人生チャレンジ20000km~鉄道を中心とした公共交通を通じて社会を考える~

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ローカル鉄道に国・自治体・住民はどう向き合うべきか(月刊『住民と自治』 2022年8月号掲載)
核のない未来を願って 松井英介遺稿・追悼集(緑風出版)

●安全問題研究会が、JRグループ再国有化をめざし日本鉄道公団法案を決定!

●安全問題研究会政策ビラ・パンフレット
こんなにおかしい!ニッポンの鉄道政策
私たちは根室線をなくしてはならないと考えます
国は今こそ貨物列車迂回対策を!

<地方交通に未来を(11)>戻り始めた日常と、小さな変化

2023-06-15 22:07:18 | 鉄道・公共交通/交通政策
(この記事は、当ブログ管理人が長野県大鹿村のリニア建設反対住民団体「大鹿の十年先を変える会」会報「越路」に発表した原稿をそのまま掲載しています。)

 2020年の年明け早々、クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」から始まり、3年にわたったコロナ禍も一息つき、鉄道を含め急速に日常が戻りつつある。消えて喜んでいたはずの満員電車まで復活しているのは喜ばしいことではないが……。

 テレワークを全社員、全業務に拡大したNTTなどの動きがある一方で、緊急避難的にテレワークを導入したものの、働き方を改革するマインドのない企業を中心に、テレワークを取りやめ通常出社に戻す動きも拡大している。

 インバウンドも戻ってきている。正直なところ、戻ってきてほしいかと聞かれると諸手を挙げて歓迎とは行かない。子どもの頃の社会科の授業で、日本は「原材料を輸入して、製品を輸出する加工貿易の国」だと教わったのも遠い昔、今の日本は「サービスを輸出し、モノを輸入する」経済構造にすっかり変わってしまった。「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」とお金持ちの外国人にお辞儀する以外に食い扶持がなくなりつつある日本として、こうした分野で「戻ってきた」感が出ているのは、いいことか悪いことかは別として、やむを得ない選択なのだろう。世界有数の観光地・京都では市営バスが観光客で占拠され、京都市民が乗れないというコロナ前の悪弊まで復活。忍耐も限界に達した京都市は、観光客だけ運賃を2倍にできないか、近く国交省と協議に入るという。

 鉄道運賃のダイナミック・プライシング制も検討が始まっている。混雑度合いに応じて運賃を柔軟に変更するもので、たとえば日中の閑散時間帯運賃を現行のまま据え置き、朝夕のラッシュ時間帯に2倍の運賃とするような制度の導入ができないかというものだ。企業も、労働者を閑散時間帯に通勤させるようにすれば通勤手当を安くできる。ラッシュの分散を狙ったものだが、そんなに上手くいくのだろうか。何でも「他社がやっているから、うちもやる」横並び文化の強い日本では、結局、多くの企業が同じところに通勤時間をずらした結果、「単にラッシュの時間帯が変わっただけだった」というきわめて日本的な結果になりそうな気がする。

 コロナ後の鉄道に乗客が戻るかどうかをめぐっては、「戻る」「戻らない」両方の予測があった。首都圏ではJR東日本や東京メトロを中心に、減便を推し進めるダイヤ改正が次々に行われた。一方、JR東海はコロナ禍でも、のぞみを1時間に12本のダイヤを計画通りに導入した。コロナ禍で人が乗らない時期にも臨時列車の削減でしのぎ、ダイヤの柔軟性を維持した上で、基本的な列車の減便はしない方針を貫いたという(注)。首都圏ではコロナ後に乗客は「戻らない」と考えていた鉄道会社が多く、一方、JR東海は「戻る」と考えていたことを物語っている(このためか、JR東海は他のJR5社が行った赤字路線の公表も唯一、していない)。

 このような考えに至った背景には地域性もあろう。コロナ後もテレワークを継続できるような企業は首都圏に多い一方、JR東海のお膝元の東海地方は製造業の比率が高く、コロナが拡大すれば休業、収束傾向を見せれば出勤再開しか手の打ちようがない。テレワークなど導入の検討すら行われなかったところがほとんどではないか。

 JR各社は、相変わらず乗客はコロナ禍前に完全には戻っていないことを理由に、輸送密度1000人未満のローカル線について、4月に成立した改定地域公共交通活性化再生法に基づく協議会入りを目指す考えのようだ。だが、この問題を考える上では、どんな旅客がどの程度戻ってきているのかも、単なる「数」以上に重要である。もう一度整理すると、「ほぼ完全に戻っている」のはインバウンド、長距離旅行客。「おおむね戻っている」のが通勤通学客、「思ったほど戻っていない」のが出張族や深夜の酔客といった感じだろうか。総じて、観光客など「客単価が高く歓迎したい」旅客ほど戻り、通勤通学客など「客単価が安く、歓迎したくない」旅客ほど戻り方が鈍いというふうに読み取れる。

 鉄道会社にとって、通勤通学客のほとんどは定期券だ。日銭が入らない上に、定期券の割引率が大きいため、戻ってきたとしても大した収入増加にはならない。定期運賃は通常運賃の半額を超えてはならないと定めていた旧「国有鉄道運賃法」により、特にJR各社は国鉄時代の大きな定期券割引率を引き継いでいる。改めて調べてみると、同一条件で比較可能な乗車距離3km区間(本州3社・幹線)では、普通運賃150円に対し、通勤1ヶ月定期でも4,620円(30.8回乗車分)。15往復、つまり月に半分も乗れば元が取れることになる。高校生用の6ヶ月通学定期券に至っては、13,370円(150円の89.1回分=45往復分)と、土日を含めなくても2ヶ月ほどの通学で元が取れる計算になる。あるJR東日本幹部が「JRの通学定期というのは、ほとんどボランティアのようなもんですよ」と話したという噂が私の耳にも聞こえてきたが、真偽のほどはともかく、6ヶ月定期の元がたったの2ヶ月で取れてしまうようでは、確かに「タダより少しまし。ボランティアで乗せてやっている」と言いたくもなろう。こんな儲からない客であっても、公共交通である以上、増えればコストをかけて増便しなければならないのだ。コロナ禍前までは「ありがた迷惑」で、通勤通学客は減ってくれてホッとしているのが正直なところではないか。「テレワーク? 定期券をお持ちのままでしたら、どうぞ続けてください」が鉄道会社の本音だろう。一方で、客単価の高い観光客、とりわけ円安ドル高の影響で、1~2割程度の値上げなら痛くもかゆくもなく、今まで通り日本にカネを落としてくれるインバウンドは、新幹線のグリーン車でおもてなしをしてでも取りこぼしを防ぎたいところだ。

 何人も法の下に平等であるというのが日本国憲法の基本原則とはいえ、鉄道会社にとって「おいしくない客」は完全には戻らず、一方で「おいしい客」は戻ってきている。鉄道会社にとって、コロナ禍前は望んでも決して手に入らなかった理想的な状況が実現しようとしているのだ。むしろ、鉄道会社の今後の経営状態はコロナ前より改善する可能性すらある。儲かる路線で儲からない路線を支える「内部補助」もコロナ禍でいったんは崩壊したかに思えたが、中長期的にはともかく、短期的には復活することは確実だ。

 こんな状態で「活性化再生法の改定が実現したのだから、ローカル線を廃止したい」などと言えば罰が当たる。JRはこのチャンスに悪乗りしていると思われても仕方ないであろう。公共交通の本旨、そして国鉄から引き継いだ路線は維持するとした国土交通大臣指針の精神に立ち返り、JR各社が、今ある路線をしっかり維持するよう望んでおきたい。

注)「コロナ後に乗客が「戻る」「戻らない」 鉄道会社の“読み”はどちらが正しかったのか」(ITmediaニュース)

(2023年6月12日)

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