はなこのアンテナ@無知の知

たびたび映画、ときどき美術館、たまに旅行の私的記録

村上憲郎『一生食べられる働き方』(PHP新書、2012)

2012年04月24日 | 読書記録(本の感想)
「食うために働け。そして、世界をイメージせよ」

私は並行して何冊かの本を読んでいる。(一応、かつて大学で美術史を専攻し、現在ボランティアとしての立場ながら美術に関わる者として)専門性を高める為に芸術関連の本や、教養と人間探求?の為に古今東西の文学、興味関心の赴くままにさまざまなジャンルの本、と言ったところだ。

そして、最近は社会人&職業人デビューを控えた息子に、親として何か少しでもアドバイスができないものかと考えて、書店やネットで目に付いた本を片っ端から読んでいる。その中から、自分で面白いと思った本を息子に勧めている。

息子は「忙しくてそれどころじゃないのに」と文句を言いながらも、ちゃんと読んでいるようだ。読んだ?読んでみての感想は?と聞くと、こちらの期待した以上の感想が返って来るので、彼の脳みその片隅にその本の内容が幾らかは残っているのかな、と思う。

表題の本も、今読み終えたばかりだが、息子に薦めたい1冊だ。

タイトルがいかにもハウツー物っぽくて、当初は買うのが躊躇われたが、書店でザッと目次を見て、興味を覚えた章を読んで見ると、あに図らんや、安直なハウツーものではなかった。寧ろ自らのキャリア形成の過程をテンポ良く語る中で、「働くことの意義」を後進に熱く説いた内容と言った趣き。このタイトル、どうにかならなかったのかな?

本書は、日本企業を出発点に、世界有数のIT企業で重職を歴任した国際的ビジネスパーソンの成功譚ながら、単なる自慢話ではないところが良い。ややもすると「自分はこうした。ああした。だから成功した」と、誰にでも適用できるとは限らない方法論を滔々と述べるパターンになりがちなところを、本書の著者はあくまでも謙虚。

彼のキャリア形成における実体験について、自らを飾ることなく述べながら、職業人としての基本的なものの見方や、仕事に対する姿勢、常に学び続けることの大切さを説いている。そこに好感が持てるし、そこが本書を息子に薦めたい理由でもある。

著者は1947年生まれ。大学時代は「全共闘」に明け暮れ、社会に出てからは身を粉にして働き、日本の高度経済成長を支えた所謂「団塊の世代」。昨今は批判的に語られることの多い世代であるが、彼らがベビーブーマーならではの熾烈な競争の中で、がむしゃらに生きて来たのは誰もが認めるところ。

本書でも、その生き様の一端が活写されていて、それがいかにも楽しそうで、「シラケ世代」と言われた私には少し羨ましいくらいだ。この世代以降で、ここまで生きることに熱くなれる世代が果たしているだろうか?

そして、グローバルに活躍して来た著者は、現在の日本が抱える諸問題についても率直に言及していて興味深い。息子にも是非知ってもらいたいことばかりだ。

とにかく、文体にリズムがあり、論旨明快なので、一気に読める。

印象に残ったキーワードは「大義」「大局観」「アダルト・スーパービジョン」「ミッション・ステートメント」「モンキートラップ」「コンテンツ産業」「リスク・テイク」「転職ではなく転社」「英語」「エリート教育」「世界」「経済学」

以下にキーワードに関する一文(一部)を列挙してみた。そのまま本文を書き写したわけではないが、ネタバレとも取れる内容で、これから本書を読もうとする人の興味を削ぐことにもなりかねないので、<続きを読む>でリンクしておきます。


ビジネスパーソンの実践的教養としての「経済学」~経済を語り、実際に問題を解決するには、「経済学」的裏付けが必要→経済学の基本を理解する『マンキュー経済学』ミクロ編&マクロ編(東洋経済新報社)をザッと読み、「経済学でわかっていること」と「わかっていないこと」を大雑把に掴む。


・いつまでも過去の成功経験に囚われる(=モンキー・トラップ)日本企業は、時代から取り残されて行く→企業は常に時代に即して変化し続けなければ生き残れない。企業の栄枯盛衰は避けられないこと。

・これからは映像や音声などあらゆるコンテンツが流れ込んで合流するスマートTVの時代。スマートTVは、それらコンテンツの楽しみ方を劇的に変える可能性があり、映画・アニメ、漫画等のヴィジュアル系コンテンツの宝庫である日本には大きなビジネスチャンスが転がっていると言える。そのチャンスを掴み取るのも企業の意識改革次第

・グーグルのミッション・ステートメント(社是?)は「世界中の情報を整理して、世界中の人がアクセスできて、使えるようにすること」と至ってシンプル。これから逸脱さえしなければ、社員は何をやってもいい。その自由度の高さが、グーグル躍進の原動力である(採用条件が「社長より優秀であること」と言うのは最強じゃないか?niko


・企業の人員削減=悪と語られがちだが、雇用の流動化は新たな産業への優秀な頭脳の供給にも繋がり、結果的に経済全体を活性化させる。

・「転職ではなく転社」~リストラされることや会社がなくなることを普通のこととして受け入れ、転社しても通用するプロとして独自にキャリアを積み重ねて行く。それは本当の意味で安定した立場を手にいれること(=食べて行ける)。ビジネスパーソンとしての発想の転換と覚悟が必要である。

・「リスク・テイク」~リスクを取らずして、成功の芽もなし。リスクを恐れて何もしなければ、変化の著しい時代にはジリ貧になる一方である。たとえ失敗したとしても、「経験という財産」は残る。

・「会社の仕組み」を学ぶ→財務諸表の読み方と、会社を取り巻く法律を学ぶ~自分が会社を設立するつもりで、インターネットや入門書を使って、会社設立のプロセスを学ぶ。さらに清算手続き、倒産法制等の「会社の終わり方」も学ぶ。→「企業経営のルール」を知る。

・「大局観」~自分の「小さな持ち場」(仕事)が社会、業界、日本、世界の中でどこに位置づけられるか常に意識しながら働くことが大事。


・国を危うくする「エリートの否定」~「格差社会批判」や「強欲な資本主義批判」は上昇志向を否定するスターリン主義(失敗した共産主義)の流行であり、平等主義による抑圧(出る杭は打たれる)に繋がる。この流れは国民を意のままに操りたい為政者にとっては好都合な一方で、有為な人材が埋もれ、社会の発展や活性化を阻害する。

・グローバル化の名のもとに英語」が世界共通語として位置づけられている以上、英語を使えなければ世界では通用しない=世界を舞台に活躍できる人材を輩出できない。→既に20数年以上前に中国は、エリート候補者を大量に米国の東部名門大に留学させていた。(近年は中韓で留学生の増加が著しい。逆に日本は長きに渡る不況の影響や学生の内向き指向もあって、留学生の数は減少傾向にある)


・日米ニュース比較に見る日本マスコミの問題~米国のニュース番組においてアンカーマンに求められるのは、各分野の(ノーベル賞レベルの)専門家であるコメンテーターに、視聴者に代わって的確な質問を投げかけられるだけの見識を持っているか否か。アンカーマンはあくまでもジャーナリストに徹している。それに対し日本では、ある特定の分野では素人に過ぎないはずのアンカーマンが、得意げに自説を開陳してしまう。その床屋政談レベルの説が電波に乗って広く流布し、世論に影響を与えてしまうことが問題である。


【2014.09.28 追記】

後日談として。現在、国立大大学院で機械工学を専攻する息子は、自身の10歳からの夢であった企業への来春の入社が決まった。彼の人生の中で"第一希望"が叶ったのは、おそらくこれが初めてである。

10歳だった息子に、その画期的な製品を通してモノ作りの夢を与えた企業。そこに入社する息子が、今度は未来ある子ども達に、一企業人として夢を与えるチャンスを得たのは、親としても感慨深い。

夢に見た企業への入社だけに、入社後は厳しい現実に直面して戸惑い、苦悩することも少なくないだろうが、そんな時は自身の原点を思い出し、奮起して欲しい。

ともあれ、来年4月の入社前までに是非、息子が本書を再読して、「働くことの意義」を改めて考えてくれたら良いなと思っている。

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