今、夏の甲子園で若人の熱戦が繰り広げられている
青春の煮えたぎる炎、汗、そして涙
僕にはそう言った情熱的な青春は無かった
怠惰で空虚な青春時代
それでいて
「こんなんで俺はええんか!」
とか
絶えずジレンマに陥っていた気がする
それは現在に至っても同じ事だ
「どないかせにゃならんぞ」
とか思うんだけど
生粋の不精ったれはどないもならん
ただ、野球部の厳しい練習に3年間耐え抜いて
彼らのその後の人生に生かされ尚、励みになるかと言うと
そうでも無いような気がする
野球部の友人に‘ヒトシ(仮名),がいた
‘ヒトシ,は寡黙な奴でけっして目立たず
ただ他人の話をにこにこと笑って聞く人のいい奴だった
けっして運動神経もいい方では無く中学時代も野球部じゃ無かったが
何故、そんな彼が高校球児になったのか分からない
その頃の高校野球のベンチ入りは確か15人だった
うちの学校の野球部員はその頃16人だった
‘ヒトシ,はいつもその16番目の選手だった
どの大会もただ一人だけベンチ入りの出来ない部員
そんな頃、地方新聞にでかでかと‘ヒトシ,の特集が載った
題名が「縁の下を支える16番目の選手」とかなんだった
今も昔も新聞は野球部だけ夏になると学校別にいろんな話題を提供する
その新聞に‘ヒトシ,が取り上げられた
彼はいつも‘16番目の選手,なのに
練習を休む事無く他人の嫌がる雑用もただ進んで黙々とこなしていく
彼は野球部の縁の下の男だった
美談やなぁ~
彼の野球部で培った忍耐と小さな努力の積み重ねが
その後の人生にどう影響をもたらしたか・・・
高校時代のある日‘ヒトシ,が・・
「わしラブレター貰うたんじゃ」
・・・って言いよる
「誰にじゃ、良かったのぅ~」
「これ」って見せてくれた
差出人を見て驚いた
バスケ部の顧問からだった・・
内容の熱烈さもさる事ながら
顧問は体育の教官で特攻隊の生き残りを自負するおっさんだった
前々から顧問のそう言う‘噂,は耳にしていたが
‘ヒトシ,のラブレターを見て異次元の世界を垣間見た
ただ‘ヒトシ,はしきりに苦笑していた
‘ヒトシ,は高校卒業後、進学か就職か忘れたが東京に上京した
二年送れで僕が上京した時、先に出ていた同級生達が歓迎会を開いてくれた
場所は新宿の二丁目だった
何故、新宿の二丁目なのかと聞いたら
‘ヒトシ,の馴染みの店があったからだ
‘ヒトシ,に久しぶりにあって驚いた
人間が180度変わっていた
明るい怠け者になっていた
実際、その頃フリーターの彼のもっとうは
‘クビになるまで怠ける,だった
高校球児時代の他人の嫌がる雑用を黙々とこなす彼が本当で
東京に出てからの彼が本当の姿かは分からないが
人間の性根はただ鍛えたからと言って代わるものではないような気がする
ただ体育の教官が彼の内面を見た目は鋭いものがあった
??
お暑うございます。
ヒトシ君の話、どきどきしながら読みましたよ。^^
「十二番目の天使」っていう補欠野球選手を描いた感動小説をちょっと思い出しました。
その物語の主人公とは似ていて異なるヒトシ君。これも人生ですねぇ。
16番目の選手→新宿2丁目のフリーター→?
その後のヒトシ君が気になります。
いつか続編を。
大垣日大、残念でしたねぇ~
ヒトシはその後、行方知れずですわ
ほんまの話・・・
生きているとは思いますが
それにしても暑くて仕事が暇ですぅ
ぶちぶち言いながら、お元気そうですね。
もうちょいです、秋。
お元気そうじゃないんよ
暑いし・・
仕事は暇だし
おっさんの夜明けどころか
闇夜のままじゃ
夜明けは何時来るんじゃ!