生かした町づくりで知られている。しかし、この諏訪社は西岩瀬だ。現在は住宅地となっているが、古くから富山の米の積み出しが行われた歴史を忘れてはいけない地域だ。
過日、所用でさいたま市へ出かけた。せっかくはじめての土地に行くので、チラリっとググってみたところ、2種の巨木が近いと気づき、所用の合間をぬって訪ねてきた。
【与野の大カヤ】
JR埼京線南与野駅近く、鈴谷にある妙行寺を目ざして歩いていく。その住宅地を行く道には「大かや通り」の文字が見える。
妙行寺の道を挟んだ場所にある金刀比羅天宮の御神木が「与野の大カヤ」だ。
金刀比羅天宮のすぐ脇にある。
幹は幾重にも幹が重なったように見える。
特に太い枝がすっと伸びているのが気持ちがいい。
樹勢も悪くなさそうだ。
【大久保の大ケヤキ】
埼玉大学の近く、大久保地区領家にある巨木。
こちらも、住宅地の中にある。当地域の鎮守であろうか、日枝神社の鳥居を目ざして進んで行く。
これは大きい。特に根元が太い。
フクロウでも出てきそうな空洞が目につく。
何だかマンガのタコの顔のようにも見える(笑)
主幹は失われたのだろうか。大きく岩のような根元と幹からいきなり枝が四方八方に広がっている感じ。解説板によれば、埼玉県最大のケヤキだそうだ。
どちらの巨木も住宅地の中にひっそりと佇んでいる。いや…この巨木の若い頃に合わせて住宅ができ始めたのだろう。木のあるところに人が集うのかもしれないね。
10月10日~11日の東京出張の宿泊は港区赤坂。おお!TBSの近くじゃないか!
それはともかく…。ホテルで赤坂界隈の地図を眺めると、赤坂氷川神社が近くにあることに気づく。徒歩5分だ。これは行かねば!
氷川神社の歴史は、神社のサイトによれば、次のとおり。
天暦5年(951年)武州豊島郡一ツ木村(人次ヶ原)に祀られ、1000年以上の歴史を有します。創祀から100年後の治暦2年、関東に大旱魃が発生、降雨を祈願するとそのしるしがあり、以来よく祭事が行われました。
江戸時代に入り、幕府の尊信は篤く、8代将軍 徳川吉宗公が享保元年(1716年)、将軍職を継ぐに至り、同14年(1729年)に老中岡崎城主水野忠之に命じ、現在地(忠臣蔵・浅野内匠頭の夫人、瑶泉院の実家・浅野土佐守邸跡)に現社殿を建立、翌15年(1730年)4月26日に遷座が行われ、28日に将軍直々のご参拝がありました。
以降、14代家茂公まで、歴代将軍の朱印状(港区文化財)が下附されました。
そして、当神社の境内にはイチョウの巨木がある!
参道脇のイチョウは真っ直ぐ空に向かって伸びている感じ!
そして庭の中にある一本もかなりの巨木。
幹が二股に分かれている。
巨木目当てで出かけたのだが、朝6時過ぎでも、参拝される方がおられた。都内の喧騒からは信じられない雰囲気の神社。また、祭礼のときにでもゆっくり出かけたいものだ。
北斗市小淵沢町あたりをうろつく。高原の町には湧水が多いのと、そんな豊かな水を貯えてくれる巨木がある。今回は代表的なモミの木と井詰湧水を訪ねた。
場所がよく分からなかったのだが、道の駅こぶちざわの近くにあることまでは突き止め、あとは動物的勘で行く(笑)
雨の降る日。いいコンディションではないが木々の中を行くと、看板を見つけた!
間違いないな。車を停めて歩く。
あった!
樹高50m、樹齢500年、根幹5.7m。小井詰神社の御神木という説明があった。そのモミの木はコレ。
何とも神秘的だ。根元には神社が祀られ、さらにその下方の石の間から水が湧いている。
そして周辺は水が流れ出している。
自然の中の神秘的な空間。天気はよくなかったが、かえってパワースポット的雰囲気を十分に味わった。近くに来たら、また訪ねたい場所だ。