私の同期の中に、ロシアを愛している人が居ます。
なぜロシアが好きなのかはわかりません。
理由を聞いても教えてくれないのです。
どれくらい愛しているのかと申しますと、
飲み会の席にトルストイの『罪と罰』を持ってくるほどです。
他人から影響を受けやすい私は、ちょっとロシア文学について
語りたくなりました。
何も難しいことを語るわけではありません。
そもそも『罪と罰』も『アンナ・カレーニナ』も
『カラマーゾフの兄弟』もタイトルだけは聞いたことがあるだけで、
ほとんど読んだことはない私ですから、ただ単純に自分なりのイメージなどを
書いてみたいと思うのです。
ロシア文学のイメージ、それは鉛のように重い印象です。
少なくとも晴れ晴れとした感じではないです。
このイメージはどこから来るのでしょうか?
その重々しいタイトルから?
厳しい寒さのロシアの風土から?
それとも偉大なる作家さんたちの顔から?(失礼!)
私は、その重々しい文学を長く敬遠していますが、
チェーホフだけは好きです。
前館長がチェーホフの『サハリン島』は面白いと
オススメ下さったので、早速読んでみたところ、
これが・・・やはり重かった(苦笑)
『サハリン島』は、監獄島(当時)の紀行なので
しょうがないところもあるのかもしれないのですが。
でも『退屈な話』や『6号病室』は感覚として
好きです。やはり重いのですが(笑)
私は学芸員になって、随分本を読むようになりました。
前館長がとても多読な方で、私は強い影響を受けたのです。
館長が、ゲーテ『ファウスト』について語る姿は
かっこよかったですし、モンテーニュ『エセー』や
アランの著作を愛していた方でした。
私は単純に憧れたわけです。
でも館長の言葉で語られる『ファウスト』や『エセー』は
とても面白いのに、原典を読もうとすると、
私はしっくり来なくて、まだ読める、理解できる年齢に
達していないのかな、と思ったりもしました。
館長は退職されてしまいましたが、私の読書習慣は
未だに継続している次第です。
ここまで書いてきて、もう長くてめちゃくちゃな
文章になってしまったことに気づくわけですが、
今日はなんだか筆が妙に進むので、御勘弁下さいませ。
なぜロシアが好きなのかはわかりません。
理由を聞いても教えてくれないのです。
どれくらい愛しているのかと申しますと、
飲み会の席にトルストイの『罪と罰』を持ってくるほどです。
他人から影響を受けやすい私は、ちょっとロシア文学について
語りたくなりました。
何も難しいことを語るわけではありません。
そもそも『罪と罰』も『アンナ・カレーニナ』も
『カラマーゾフの兄弟』もタイトルだけは聞いたことがあるだけで、
ほとんど読んだことはない私ですから、ただ単純に自分なりのイメージなどを
書いてみたいと思うのです。
ロシア文学のイメージ、それは鉛のように重い印象です。
少なくとも晴れ晴れとした感じではないです。
このイメージはどこから来るのでしょうか?
その重々しいタイトルから?
厳しい寒さのロシアの風土から?
それとも偉大なる作家さんたちの顔から?(失礼!)
私は、その重々しい文学を長く敬遠していますが、
チェーホフだけは好きです。
前館長がチェーホフの『サハリン島』は面白いと
オススメ下さったので、早速読んでみたところ、
これが・・・やはり重かった(苦笑)
『サハリン島』は、監獄島(当時)の紀行なので
しょうがないところもあるのかもしれないのですが。
でも『退屈な話』や『6号病室』は感覚として
好きです。やはり重いのですが(笑)
私は学芸員になって、随分本を読むようになりました。
前館長がとても多読な方で、私は強い影響を受けたのです。
館長が、ゲーテ『ファウスト』について語る姿は
かっこよかったですし、モンテーニュ『エセー』や
アランの著作を愛していた方でした。
私は単純に憧れたわけです。
でも館長の言葉で語られる『ファウスト』や『エセー』は
とても面白いのに、原典を読もうとすると、
私はしっくり来なくて、まだ読める、理解できる年齢に
達していないのかな、と思ったりもしました。
館長は退職されてしまいましたが、私の読書習慣は
未だに継続している次第です。
ここまで書いてきて、もう長くてめちゃくちゃな
文章になってしまったことに気づくわけですが、
今日はなんだか筆が妙に進むので、御勘弁下さいませ。