●今日の一枚 194●
Eric Gale
Utopia
残暑厳しい日曜日、午後からコーチを務める高校女子バスケットボール・チームの練習に付き合い、夕方から自宅のテラスで冷たいビールを飲んだ。ちょっとしたリゾート気分だ。夏休みの最終日で残った宿題の始末に追われる我が子どもたちには気の毒だが、幸福な時間だ。程よい疲れが、脱力感をともない、かえって気持ちがいい。こんなリゾート気分にフィットする音楽はないものかと考え、頭に浮かんだのは、脅威のワンパターン・ギタリスト、エリック・ゲイルの"ISLAND BREEZE"だったのだが、レコード棚を探してもなかなか見つからない。確かにあったはずなのに、一体どこにいったのだろう。
あきらめて、かわりに取り出したCDがこのアルバムだ。エリック・ゲイルの1991年録音作品『ユートピア』、エリック・ゲイルのラスト・レコーディングである。周知のように、エリック・ゲイルは、1970年代にフュージョン・ミュージックのパイオニア的グループとして活躍した"スタッフ"のギタリストだったわけだが、私はソロになってからのエリック・ゲイルの方が好きだ。何というか、人間的な温かみがあるのだ。思えば、エリック・ゲイルは卓越したテクニックをもちながら、超絶技巧に走らず、最後までフィーリングを大切にしたプレイヤーだったように思う。彼のギターからはその人の良さと、他者に対する温かさを感じることが出来る。聴衆の度肝をぬく超絶技巧も素晴らしいが、演奏から人柄を感じることが出来るというのも素晴らしい表現力なのではなかろうか。
雑誌『ADLIB』の編集長、松下佳男氏はこのアルバムについて、「ヒューマンであったかいムードが心にしみるエリックのギター!今の時代がうしなっている音楽が、このアルバムには確実にある」と、絶賛している。今の時代が、ヒューマンな音楽を失っているかどうかは別として、人間味のある穏やかで温かなフィーリングが伝わってくるのは確かだ。加えていうなら、今日聴いてみて、このアルバムでも十分リゾート気分を味わうことができた。
暑い日中の後の涼しい夕べ、心地よい脱力感と冷たいビール、秋を感じさせる虫の声と遠くを走る自動車たちの明かり、心温まるエリック・ゲイルの『ユートピア』、……、気分が良い。幸福だ、と思う。およそ一時間の幸福……。
たった一つの不安、"ISLAND BREEZE"のLPはどこにいってしまったのだろうか。