王様の耳はロバの耳

横浜在住の偏屈爺が世の出来事、時折の事件、日々の話、読書や映画等に感想をもらし心の憂さを晴らす場所です

国家の品格論 まえがき

2006-04-11 09:45:10 | 国家の品格論
ここでは藤原正彦氏の「国家の品格」まえがきについて爺が大筋と感想を述べます
おそらくここに氏の言いたい事の要約が詰まっていると思われます
爺が思うに米国の拝金思想にしてやられ「情緒と形」という日本が世界に誇る優れたものを失う事で「国家の品格」さえ無くした これからは孤高を恐れず「情緒と形」で世界を導こうという物凄い主張と感じました

ではもう少し細かく読み解いて見ましょう
氏は30歳代前後米国の大学で3年教えていた 物事が論理の応酬で決まる米国社会がとても爽快であった 議論に勝っても負けても根に持つような事はない
人種のるつぼといわれる米国では全ての人種に共通な論理に従うしかないのだから

帰国後も米国流で教授会などで「自分の意見を強く主張」いつの間にか言い分は通らず会で浮いた存在になった
因みに氏は1943年(昭和18年)生まれであるから30歳の時が1973年その後数年は1975-80年前後であろう 第一次石油ショックのあと第二次石油ショックの日本であろう 
そこで論理だけでは片付かない「情緒」とか「形(かたち)」を考えるようになる

40歳代の前半(1985年前後であろう)イギリスのケンブリッジ大学で1年ほど暮らすようになった そこではディナーをニュートンの頃と同じ部屋で、同じ様に黒いマントを纏いローソクの下で食べることに喜びを感じるほど伝統を重んじる人々に会った そこでは論理を主張する人々は煙たがられ「以心伝心や腹芸」さえあり 同じアングロサクソンでもアメリカとは全く違う国柄であったと記す 爺に言わせればそんな事しているのはほんの一握りの特別な職場か待遇を受けている人であろうと思うが藤原氏は帰国後益々論理よりも「情緒」や「形」を(大切に思う気持ちが)大きくなったそうである
氏は補足する 「情緒」とは養育によって培われる懐かしさ(普通はなつかしさと読む,氏はゆかしさとでも読ませるのであろうか)とかものの哀れの事 「形」とは武士道からくる行動基準である
「情緒」「形」は昭和の初期から失われてきたが終戦(昭和20年)で手ひどく傷付けられバブル崩壊後は捨て去られた 不況に狼狽した日本人がアメリカの改革に柱に市場原理を持ち込み経済に留まらず社会、文化、国民性にまで悪い影響を与えたと非難する ついにはマネーゲームも法律違反すれすれでも卑怯とも下品とも思わなくなった(ホリエモンによる日本放送の買収が念頭にあるようだ)

戦後 祖国への誇りや自信を失う様に教育され世界に誇るべき「情緒と形」をあっさり忘れ市場経済に代表される「論理と合理」に身を売ってしまった
日本はこうして国柄をうしなった 「国家の品格」を無くしてしまった

そこでグローバル化という世界を均質化する趨勢に戦いを挑みなさい 普通の国ではなく「孤高の国」に戻りそれにより世界に範を垂れ世界人類に貢献せよとの大号令であります

大和魂を発揚して1933年(昭和8年)国際連盟を脱退しついには世界の孤児になって大東亜戦争に突き進んだ進軍ラッパの様に聞こえるけど爺の空耳か耳鳴りであろうか

次は第一章です

写真は藤原先生
コメント (5)
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