語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

書評:『激増する過労自殺』

2010年08月18日 | 社会
 日本の自殺者は、1998年に初めて3万人を越えた。うち、業務上の過労やストレスが原因となった労働者の自殺は、年間に数千件にのぼるものと推定されている。
 本書の8割強を占める第一部で、この数千件の中から九つの事例がとりあげられる。いずれも、使用主に対して損害賠償を求める民事訴訟、あるいは労災認定をめぐる行政訴訟である。
 各事例を読む者はだれしも「無惨な」、という思いにかられるだろう。人を人とも思わぬ企業に肉体を押しつぶされ、精神を歪められた働き手たち。しかも、一家の柱の自死は汚名となり、家族を経済的困窮のみならず精神的動揺に追いこむ。したがって、提訴の底には故人の名誉回復と家族の精神的救済への希求がある。
 だが、復権は容易ではなく、長年にわたる地道な運動が必要であった。運動の成果は、たとえば「電通・大嶋うつ病自殺事件」に見られる。一審判決は、長時間労働を遠因とする自殺について、使用者に損害賠償を初めて認めた(1996年)。さらに、最高裁は被災者側の事情を理由として損害の過失相殺をすることを限定し、歯止めをかけた(2000年)。
 労災認定にも変化が起きた。それまでは長時間労働や業務上のストレスを原因とする自殺について補償したのは二、三件にすぎなかったが、1999年、労働省は新しい判断指針を通達し、過労自殺に対する労災認定の許容範囲を拡げたのである。
 かろうじて救いの余地が生まれた、ともいえるが、死へ追いやる条件がなくならない限り、産業戦士の苦難はつづく。
 この苦難を第二部の論文3編が考察する。
 「精神障害・自殺の成因とその診断・治療」で提案されている予防法は、孜々としてはたらく者にとって自らを守る術となるはずだ。経営者は、ここから適正な労務管理を学ぶことができる。
 別の論文では、労災補償・損害賠償の法理が考察されている。経営者は、ここから、労働者を不当に酷使してもペイしないことを学ぶことができるだろう。
 だが、依然として「悩みは知られていない 愛は学ばれていない」(リルケ)

□ストレス疾患労災研究会・過労死弁護団全国連絡会議『激増する過労自殺』(皓星社、2000)
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