語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【読書余滴】共生社会スウェーデンを支えるしくみ(4)

2010年08月03日 | □スウェーデン
●Ⅲ 地方民主主義を深める市民社会と国家
1.組織の国スウェーデン -「国民運動」民主主義
 「大きな国家」、福祉国家は、市場のみならず市民社会の自律性を弱める、という批判は誤りである。
 (1)大きな公共部門と、(2)国民の大半が組織化された強い市民社会・・・・他の北欧諸国と同様に、スウェーデンでは(1)と(2)とが両立している。
 市民組織は、福祉分野などの公的サービスを補完する存在として、長い伝統がある。行政と密な連携をとるが、行政の肩代わり的存在になることはなく、自律性を維持している。公共部門とのよき相互依存関係がうまくできている。市民組織への助成額は大きい(財源の70%)。1990年代以降、地方自治体は市民組織との連携にいっそう関心を高め、2003年の助成額は210億クローネ(約2,100億円)にのぼる。
 スウェーデンの「国家-市民社会」のよき相互依存関係の源流は、1800年代なかばに台頭した国民運動にある。

 スウェーデン社会運動発展史は4期に分かたれる。
 第1期(1800年代なかば)・・・・「自由と特権に対する闘い」。禁酒運動と自由教会運動である。
 第2期(1800年代後半~1930年)・・・・労働組合、経営者連盟、農業・生活協同組合が結成され、社会問題を合意で解決する国民運動民主主義の基礎ができあがった。この時期、すでに多くの国民運動組織が国から助成金を得ている。
 第3期(1930年~1950年)・・・・「国民の自己改良と市民の権力と影響力拡大」。余暇や学習サークル組織に加え、住宅協同組合や俸給者労働組合など新種の国民運動が台頭した。
 第4期(1950年以降)・・・・「人格の尊重や差別との闘い」。階級ではなく、障害者・高齢者・移民などのアイデンティティを基盤にする組織ができた。さらに、女性運動、環境運動、平和運動、宗教的な運動組織が後に続く。

 社会変革は底辺の大衆組織によって下から実施されなければならない、というのが国民運動の思想だ。
 国民運動は、労働組合、社会民主党、協同組合、労働者学習組織、年金者協会など多様な組織を巻きこんで、社会変革のためのネットワーク/統一戦線として発展してきた。
 スウェーデンの社会資本を形成してきたのは、国民運動であった。幅広い国民運動による合意という社会変革手法は、国民運動民主主義と呼ばれる。スウェーデンの合意の政治文化の基礎をなす。

 国民運動のなかで人気が高く、社会資本形成に寄与するのは、学習サークル組織である。コース科目だけではなく、交流・社会参加にも関心が向けられている。成人の4割が何らかのサークルに参加している。
 国家は、組織の財源のほぼ半分を助成し、社会資本形成を促進している。
 組織は、国民の声を政治的な力として結集する。積極的な組織活動は、政治民主主義を批判し、深める。国民の多数が組織に結集することで、民主主義は深化する。

 市民が自発的におこなう組織活動は、三つの点で重要である。
 (1)世帯に多様な分野の福祉を生みだし、供給する。市民の創造性を高め、会員の政治資源を強化する。
 (2)社会資本を形成し、市民相互の信頼感を醸成し、民主主義の発展に寄与する。
 (3)参加者は、共同決定に必要な能力を養うことができる。代表制民主主義を学ぶとともに実践する機会を得る。

2.選別的福祉レジームは社会資本形成を荒廃させる
 自発的なネットワークや組織に加わる市民が多ければ多いほど、民主主義の機能は高まる。しかも、市民が組織に参加することで形成される社会資本は、市民相互の信頼感を深める。1980年代以降のスウェーデンにおいては、市民相互の信頼感は深まっている。ある国際プロジェクトによれば、スウェーデン人の66%は他人を信頼できる、と答えている。他方、米国では48%、ドイツでは38%、ポルトガルでは23%、トルコでは10%であった。

 公共事業の原則はすべての人に対する「公平な対応・処遇」である。不公平な対応は、公共に対する信頼感、ひいては市民相互の信頼感を損なう。
 一国の政治システムが不正や汚職に侵されていればいるほど、国民の信頼感は低下する。

 選別給付は、日本の生活保護がそうだが、資力調査を前提とする。普遍的給付に比べて、選別給付は受給資格要件があるために、担当職員にもクライエントにも疑心が生じる。ごまかしているのではないか、根拠を欠く対応ではないか、差別的対応ではないか・・・・。
 普遍主義的福祉レジームを特徴とするスウェーデン国民に信頼感・連帯感が強いのは、選別主義的給付の経験者がわりと少ないからである。
 他人に左右されずに独自の考えをつくりあげ、生活保護申請や税金納付にあたってごまかさない・・・・これが、国民がまずもつ理想的な市民道徳である。
 「福祉が発達すると、制度を乱用し、労働意欲を失うのではないかという質問がよく聞かれるが、選別的福祉レジームは、人びとの間の信頼感(連帯)を荒廃させるのに対して、普遍主義的福祉レジームは信頼感を強化する」
 ヨーロッパ諸国における選別的福祉レジームへの転換は、将来どのような結果と影響をもたらすだろうか。

 なお、すべての組織形成が社会資本の発展に寄与するわけではない。北アイルランドやイスラエル・パレスチナにみられるように、憎悪や不信感を生みだす「非」社会的資本も形成される。
 開発途上国への援助も、その国の公共機関で種族組織や縁者の優先、汚職などがあると、国民の不信感を増大させる「非」社会資本の形成にもなりかねない。

●まとめにかえて
 地方自治体や市民社会の努力だけで共生社会を構築できない。そのことをスウェーデンの実践が示唆する。
 福祉レジームが選別的だと、社会は構造的に幾重にも分断される。国民の信頼感や連帯が荒廃する。市民組織の自律性にとって脅威となる。その結果、政治システムを変革する力が結集されにくくなる。
 そんな社会では、すべての組織が民主主義と経済発展を推進する社会資本を形成するとはかぎらない。逆に、国民に憎悪と不信感をもたらす「非」社会資本を形成する危険性がある。
 政治システム(国-地方自治体)と市民社会が連携するにはどんな関係を築かなければならないか。・・・・この問題もさりながら、より根源的な問題は、選別主義福祉レジームにある。

 公共事業に責任を負う政治システムの質を向上させなければならない。
 また、政治システムと市民社会とは積極的で対等に連携していかなくてはならない。それは相互に信頼しあう関係が前提となる。行政の肩代わりではなく、市民社会が自律性を奪われない連携を展開していかなければならない。

【参考】訓覇法子『スウェーデン共生社会「国民の家」を支える「国家-地方-市民社会」の連携』(「社会福祉研究」第104号、財団法人鉄道弘済会、2009年4月号)
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