語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【読書余滴】共生社会スウェーデンを支えるしくみ(3)

2010年08月04日 | □スウェーデン
●Ⅱ 地方自治を支える国家
1.分権化がもたらした地方自治の課題
 スウェーデン統治組織法は、国民統治の重要な手段のひとつが地方自治である、としている。地方自治体に独立した課税権が付与されているほど、スウェーデンの地方自治は強い。
 1862年、自治体法によって地方自治の原則が確立された。教区事業からの分離、貧民救済義務、独自の課税権などを獲得することで、コミューン(日本の市町村に相当する)の自由は拡大された。
 1950年代から1970年代にかけて、行政基盤強化を目的として、コミューンの合併が相次いだ。いま、コミューン数は290【注1】、コミューンの平均的人口は3万人である。(本論文によれば、ランスティング(日本の都道府県に相当する)数は23である。【注2】。ちなみに、スウェーデン人口は2008年現在930万人である。)
 「民主主義的観点から理想的な人口の大きさがしばしば問題にされるが、住民の政治参加と人口の大きさの一義的な因果関係は実証されていない。スウェーデン型福祉国家は、『少数人口』であったがゆえに実現可能であったという主張には根拠がないと言えよう」

 【注1】井上によれば、1999年1月現在、289である。
     井上誠一『高福祉・高負担国家 スウェーデンの分析 -21世紀型社会保障のヒント-』
                                               (中央法規、2003)
 【注2】穴見によれば、20である。井上によれば、1999年1月現在、18のランスティングと2のレジオンがある。
     穴見明『スウェーデンの構造改革 -ポスト・フォード主義の地域政策-』(未來社、2010)
     井上、前掲書。

 北欧諸国は、中央集権型国家である一方、地方自治体は強い自治権をもつ。ノルウェーなどと比べて、スウェーデンでは国家と地方自治体の間の相互信頼、相互理解が強い。

 1980年代以降、どの先進諸国においても、福祉国家の危機打開戦略として分権化と市場化・民営化が追求された。スウェーデンでも、効率の低さと細部にわたる国家規制が問題視され、「自由コミューン」などの試験事業が実施された。
 1991年、新地方自治体法制定。1993年、地方交付金制度改正。これらによって、国家規制が緩和され、地方自治体独自の裁量権が拡大された。
 しかし、3つの課題が生じた。

 (1)公共性の弱体化・形骸化の防止。
 (2)国民に対する公平な対応・処遇(個人の法的安全を守る)
 (3)民主主義

 (3)について敷衍すると、「今まで、何が地方民主主義であるかという定義をしてきたのは国家であった。地方自治体が地域の自律性に応えなければならないということは、地方自治体自らが統治形態を検証し、発展させなければならないことを意味する。住民自治の欠陥や問題の分析が各地方自治体に要求され、多様な解決がとられることによって地方自治そのものが多様化するであろう。地方分権化は、民主主義の実践における社会科学の実験であると言える」。

2.現物給付を担う地方自治体
 充実した社会保険制度と高い生活保護給付水準がスウェーデンの貧困率を低くしている(5.3%。日本は15.3%)。
 スウェーデンの生活保護給付額は、日本のような最低生活の保障ではなく、消費庁が算定する「妥当な消費水準」を保障するものである。
 社会サービスは、すべての国民を経済的に自立させることをめざすものだ。個別のニーズをふまえた援助によって、国民の生活条件の均等化を図るものだ。
 すべての国民は、16歳になると「国民保険」に加入する(義務)。被用者保険料は、雇用主税として支払う。こうしたスウェーデンの社会保険制度においては、制度から排除される国民が発生することはない。

 1970年代のなかばから、すべてのケア分野および学校教育などの分権化が進められてきた。
 家族政策を例にとると、国は現金給付をおこなう(有子・無子世帯間の所得の均等化=水平的所得分配)。地方自治体は、保健医療サービス、学校教育(高等学校まで)の現物給付をおこなう。
 地方自治体・・・・コミューンとランスティングは対等な関係にたつ。ランスティングの最大の事業は保健医療サービスである(予算の9割)。コミューンの最大の事業は、学校教育と高齢者などへの社会サービス供給である(予算の8割)。
 自己負担額は少ない。保健医療サービスの自己負担上限額は年間900クローネ(1クローネ=約10円)、薬代のそれは年間1,800クローネにすぎない。
 2000年、スウェーデンは脱施設化を完遂した。医療・福祉における24時間在宅サービスの構築が、これを可能にした。

3.財源力の弱い地方自治を支援する国家の役割
 財政力は地方自治体ごとに異なる。財政力が違っても、全国で同質、同水準のサービス内容や質を保つべく、国家が調整する。調整の手段が地方自治体間の財政の均等化である。
 1966年、均等化制度が導入された。
 1993年の交付金改革、1996年の新しい均等化制度によって、すべての地方自治体が均等化の対象となった。財政運営は、地方自治体間の拠出・交付という連帯的財政運営に置き換えられた。この制度は、その後も修正され、補足され、2008年の改正では均等化は5分野に及ぶ。
 かくて、スウェーデンのどこで暮らそうとも、平均的な水準の医療やケアを全国民が享受できることとなった。

 地方自治体間の格差縮小のため国家が介入する手段は、ほかにもある。
 例1、社会サービス法における生活保護給付。生計扶助とその他の扶助に二分し、生計扶助に一律の国家基準を設定している。
 従来の児童福祉法や生活保護法を統合した社会サービス法(1980年制定、1982年施行、2002年改正施行)は、枠法の性格を有する。理念と原則は定めるが、実施内容の詳細は定めていない。柔軟かつ大きな裁量権を地方自治体に付与している。自治体によっては、法の趣旨に沿わない運用が生じることもある。経済不況により生活保護受給率が増加した1990年代には、地域間格差が深刻化した。これを踏まえて、生計扶助に国家基準が設定されたのだ。
 例2、社会サービス法を補完する特別法、機能障害者援助・サービス法(1993年)。
 本法は、知的障害者ほか高い日常生活支援ニーズをもつ障害者グループが自己決定による生活を築くことができるよう支援するものだ。社会サービス法の「妥当な」水準ではなく、「良い」水準のサービスを保障する。百年来の改革と謳われるが、わけても画期的なサービスがパーソナル・アシスタンスである。週20時間以上の生活支援が必要な場合は、国家が負担する。国家が手を差しのべることで、地方自治体の財政負担は軽減される。結果として、地域格差が縮小される。 

【参考】訓覇法子『スウェーデン共生社会「国民の家」を支える「国家-地方-市民社会」の連携』(「社会福祉研究」第104号、財団法人鉄道弘済会、2009年4月号)

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