HIROZOU

おっさんの夜明け

大阪物語1

2021-12-10 07:15:30 | メモリー

今日も今日とてさぶいね

今から40年も前の昭和55年頃か大阪の茨木市ってところに住んでいた

トシちゃんと聖子ちゃんの全盛期でパチンコのフィーバー台が登場した年だ

最寄りの駅は阪急茨木駅の隣の総持寺って駅だ

急行が止まらない分家賃が安く大阪の梅田へも京都の四条河原町にもそれぞれ

30分~40分と立地も良かった

その頃、駅周辺のどこからでもエレベーター会社の100メートル越す試験塔が見えた

駅の名の通り総持寺って言うお寺があったんだけど

2年間住んでいて一度も行った事が無かった

駅前にはパチンコ屋と立ち食いのうどん屋、炉端焼きの居酒屋なんかがあって

駅を出るとパチンコ屋の喧騒とうどんの匂いが漂っていて

よくうどん屋の隣の自動販売機に酔っ払いがもたれて寝てたりした

くにゃくにゃ道の両脇に小さな商店街があってバケツや笊を売る雑貨屋とか

親子丼や牛丼を出すそば屋に用水路に沿った路地に小汚い飲み屋が連なっていた

しばらく歩くと中産階級の住む広い敷地の中に団地が立ち並んでいて

それを過ぎるといつも通った銭湯にコインランドリーがあった

いちど銭湯の親父にごみの不法投棄をとがめられ風呂に行きにくくなった

コインランドリーのばあさんはここに町に住んで唯一話を交わす人物だった

住んでいたアパートは文化住宅が並ぶ路地の突き当りで脇にどぶ臭い水路が流れていて

たぶん私道だったと思うんだけど

アパートの前に住人の自転車が並んでいて近所の子供たちが遊んでいた

典型的な戦後昭和の貧乏長屋ってところか

その貧乏長屋の住人でも一番貧乏なのが僕だった

つづく・・


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