こころの文庫(つねじいさんのエッ!日記)

家族を愛してやまぬ平凡な「おじいちゃん」が味わう日々の幸せライフを綴ってみました。

思い出メモリー

2016年11月24日 01時52分21秒 | Weblog
「なにかお探しですか?」


夢中だった。
欲しい本が見つからない。
老眼で背表紙の字が見えにくく、
本棚すれすれに顔を近づけた。
不審に思われたのかも?


「本の名前か作者の名前がわかれば、
お探しできるかもしれませんよ」


スマホを取り出し、
告げた署名を検索した店員さんは、
明るく答えた。

「恐縮ですが、
その本、
署名を勘違いなさってます。
こちらの本をお探しだと思います」

彼女が本棚から抜き取った本は、
なんと探し求めていた本だった。


「勘違いか。
年を取るといつもこうですわ」
「またお分かりにならないことがございましたら、
当店○○までお尋ねください」と素敵な笑顔。
そして丁寧に頭を下げた店員さん。


四十八年前、
地方の書店で働いていた私。
総勢十数名の同僚の中で、
男性は店売にたったひとり。
ほかの男性は外回り専門だった。


入ったばかりの私は、
とにかく仕事を覚えようと
躍起になっていた。
書店に就職の動機は
無類の本好きだったからだ。
本のことなら
誰にも負けない自信があった。


「だめよ、
そんな怖い顔をしていたら、
お客さんは近寄れないし、
何も訊けないでしょ」

主任のKさん。
小太りの体に愛嬌のある顔で、
お客さんに受けがいい。
指導係だった。


「いくら本のことがわかっていても、
お客さんに訊かれなかったら、
意味ないじゃない」

Kさんはスリップ(発注するための短冊)を整理しながら、
サラーっとした口調だ。

「店頭ではお客さんの気持ちをほぐし、
お店の本を楽しく選んで貰うことが一番の仕事」


店売は取次からの荷を受け取り検品、
客注したものと店頭分に仕分けする。
さらに返本作業と、
仕事は煩雑だ。
店が混むと、
万引き対策を兼ねて
店頭に立たなければならない。


「お客さんみんなが
万引きするわけじゃないのよ。
だから怖い顔はダメ。
笑顔、
笑顔」


確かにそうだった。
万引きばかり気にして
お客さんへのサービスを
ないがしろにしていた。
店売部門失格である。


「お店では、
あなたはお客さんじゃないの。
お客さんをサポートする
大切なヒトにならなきゃ。
本の説明ができるだけの
ロボットじゃ悲しいし、
お客さんのためにもならないわよ」


自然に笑顔を
振りまけるようになるまで、
K主任のさりげない注意は続いた。


やっと身に着けた笑顔。
同じ笑顔が、
いま自分に向けられている。
(ありがとう!)
コメント
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