線翔庵日記



おまつり、民謡、三絃、名水、温泉、酒、そして音楽のこと…日々感じたことを綴ります。

大豆島甚句の土地へ!

2023年08月18日 12時10分48秒 | 民謡

今日は長野市をふらついた。

長野市には甚句が多く伝わっているが、有名な《大豆島甚句》の土地へ行ってみることにした。

国道18号線を上越方向へ行き、「南俣」信号を右折して進む。

途中、風間に神社が見えたので途中下車(笑)

裏手に結構な太さのケヤキが見えた。

さて、大豆島方向へ。

さっそく大豆島支所、公民館の建物が見えたが、こんな表示が!

こういうのを見るとテンションが上がるな!

大豆島地区内を走っていると、更級神明大社が目に入る。

こうした神社で甚句を踊ったのかな?などと想像しながらお詣り。

鳥居をくぐって右手には結構なケヤキが!

何本かの合体木ではありそうだが、何ともいい光景。

 

いつか土地で《大豆島甚句》を聴きたいね。

 

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各地の民謡音源

2013年11月16日 22時46分39秒 | 民謡
 今更ながら、ネット時代にあって、いろんな買い物がしやすくなった。ここのところ、いろいろ眺めていたところ、地元ならではの民謡のCDを買ってみた

 まず、「栃木の民謡大全集」。

 栃木放送開局50周年に合わせたもので1巻が2枚、それが2巻ある。

 栃木の唄というと「日光和楽踊り」「八木節」「越名舟唄」などが知られている。個人的に好きなのは「那須馬喰節」「野州麦打ち唄」「川俣おけさ」等々…。

 このCDには、まだまだ知らない曲がたくさん。「野州苗取唄」「親園草刈唄」「三依返し音頭」「生井の桑摘唄」「栃木河岸船頭唄」「渡良瀬土端打唄」等々…。またじっくり聴くことにしよう。


 続いて「正調串本節」のCDとDVD。

 串本節は和歌山県の民謡だ。保存会の音源はたまにあるので、何か聞き覚えのある三味線や篠笛、そして唄声。10分ごどの録音で、普段聞き慣れない歌詞が入っているのでなかなか楽しい。


 コレに味しめて、また何か買ってみようかな
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柿むき唄

2013年10月23日 19時49分12秒 | 民謡
飯田下伊那の風物詩に干し柿がある。柿を一個一個剥いて、すだれのように干す。そして、その作業をするときに歌われた「柿むき唄」がある。


以前、聞いたことがあるのでは、下伊那郡下條村親田の「柿むき唄」は、こんな歌詞だ。

○ばばさ出て見よ 向かいの山に
 猿が餅をつく 木の股で

○赤いびくつけ 赤い鎌さして
 遠い親田へ 菊奈つみ

○柿をむきゃこそ お前のそばで
 つねは見もせず 逢いもせず

○柿になりたや 親田の柿に
 天竜下りて 江戸へ行く

○お前行くなら わしをもつれて
 東は上総の はてまでも

○親田よいとこ 朝日をうけて
 阿智の川瀬が そよそよと

○これがこの家の むき上げ柿よ
 ご縁ござれば 又来年も


歌詞だけ知ったのが、飯田市立石の「柿むき唄」。

○お坊さ山道 破れた衣
 行けど戻れど 気にかかる

○柿の名所の 立石寺に
 渋い顔した 仁王さま

○柿をむくには むきようがござる
 方を張り上げ くるくると

○今宵なごりの むき上げ柿よ
 白いうなじよ さようなら

○これが今年の むき上げ柿よ
 ご縁ござれば 来年も

現在でも歌われれているのだろうか?作業唄としての民謡は、形だけしか残っていないことが多いが…。こうした飯田下伊那ならではの唄も、歌い継がれればいいな!


(これは下伊那郡高森町で撮った画像)
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安全運転で~ソイ!

2013年10月07日 22時05分21秒 | 民謡
年に何回か聴きたくなるテイク!初代浜田喜一による「江差追分」。急性浜田病とでもいうのか?

唄もいいが、矢下勇の尺八がこれがまたいいのだ!

♪国を離れて 蝦夷地が島にヤンサノエ
 幾夜寝覚めの 波枕 
 朝な夕なに 聞こゆるものはネ
 友呼ぶ鴎と 波の音

♪鴎のなく音に ふと目を覚まし
 あれが蝦夷地の 山かいな

♪月をかすめて 千鳥がなけばネ
 波もむせぶか 蝦夷の海




ソイ~ソイとか言いながら、自動車を運転して通勤!
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企画展「高田瞽女最後の親方・杉本キクイ」

2013年09月22日 17時26分54秒 | 民謡
 今日は新潟県上越市の市立総合博物館で行われている企画展「高田瞽女最後の親方・杉本キクイ」を見に行ってきた。今年は没後30年になるということで、それを記念し、企画展が開催されたのだ。


 杉本キクイは明治31年、現在の上越市東中島で生まれる。6歳で麻疹により失明(その時は医師による誤診であったという)し、高田瞽女杉本家の養女となる。厳しい唄と三味線の稽古を受け、各地を廻る旅に明け暮れる生活になる。
 杉本家を継いだキクイは養女シズ、手引きの難波コトミとともに、最後の高田瞽女の家を守り通したということで知られ、昭和45年には「記録作成等を講ずべき無形文化財」選択となり、昭和48年に黄綬褒章を受章となる。

 展示はなかなかよかった。数多くの写真や資料が興味深い。高田瞽女は各地に出かけて行ったが、信州も上田や小諸、佐久まで来ていたそうだ。また、高田瞽女は弁財天を信仰する「妙音講」で知られるが、信州への旅の途中には、現在の信濃町の野尻湖では「弁天島」に向かって参拝するという件が何とも印象的であった。

 またキクイが縫ったという撥袋や80歳のときに縫った雑巾まで展示されていた。細かい縫目を見て、苦労と律義さを勝手に想像した。また、キクイが使っていた「褄折笠」が展示されていたが、何でも古くなってしまった笠の代わりに、ある瞽女宿の主人から贈られたものだという。それを「笠が傷まないように」と笠の上にビニールを被せて使っていたそうだ。こんなところにも慎ましやかさを感じてしまった。

 いろいろ見て回ったが、館内には瞽女唄がBGMとして流れていた。自分が上越市に住んでいた頃、市が発売した5枚組の「瞽女唄」CDを買ったのが初めてだったが、今回はCD付の博物館発行の冊子を買ってみた。


 また、記録映画「瞽女さんの唄が聞こえる」というDVDも思わず購入。


 民謡や邦楽に多大な影響を与えた瞽女唄。また、しばらくその音源を聴き続ける日々になりそうだ。


 
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