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先週、ボランティア・メンバーの自主研修という形で、東京都八王子市にある東京富士美術館へ行って来ました。参加メンバーは8人。
東京富士美術館は、仏教系宗教団体が設立した私立美術館ですが、「日本・東洋・西洋の各国、各時代の絵画・版画・写真・彫刻・陶磁・漆工・武具・刀剣・メダルなど様々なジャンルの作品約30,000点」という充実のコレクションを誇る美術館です。私立美術館では静岡県熱海市在のMOA美術館も素晴らしいですが、こちらも宗教団体が設立した美術館。”人の心を動かす””魂に触れる”と言う意味では、芸術作品は宗教と通じるところがあり、歴史的にも宗教が芸術作品を布教の道具として用いて来た経緯があるように、宗教と芸術作品は分かちがたい関係にあります。それにしても、そのコレクションの充実ぶりは凄い。宗教団体をバックボーンとする潤沢な購入予算のほどが窺えます。
「ルネサンス時代からバロック・ロココ・新古典主義・ロマン主義を経て、印象派・現代に至る西洋絵画500年の潮流を一望できる油彩画コレクション」はこの美術館の最大の特徴のようですが、国立西洋美術館(以下、西美)所蔵作品の作家の作品も数多く、また西美でさえ所蔵していないような有名作家の作品も散見され、正直言って驚きの連続でした。
■ギルランダイオ作品がある!
例えば写真左端の作品は、ルネサンス期に活躍したドメニコ・ギルランダイオの《ジョヴァンナ・トルナブオーニ(?)の肖像》(制作1485ー88年頃)ですが、ルネサンス当時の女性の理想美を優美な描線と色彩で表現しています。同時代に活躍し、ギルランダイオと人気を二分したと言われるボッティチェリが描く女性像を彷彿させますね。タイトルに”?”が付されているように、ジョヴァンナ嬢であるか否かは不確定のようですが、スペイン、ティッセン美術館の《ジョヴァンナ・トルナブオーニの肖像》(制作1488年、下図2作品)と見比べてみると面白いかもしれません。
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当時としては最新流行の出で立ちであった美女の肖像は、風俗画としての一面も持っています。
ギルランダイオと言う名は「花飾り」を意味し、父トンマーゾが金銀細工師で、本物の花飾りのように美しい髪飾りを作っていたことに由来するそうです。ギルランダイオは父について金銀細工を学んだのちに画家に転身しており、端正な人物の描写や精緻な衣装の文様の描写は、金銀細工の修行の名残りとも言われています。
一説には古代ギリシャ・ローマのコインがルーツと言われる肖像画。コインに刻まれた人物像が横顔だったことから、それを手本とした肖像画も当初は横顔描写でした。それが15世紀フランドルの画家によって変化~顔をやや斜めから描いた”4分の3正面像”の登場です。これがフランドルから海を渡ってまず港町ヴェネツィアやジェノヴァへ、そして内陸部のフィレンツェへと伝わったのです。上掲の2作品はほぼ同時期に描かれたものですが、伝統的な横顔像(プロフィール像)と、伝わって間もない”4分の3正面像”。特に新たな肖像画の形式に挑戦したギルランダイオの実験精神は称えられるべきでしょう。こうした進取の気性は、彼の工房で一時修行をしたと伝えられるミケランジェロにも影響を与えたに違いないのです。
ギルランダイオ作の”4分の3正面像”の肖像画では他にポルトガル在のグルベンキアン美術館所蔵の《若い婦人の肖像》があります。ご参考までに。
彼は宗教壁画の連作と共に優れた肖像画でも手腕を発揮したと伝えられますが、現存する肖像画は3点ほどとか。この3点の中に東京富士美術館の作品が含まれるのだとすれば、かなり希少価値が高いと言えますね。残念ながら国立の西美にはないんですよね。ギルランダイオも、ボッティチェリも。
■異なった作家の同主題作品《ヘラクレスとオンファレ》
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左)テオドール・ファン・テュルデン(17世紀)、右)ベルナルド・カヴァッリーノ(1640)
ギリシャ神話に取材したこの物語画は多くの画家によって描かれています。左のテュルデン作品は東京富士美術館所蔵、右のカヴァッリーノ作品は西美所蔵。友人を殺した報いに、リディアの女王オンファレに奴隷として身売りされたヘラクレスが、後に女王と恋愛関係になった逸話に基づくものですが、互いの持ち物を交換しているこの作品では、女王オンファレはヘラクレスが得意とするライオン狩りを象徴するライオンの毛皮や棍棒を、ヘラクレスは女性の役割を象徴する糸巻棒を持っています。
前者はオランダ(フランドル)、後者はイタリアと活躍の場は違いますが、ほぼ同時代に描かれた同主題の作品。15世紀以降の同地域の商工業の発達により市民生活が豊かになったことで女性の地位が大幅に向上した時代背景が、「持ち物の交換」と言う図像に反映されています。例えば、フランドルのアントウェルペンでは16世紀には既に画家の妻達がアートディーラーとして手腕を発揮していたとの記録も残っているそうです(画家の夫は妻に頭が上がりませんね)。
また、ほぼ同時代の同主題作品でありながらも、地域の違いで描き方には違いが見られます。同じバロック様式の下でも、前者は作者がルーベンスとの関わりを持った画家だけあって、華やかな色彩や女性の輝くような肌と豊満な肉体の官能美が目を引く一方で、後者はカラヴァッジョ的な陰影のコントラストがドラマ性を強調して印象的です。こうした比較も勉強になりますね。
【感想】
とにかく夢中になって作品に見入りました。ただ、いつも各地の美術館を訪ねる度に戸惑うことなのですが、美術館によってキャプション(作品に添えられた作品情報が書かれたプレート)から得られる情報がマチマチなのには閉口します。国際基準と言うものを敢えて作らないのはどうしてなのでしょう?それとも各館によって裁量を任されているのが、自由で良いと言うことなのでしょうか?私としては少なくとも作家名、作品名、作家の国籍、画材(支持体や顔料など)は知りたいですね。知りたければ自分で調べなさい、と言うことなのかもしれませんが…
それから図録がないことには驚きました。公式HPで各作品の詳しい解説を見ることはできるのですが、1冊の本としてまとめたものがないのです。せめて展覧会カタログのような体裁の「名作選」があれば嬉しいですね。これも館なりの方針なのかもしれませんが…
ともあれ、充実した時間を過ごせました。JR八王子駅からさらにバスで15分程の距離で交通至便とは言えませんが、常設展示の充実ぶりは必見です。ただし、展示室がひとつなので、企画展の開催中は常設コレクションは見られないようです。お出かけの際は、予め公式HPで確認することをお勧めします。
◆東京富士美術館公式HP