こころの文庫(つねじいさんのエッ!日記)

家族を愛してやまぬ平凡な「おじいちゃん」が味わう日々の幸せライフを綴ってみました。

ミニノベル・なすべきこと・その2

2017年05月26日 00時59分20秒 | Weblog
そんな施設とわかっていて就職したんだろといわれたら弁解のしようはない。好条件が揃う公立の保育所に入りたいと誰もは切望するが、それが叶うのは少数の恵まれた保母たちだった。杏子はゼミの教授の後押しがあってさえ、やっと入れたのが、この施設だった。

 面接をしてくれたのは、主任だった。

「うちの場合、結婚した保母さん、ほとんど寿退園されるんよ。みなさん幸せになってはるわ。だから現場は若い保母さんが多いの」

 結婚したらやめて頂きますと、念を押されたと思った。妊娠ともなれば、もうほかに選択肢はあり得ない。

 志島は喫茶店のオーナーである。杏子が高校生の時に知り合った。社会人がひとつの趣味を楽しむグループへ参加したのが、きっかけだった。趣味に打ち込む生真面目な志島に、自然と杏子の心は奪われていった。

「夢なんやろ。それ実現せい、後悔せんように。やり遂げたら結婚しよう。それまで待ったる。待つぐらい、なーんてことあらへんわ」

 短大を卒業した日、志島はきっぱりといった。ひと回り年上の恋人は、言葉に説得力があった。誠実な志島は、口にした言葉を違えず、杏子の夢をいつも応援し続けた。

「結婚するん?」

 キミが訊いた。子供たちの寝顔を眺めていた杏子は、不意を突かれて、すこし狼狽えた。

「どうして?」

「なんとなくやけど。幸せそうな顔やもん」

 退職が決まり気が緩んだようだ。事情を知らないキミにさえ、見透かされてしまった。

「子供の寝顔が、あったかな気持ちをくれるから、幸せを感じたんよ。結婚やなんて、そんなことあるわけないやん」

 弁解口調になるのを、なんとか誤魔化した。

「ふぅ~ん。そうなんや」

 キミは納得いかないのか、小首をかしげた。危ない危ない、嘘ついて円満退職する企みが、もしもばれたら厄介だ。杏子はそーっとお腹に手をやった。ごく自然を装う仕草だった。

 妊娠三か月だが、お腹はまだ目立つほどではない。きびきびと働く姿からは、誰も妊娠を想像しまい。保育園をやめる最大の動機ではあるが。

「どうしても仕事が諦めきれないというんなら、俺には何も言えへん。ただ、仕事はやり直せるけど、俺たちの赤ちゃんに、もう一度は……あらへんやろ」

 志島は「絶対産め!」と要求しなかったが、その胸の内は手に取るように読み取れた。

「どんなことがあっても、杏子が結婚する気になるのを待つことは、変わらへん。ただ……心配でたまらんのや、中絶でお前が傷つく思たら。体はもちろんやけど、気持ちかて傷つく。新しい命を絶ち切って、なんとも思わん杏子やないもん。根っから優しいのに……」

 言葉を濁す志島の真意は、杏子の胸をえぐった。宿った新たな命を軽んじはしない。それでも、始めたばかりの仕事を、小さいころから夢見ていた保母さんを、中途半端な形でやめることが、正しいのか誤りなのか?懊悩するばかりで、答えが導き出せない。

「杏子が出す解答は俺の解答でもあるんや。絶対受け止めてやる。じっくり考えてみろ」

「無責任だよ、保は。当事者やんか、保も」

「そやな。でも答えをだすのは杏子や。重い命の判断をつけな、先に進むことなんかできひん。母親になるかどうかを決めるんや」

「うん……わかった……考えてみる」
杏子が見やった恋人は懊悩の渦中にあった。志島は葛藤する心を持て余している。杏子以上の当事者意識に、志島は苛まれていた。

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雨だ!

2017年05月25日 09時55分15秒 | Weblog
待望の雨です。
からからに乾いた大地も
雨の恵みに
喜びを爆発させています。
私としては
まず水やりの
一回休みに嬉々としています。
次の水やりまで
ナマケモノに戻ります。(笑)
雨にしっぽり濡れた
花もいきいきしています。
思わずパチリです。
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ミニノベル・なすべきこと・その1

2017年05月25日 00時19分05秒 | Weblog
「四国へ帰ります!」


 空々しい理由づけだった。四国は故郷でも何でもない。そこへ帰るつもりなど毛頭ない。すべて口先だけの誤魔化しだった。笠松杏子は、騙す主任への罪悪感を必死に振り払った。


「そうなんや。そら仕方ないなあ、家の事情やし。お母さん、大事にせなあかんよ」


「はい……」


「了解しました。上にはわたしが報告しとくさかい。七月いっぱいやいうことで」


「お願いします。ほんまに勝手いいまして」


「気にせんとき。事情が事情やさかい。しょうないわ」


 主任は疑うそぶりを全く見せなかった。


「保護者には伝えんとくわな。担当さん変わるいうたらクレームでるさかい。もう夏休みに入るし、なんとかなるでしょう」


「よろしゅうお願いします」


 杏子はしおらしく頭を下げた。あまりにすんなり退職届が受け取られたことに驚きはしたが、好都合なのは間違いない。主任に悟られぬように、ホッと胸をなでおろした。


受け持つ一歳児のクラスに戻ると、一緒に受け持つ吉尾キミが、連絡帳を記入していた。


「ごめんね。仕事任せっぱなしで」


「ええよ。お昼寝の時間やし、一人で充分や」


 キミは一年先輩の保母である。卒業した短大の先輩後輩で、働き始めた日から気を使う必要のない相手だった。


「そやけど、きょうちゃん、やっぱり園やめるんやな」


「うん。迷惑かけるけど、やめるってさっき決まったわ。七月いっぱいで終わり」


「えー、残念やな。ええ仲間ができた思うて、えろう喜んどったのに」


 キミは口を尖らせた。悪意はないと分かるだけに、杏子はまた罪悪感に襲われた。


 一歳児の保育は多岐に渡り忙しいが、お昼寝の時間は少し気を抜いても差し支えない。キミとのコンビで受け持つ人数は十二名。その数だけ、保護者あての連絡帳を、この時間に仕上げるのが日課だった。


 保育ルームで可愛い寝息を立てている子供たちを眺めると、自分が保母だと実感する。好きで選んだ仕事だった。ようやく慣れてきたいま、杏子は退職しようとしている。受け持った子供たちへの責任を中途半端な形で放棄することを受け入れるのに、ずいぶん葛藤した。しかし、もう結果は出た。杏子は保育ルームを未練たっぷりに見まわした。


「やめんでも、ええのんちゃうか?」


 恋人の志島保は正論を口にした。保母をやりながら結婚すればいい。結婚で仕事が犠牲になることが、理解できないでいる。


「結婚したら退職ってのが、園の慣例なの」


「そんなん、おかしいやろ」


「おかしいても、そないなってるんや。保母の成り手なんか、なんぼでもおるんよ。公立やったらちゃんと保障されてるんやけど、うちが働いてるとこは、そない甘うないんやで」


 杏子が働く保育園は、地元のお寺が運営する施設だった。園長は住職。別に実現したい保育の理念があるわけではない。ある意味姑息な経営者だった。同族経営で全うな運営理念は失われ、えこひいき極まる人事がまかり通っている。園長の片腕を担う主任は保育士の資格を持っていない。ただ園での在籍キャリアは、保母の中でも図抜けている。
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固定と携帯

2017年05月24日 00時10分08秒 | Weblog
我が家の固定電話は
まだ健在。
しかし、
かかってくる電話は
めったに取らない。
セールスか迷惑電話が
ほとんどで、
その気になった時だけ
電話口に出るが、
名乗られただけで
ガチャーン!と
切ってしまうことが多い。

大事な連絡を受けるのは
携帯電話に限る。
村の役員に
携帯の番号を伝えてあって、
連絡ミスはない。
しかも
登録した相手しか
掛からないので
安心だ。
懸賞や公募の連絡先も
携帯にしてある。
買い物中や、
トイレにいてさえ
電話を受けられる。
便利この上ない。

ただ、
こちらから電話を掛けたいときは、
固定の黒電話に限る。
長年使い慣れて
安心感がある。
携帯だと全然落ち着けず、
電話を切るタイミングさえ
逸してしまう。
携帯しかないときは、
メールで連絡し、
向こうに掛けさせる。
昔人間に、
固定電話を勝るものは、
いまのところ
考えられない。
 
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水やり

2017年05月23日 02時14分24秒 | Weblog
暑い。
そして雨が降らない。
畑の土は
からからに乾いています。
「水をやりすぎるのはよくない。
野菜自身に過酷な環境を克服させないと。
厳しい条件を乗り越えた野菜は、
味と質に恵まれるんだよ」
誰かに忠告されたけれど、
乾いた大地と、
しんなりと元気を欠いた
野菜や花を見ると、
やっぱり水やりに
励んでしまいます。

野菜作りに向いていないのかなあ?
苦笑しながら、
きょうもせっせと水やりに勤めました。

写真は、
水やりで汗をかいた後、
疲れを癒してくれる花たちです。
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記憶の風景・火の用心

2017年05月22日 01時36分14秒 | Weblog
「火元に用心してください」
青年中心の消防団の車が、
夜に巡回している。
最近、
近くの村で
火事騒ぎがあったせいで、
思い出したように
回っている。

そういえば、
子供の頃の冬休みを思い出す。
地区の子供たちが集まって、
「火の用心!火の用心!」
と村ン中をぞろぞろと回っていたっけ。
あの頃は、
各地区にこども会があった。
何かといえば、
上級生のもとに集まった。
遊びも勉強も、
そして村の奉仕活動も、
こども会がひとつになって、
わいわいがやがやと実践したのだ。
あの頃の冬は、
今と違って厳しかったのを思い出す。
しかも夜、
凍えるような中、
子供たちは、
身をすり寄せるようにして、
『火の用心』を呼びかける
夜回りをした。
時には雪がちらつく中を、
上級生が拍子木を打ち鳴らし、
子供たちはいっせいに口を開いて、
「ひのよーじん!」とやった。
しんしんとした冬の闇の中、
大きく響き渡った。
誰も、
「うるさい!」なんて、
怒らない時代だった。
だから、
こどもたちは、
いつも
委縮することなく自由闊達におれた。
寒さが凍えるようにになると、
上級生は下級生を取り囲むようにして、
冷たい風を直接受けないように守り、
巡回を進めた
強者の弱者への思いやりが
自然な時代だった。
冬休みの間、
各戸持ち回りで、大人が
こどもたちの世話を引き受けるのが
恒例だった。
夜回りが終わると、
おやつが待っていた。
夜回りは厳しさと喜びの二輪車で、
こどもたちの成長の糧になっていたのだった。

いろんな社会の知恵を学べる機会は、
学校以外の地域や家庭がつくってくれていた時代。
そんな時間を過ごした私たちの常識は、
地域社会の衰退とともに廃れていっている。

悩ましい時代を、
まだもう少し生きなければならないようだ。
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図書館

2017年05月21日 01時03分29秒 | Weblog
仕事を引退するまで
縁のなかった図書館。
いまやなくてはならない存在となった。

雑誌や書籍が
何冊でも読み放題。
家で読書を
ゆっくり楽しみたければ
図書を借り出せる。

その図書館も
最近は
すっかり様変わりした。
広いロビーに置かれたソファー、
展示コーナーや
ビデオやパソコン室まである。
致せりつくせりで
いち日楽しむのも可能になった。
町中のテーマーパークといっても
おかしくない。

毎日通い始めた図書館で、
ふと気づいてしまった。
高齢者の姿が目立つことに。
休日でもない限り、
若ものや子供たちの姿に
お目にかかることはめったにない。
お好みの新聞、本、
雑誌が読み放題だし、
多少居眠りしても、
文句を言われることはまずない。
それに無料なのが一番だ。
高齢者には
ユートピアといっても
過言ではない。
「どこ行くの?」
「シルバーテーマーパークや」
家族に訊かれると、
そう答える。
いやはやかっこいい!
行く先は
ただの図書館なのに。
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記憶の風景・腹いっぱい

2017年05月20日 00時43分19秒 | Weblog
久しぶりの外食は、
一品盛りのおかずを選べる
昔よく利用したお店、
おかずを選んで
ご飯の注文へ。
メニュー表には
大・中・小とある。
悩んだ末に
中のご飯をオーダーした。

ところが、
その中ご飯を完食するのに
手間取った。
残すのはもったいない昔人間。
なんとか食べ終えたが、
少々うんざり。
小のご飯にしておけばよかったと、
つくづく後悔した。

高齢で食べる量は減った。
もう大食いは考えられない。
量より質の年代を
迎えたのだ。

三十代までは、
とにかくよく食べた。
田舎で育ったせいか、
ご飯は大盛りでないと
食べた気がしなかった。
行き付けのラーメン屋で
注文するのは
ラーメンと中華丼のセット。
それもご飯は
いつも大盛りの特注だった。
腹いっぱいになると、
なんとも幸せな気分だった。
あの若さは、
もう伝説といっていい。
   
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癒されて

2017年05月19日 12時12分37秒 | Weblog
きのうは
例によって
締め切り直前の
徹夜で
10枚書き上げました。
さっき郵便局へ。
ホッと一息ついて、
庭のお花に挨拶です。
新顔がみっつばかり
いらっしゃいです。(笑)
しゃくやくも
つぼみが少し開き始めた気配。
頑張れ~!
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ミニノベル・雨の贈り物・最終章

2017年05月19日 00時38分55秒 | Weblog
そんな幸吉に彩絵は心を開いた。これまでと打ってかわった明るさで、幸央との出会いと生活ぶりや、彩絵自身の故郷や家族についても饒舌に話した。
 彩絵が人前であまり笑顔を出せないでいる理由を、幸吉は知った。長い年月を通じて自然と身に備わった自己防衛だったのである。
 彩絵は和歌山で漁師の家に生まれている。四歳の時、和歌山を直撃した大型の台風で、父親の船は沈み、乗り込んで漁に出ていた両親と兄弟を一度に失ったのだ。
「大変やったのう。親御さんらも死に切れんかったんちゃうか。あんたひとりを残しとるんや。悔しかったやろのう」
 幸吉は胸を熱くした。親ならだれでもそうなるだろう。
「ありがとうございます」
 彩絵は気丈な態度を保っている。かばってくれる親兄弟を失った女の子がどう生きてきたのか?言葉に言い表せない苦難を強いられたのは間違いない。それを耐え忍び生き抜いた女の子が、いまここにいる。幸吉の孫を胸に抱き締めてくれている。
 天涯孤独の身になった彩絵は、親戚をたらい回しにされた。自分しか信じられない境遇にさらされるうちに、自分の意志と言ったものを表に出さないほうが無難に生きられると悟ったのである。その日から彩絵は笑顔を失ったのだ。
「私って誰からも嫌われてたんですよ。とても意地が悪くて……暗い性格だったから……」
 彩絵は、まるで他人事のように喋った。
「……そんな私が幸央さんに出会えた。幸央さんは正真正銘のわたしを理解してくれました。わたし、救われたんです、幸央さんに」
 急に彩絵の顔が歪んだ。言葉を詰まらせた彩絵の目は涙で光った。
 幸吉は嗚咽する彩絵に、なす術もなく、ただじっと見守るのに精いっぱいだった。ただ息子への思いは、頭の中をガンガン暴れまわった。
(ようやった!幸央。お前はわしが自慢できる息子じゃ。彩絵さんになくてはならん男になりおった。スゲェー奴じゃ、お前は)
 幸央が帰って来るのを待つと言う彩絵と赤ん坊を残して、幸吉は先に家へ戻った。
「どうしたんやね。ニヤニヤして……なんか気色悪い!」
 幸吉を迎えに出た和子は、訝った。
「ええんやええんや。それよか晩のご馳走の用意は出けとるんか?あいつら、もう帰ってきよるやろが。間に合わんぞ」
「あほらし。どないな具合やいな」
 同じ皮肉を口にしても、今はやけに明るい。幸吉の態度から何かを感じ取ったからだろう。和子はいつだって夫の心をちゃんと見透かしている。
「さあ、急いで作らな、なあ」
「よっしゃー!わしもちょっくら手伝うたるわのう」
「ほんま怖いで。嵐でも来よるがな」
 和子は軽口を叩きながら台所へ急いだ。
「おい。わしもおじいちゃんやで!」
 幸吉ははしゃぎ声をあげながら、後に続いた。
(こりゃ、どないあいつらが反対したかて、ちゃんと結婚式挙げたらなあかん。娘がでけよるんや。わしに孫を連れて来てくれおった娘や。花嫁姿になったら、そら綺麗やわ。間違いのう、うちの嫁や!)
 幸吉は父親に戻った。そして父親になろうとする。彩絵の父親に。
「あんた、また降ってきたで」
 台所から和子が大声を上げた。台所の窓から降り出した雨を認めたのだ。
「そら大変やがな」
 幸吉は玄関に急いだ。傘を引っ張り出し、長靴をはいた。彩絵と孫を迎えにいってやろう。ウキウキする幸吉だった。
「ちょっと迎えに行ってくるわ!」
 幸吉の大声は家中に轟いた。
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