HIROZOU

おっさんの夜明け

盛者必衰

2021-12-18 07:30:35 | メモリー

今日もさぶいね

気が付いたらもうすぐまた正月やんか

ここ何年か田舎の実家で一人正月を迎えている

たった一軒のスーパーは休みでコンビニも無い過疎の町

世間がお屠蘇とご馳走に舌鼓を打つ日に食い物の心配をせんやならん

冷え冷えとして誰もいない実家で過ごす正月

1972年の紅白歌合戦の視聴率は80%だったとか

10歳の僕も今で家族そろってテレビを見たはずだ

暖房と言えば炬燵だけでそれでも皆で入っていれば暖かった

でも一家だんらんの炬燵に母が入ってテレビを見ていた記憶は無い

いつも何かしらの家事や内職に追われていて

大晦日の晩でも普段の仕事におせちの支度も加わって

それこそ紅白どころじゃ無かった

紅白が終わったら行く年くる年・・

浅草の浅草寺や成田山新勝寺が画面に映って

稀に雪がちらついたりしてしんみりとした大晦日の晩を彩る

浅草ってどんなところだろう・・・

あかぎれの手で垂れた鼻水をこすりながら10歳の僕はそう思った

僕の人生と浅草は何の関連性も感じなかった

そのころからうん十年後・・

浅草を自分のシマのように年中酔っぱらってうろつく様になるとは

成田山ってどんなとこだろう・・・

カラフルな袈裟を着た坊さんが神聖な態度で護摩を焚く

ごにょごにょごにょとお経を唱える

チーン!チーン!

と坊さんが鉦を鳴らすと後ろに座ったじいさんばあさんが首を垂れる

仏様のご加護がありますように・・

その頃からうん十年

成田山と同じ県に住むようになった

節目ごとに成田山に向かう

始めの頃は鰻重の特上にお銚子1本

それが特上が上になり並みになり

お銚子が無くなり

鰻丼になって

最近は鰻は止めて駅前の日高屋になって

鰻屋の前で指を咥えて鰻を焼いてる職人を眺めるようになってしもうた

でも成田詣でをすると前後に不思議に良い事があるような気がする

初めて成田山に行って階段を昇った時・・

(ここだここだ!)

と小さい頃に見た行く年くる年を思い出した


コメント
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