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パリ郊外の貧困地区にある公立高校で2009年に実際に起きた出来事を映画化。それはあるひとりのベテラン教師の直向きな思いが起こした"奇跡"であった。
本作は、それぞれに複雑な背景を抱え、自らに今ひとつ自信が持てず、反抗するか、怠惰を貪るか、或は自らの殻に閉じこもるかしかなかった生徒達が、愚直なまでに彼らに真摯に向き合う教師によって、どのように変わって行ったかを描く(生徒達がどんなに反抗的な態度をとろうが、ひるむことなく威厳を保って、言うべきことを言う教師マダム・ゲゲンが格好良い
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是非、現役教師、将来教師を目指す学生に見て貰いたい一作だ。そして本作を通じて、教師であることの「重責」と「冥利」について考えて貰えたらと思う。
本作は、恵まれない環境にある子ども達にはなおのこと、彼らを信頼して、真剣に向き合ってくれる大人の存在が必要であることを教えてくれる。子ども達の良さを引き出すのは、周りにいる大人すべての責任である。
大人は子ども達を常に温かく見守り、支え、励ます存在でありたい。同時に、子ども達が道を踏み外しそうになったら、全力で叱る厳しさも持ち合わせていたい。
中でも感受性豊かな伸び盛りの子ども時代に1日の大半を過ごす学校で、互いに切磋琢磨し助け合う仲間や、信頼関係を結び合える指導者(←子どもはちゃんと見ている)と出会えることが、どれだけその後の人生を豊かにしてくれるのだろう…と思う。
後日談を感動的に体現しているのが、劇中、映画好きを公言していた少年である。彼はかつての自分自身を演じているのだ。彼は映画で描かれたエピソードが後押しした形で俳優の夢を叶え、監督と共に本作の脚本も手がけている。
真摯な姿勢を貫く教師の情熱は、子どもの未来を拓くのだ。
★★★★★★★★★★★★
さらに映画の登場人物達の姿には、同世代の若者にも考えさせられるものがあるだろう。
久しく単一民族国家と言われて来た日本ではあるが(厳密に言うと違う)、近年は従来の中韓系以外のアジア系の親を持つ子どもや日系ブラジル人、さらに国際結婚の増加で他国人と日本人の混血化も進んで、多様な背景を持つ子どもの数が確実に増えて来ている。
その意味で、本作では日本に先行して多文化共生社会であるフランスの現在の姿が、ひとつの教室に凝縮された形で見られるのが興味深い。それにしても「29の異なる人種(民族?)」(校長談)は凄い。
まさに人種と民族と宗教のモザイクの国であるフランスと言う国の今の社会の在りようと併せて、「哲学の国」を自負するフランスの、わが国とはあまりにも異なる「歴史教育の在り方」にも注目したい。
★★★★★★★★★★★★
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その大胆な提案に驚き、当初は拒否反応さえ見せる生徒達。しかし、ベテラン図書館司書イデットもサポートに加わって、課外授業と言う形で、紆余曲折がありながらも彼らのテーマ学習は進んで行く。
生徒達が「勉強をやらされる」から「主体的に学ぶ」姿勢へと転換して行くさまは、マダム・ゲゲンとイデットのベテランコンビの絶妙な誘導があってこそである。
冒頭、「ノートを取る必要があるか」と問う生徒に、「要らない。歴史は理解するものよ」と答えるイデット。フランスの教育現場における歴史教育の目的を端的に述べた言葉だと思う。「歴史は暗記するもの」ではないのである。
途中、ある生徒が興味本位で集めた画像集に、内心ギョッとしたであろうマダム・ゲゲンが戸惑いをおくびにも出さず、生徒の着眼点を否定もせずに一旦引き受けて、それを糸口にさらに深い考察を生徒達から引き出したシーンがあった。その人間としての懐の深さ、教師としての手腕の見事さに感嘆せずにはいられなかった。
私自身、1コース1時間足らずと短いながらも、美術館で作品を前にして生徒達を相手に対話型トークを実施させていただいているが、生徒の予想外の発言や着眼点に内心戸惑うことがある。
対話型トークでも、(作品鑑賞に即したものならば)生徒のいかなる発言も否定しないのが原則である。しかし、1作品当たり10~15分と言う限られた時間の中で当意即妙な対応と言う意味では、マダム・ゲゲンのようには行かない。何十回、何百回と経験を重ねても、毎回、自分のトークはあれで良かったのか、子ども達に作品鑑賞の楽しさを幾ばくかでも伝えることが出来たのかと反省するばかりだ。
マダム・ゲゲンと生徒達とのやりとりを見るにつけ、適切に生徒達を教え導くということはどういうことなのかを、曲がりなりにも「(美術鑑賞)教育普及」に携わる1人として学ばせて貰ったように思う。
ここでふと、教師をしている友人が、「教師の中には『生涯一教師』を標榜して、敢えて管理職試験を受けずに、現場に立ち続けている人も多い」と、以前、言っていたのを思い出す。
マダム・ゲゲンことマダム・アンヌ・アングレス(マダム・ゲゲンのモデルとなった人物)は、今もなお同じ高校で、歴史教師として教壇に立ち続けていると言う。
彼女もまた、「生涯一教師」を貫く覚悟でいるのだろうか?
若き日に、彼女と出会える生徒達が心底羨ましい。
★★★★★★★★★★★★
それにしても思う。入試テストの傾向が「暗記力」から「思考力」を問うものへと転換しつつある私立校はともかく、我が国の公立校では、テーマについて深く掘り下げて考えさせる教育が、(自分の知る限りにおいて)現状、全般的にあまりにも不足しているのではないか?
それは教師が子どもの能力を過小評価して、端から彼らにそうした教育は無理だと諦めて実施しないのか、或は、教師自身がそうした教育を受けていない為に、どう教育し、子ども達の能力を引き上げて良いのか分からないから実施できないのか?
(我が国の戦後教育は、GHQ<米国>の意向もあって?、敢えて、そのような教育を避けて来たフシもあるように思う。二度と日本が米国に逆らうことのないよう、また、戦後復興をできるだけ早く進めるために、物事を深く考えずに、上に言われた通りに迅速かつ正確に仕事を遂行する人間を育てることに注力して来たのではないか?)
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以前、偶然テレビで見たドキュメンタリーによれば、フランスでは幼児期に哲学を学ぶ私塾に通わせる親もいるほど、幼い頃から学校現場では徹底的に物事を深く見つめ、考え抜き、自分なりの見解を、自らの言葉で発する教育を行っていると言う。
本作の生徒が一見「落ちこぼれ」でも、臆することなく自分の意見を人前で述べることができ、日常生活でも堂々と友人と議論できるのは、そうした幼い頃からの教育の賜物なのだろう。
自らを自ら足らしめるものは何か?それを徹底して考えさせる教育の理念は、フランスではおそらく長きに渡って連綿と引き継がれて来たものだろう。それはもしかしたらフランスが早くから多文化共生社会であったからこそ、必要に迫られて形成されたものなのかもしれない。
フランス社会も近年はISによるテロが相次いだこともあって、多文化共生の絶対的テーゼが揺らぎつつあり、宗教や民族差別等さまざまな問題も抱えてはいるが(そうした問題を踏まえての、教育現場における「宗教性」の徹底排除は興味深い)、フランスの何に括目するかと言えば、本作で描かれているような教育が、エリートのみならず、公教育の場で遍(あまね)く長期間に渡って行われていることだ。
今後、否応なく多文化共生の道を歩み始める我が国も、フランスに倣って幼少期から、ひとつのテーマをじっくり時間をかけて深く掘り下げ、自分なりの見解をまとめて、それについて他者と議論する教育を始めるべきではないだろうか?現実問題として日本社会を構成する人々の背景の多様化に伴い、かつての「以心伝心」は成立しなくなっている。
それは「相手と堂々と議論を戦わせて自分の主張を通すことが当然」とされる世界の大勢に、日本も対応せざるを得ないと言うことでもある。世界の舞台で自己主張しないことには、不戦敗も同然なのだ。
また、本作では教師の熱意ある指導の下、生徒達が一丸となって「歴史」を学ぶことを通して著しい成長を見せる様が主テーマであり、ヨーロッパで今なお傷跡を深く残す「ナチスによるジェノサイド」を殊更前面に押し出してはいないが、若い世代が"受け継ぐ"べき「歴史」のひとつとして説得力を持たせるべく、実在の強制収容所からのサバイバーを登場させている。
先の大戦から歳月を重ね、戦争の語り部がひとり、またひとりとこの世を去って行き、戦争の記憶の風化が危ぶまれるのは我が国も同様である。「歴史の生き証人」から若い世代が受け継ぐべきものは何なのか、本作にはそういうことにも思いを致すシーンがあって印象的だった。
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因みに本作の存在は、毎朝見ているNHK-BSの「キャッチ 世界のトップニュース」で、毎月第一金曜日に放映されるコーナー「映画で見る世界の今」で知りました。
映画通で知られる東大の藤原帰一教授が数多ある公開作の中から厳選した、"世界の今"を伝える海外オススメ映画を紹介するコーナーです。アイルランドを題材にした「ブルックリン」や「シング・ストリート」もこのコーナーで知って、とても感銘を受けた作品です。