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アメフト観戦記や読書日記を綴っていましたが、最近は古墳(コフ)ニストとして覚醒中!横穴式石室をもつ古墳にハマっています。

飛鳥の万葉歌碑⑨~県立万葉文化館庭園 その6~

2020-07-26 00:25:50 | 文学をたどる

 県立万葉文化館の庭園に置かれている万葉歌碑は、6基。今回で、晴れてようやくすべての歌碑を取り上げたことになる。この歌碑は、万葉文化館の庭園の入り口近くにあり、おそらく一番目につきやすい歌碑であろう。

 

 さて、歌碑には、「天橋も 長くもがも 高山も 高くもがも 月読の 持てる変若水 い取り来て 君に奉りて 変若しめむはも」と記されており、作者は、未詳、揮毫は、書家の杉岡華邨である。

 歌意は、天の梯子は長いのがあればよい。高い山は一層高くなってもらいたい。月の神が持っている変若水(をちみず)何とかして持って帰って、君に捧げ、若返ってもらいたいというもの。

 

  天橋は、天に通じる橋、梯子。天の浮橋ともいう。変若水は、をちみずと読み、若返りの水のことである。月読は、月の神。月の神様は、若返りの水を持っている。月は満ち欠けをしながらも、一月経てば、元に戻ることから、不老不死の観念と繋がっているのだろう。そこから若返りの水という発想が現れてくるのだろう。

 考えれば、確かに、結婚して数十年も経つと、そんな風に思うときもあるねえ。ただ、歳を得てこそわかる境地もあり、若ければ良いというもんでもないような気もしますが。まあ、妻であれ、夫であれ、いつまでも若くあってほしいというのは、誰でもが思う境地ではありますな。

 そして、この長歌には、反歌がついている。

 「天なるや 月日のごとく 我が思へる 君が日に異に 老ゆらく惜しも」というもので、天にある月や太陽と同じように私が大切にあがめている君が、日ごとにますます老いてゆくことが、なんとも口惜しいということを歌っている。人間は、と言うか宇宙は、時間が進むことはどうすることもできない。我々は一方通行の乗り物に乗っているようなものである。

 

 我が君も、少しでも若くあってほしいという願いは、千年以上昔の人も今の人も変わらないのだろう。

 

 万葉文化館の庭園は、四季とりどりのいろんな種類の草木が植えられている。ほとんどが、万葉集にちなんだ草木であろう。残念なことに、花のこと、植物のことがあまりわからない。この4月からの緊急事態宣言の中、外出を控えて家の周りを散歩するようになって、いろんなところに草花がいっぱい植えられていることに気が付くようになった。路傍の花にも興味を持つようになったと言うべきか。

 こういう庭園を歩きながら、草花を知り、それが万葉歌などに繋がっていくときっと楽しいことだろう。これから、そういったことも気にしていきたいなあと思う。

 

 この後は、万葉文化館から離れて、明日香村を散策しながら見つけた歌碑を取り上げていくようにしたい。

 


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