本書の構成は、次のとおりである。
著者の問題意識は、まず第1章に提示される。現在の雇用・社会保障の加速する危機状況である。
そもそも雇用・社会保障はどのようなしくみなのか。この点を第2章で解説し、全体を展望させる。
では、雇用破壊はなぜ生じたのか。その経過を労働者派遣法の制定、改正に焦点をあてて第3章で浮き彫りにする。
他方、社会保障が順次ととのえられていった経過が第4章に記される。
その社会保障が機能的不全にいたったわけを、小泉政権の「改革」に焦点をあて、第5章で明らかにする。
さらに、民主党政権の雇用・社会保障政策を点検し、今後の見とおしを第6章で示す。
終章で、雇用、社会保険(ことに医療と年金)、公的扶助、社会福祉の各分野に係る提言をおこなう。併せて提言する施策を裏づける財源についても著者の案を提示する。
本書でもっとも力がこもるのは、第3章(雇用破壊はなぜ生じたか)である。1980年代後半から労働環境が悪化していく経緯を剔抉して、粛然とさせられる。
高度成長期の日本型雇用システムとそれを前提とした労働制・税制は、直接雇用・長期雇用の原則に立っていた。
しかし、1980年代なかばから産業構造の変化や少子・高齢化の進展による労働市場の変化が顕著になり、戦後労働制の根幹部分の改変と再編がはじまる。その嚆矢となったのが、労働者派遣法の制定であった(1985年)。労働基準法は直接雇用を前提とし、使用者に法的責任を課していた。ところが、労働者派遣法は「間接雇用」を認め、職業安定法が禁止していた労働者供給事業を一部合法化したのである。
派遣事業が許される業務は、専門的業務と特別の雇用管理を必要とする業務に限定された(ポジティブリスト方式)。当初、政令が定めるところにより13業務だったが、1990年代にはなし崩し的に規制が緩和されていく。
労働者派遣法制定と同じ年、男女雇用機会均等法が制定された(1985年)。これに伴い、労働基準法上の女性保護規定が縮小された。そして、男女雇用機会均等法改正(1987年)と同時に、労働基準法の女性労働者の時間外・深夜業の禁止の諸規定が廃止された。男性の長時間労働を減らすのではなく、女性に男性なみの長時間労働を認める方向で「改正」されたのである。また、1987年の労働基準法改正は、変形労働時間制を拡大し、専門業務型裁量労働のみなし労働時間制を導入し、労働時間規制の弾力化がおこなわれた。
1990年代、バブル経済崩壊による不況の長期化を背景に、労働分野での規制緩和が推進された。法人税引き下げをはじめ、企業に対する法的規制が排除されていった。日本型雇用システムは過去のものとなりつつあった。1995年、日経連は「新時代の『日本的経営』」を発表し、長期蓄積能力型(正規労働者に相当する)を減らし、非正規労働者に代替していくことを提唱した。非正規労働者の増加を加速させた制度は、労働者派遣法のさらなる規制緩和であった。
労働者派遣法施行令改正(1996年)により、派遣対象業務が26業務に拡大された。労働者派遣法改正(1999年)により、対象業務が原則自由化され、例外的に禁止される業務のみ列挙するネガティブリスト方式へ転換した(製造業は「当分の間」禁止され、「専ら派遣」は一般労働者派遣事業として認可されない)。これに対応する職業安定法施行規則改正(1996年)により、有料職業紹介事業を営める職業の範囲が、ポジティブリスト方式からネガティブリスト方式に転換し、手数料規則も緩和された。さらに、職業安定法改正(1999年)により、前述の省令改正を法律上追認し、さらに対象範囲を拡大した。
1999年の労働者派遣法改正は、「日本型雇用システムの解体を促し、常勤雇用の正社員を低賃金・不安定雇用の派遣労働者に置き換えていたという意味で、戦後の雇用政策の分水嶺をなしていた」。
2000年代、規制緩和から制度拡充へと進む。労働者派遣法改正(2003年)により、「物の製造」への派遣が解禁された(2004年3月施行)。また、実質的に3年まで派遣が可能になった(2007年3月施行)。かくて、派遣労働は常用労働の代替と化し、企業にとって格好のコスト削減の手段、景気の調整弁として位置づけられる。同年、労働基準法も労働者派遣法改正と符帳を合わせた改正がおこなわれ(2003年)、有期契約社員も派遣労働者と同様、企業にとって使い勝手のよい雇用の調整弁と位置づけられた。
あいつぐ規制緩和の結果、約107万人(1999年)だった派遣労働者は、約399万人(2008年)と4倍近く増加する。
本書第3章は、派遣労働者が社会保険に加入できない実態、企業の違法派遣にもメスを入れるのだが、以下は本書に委ねよう。
序章と第1章および第2章の現状分析、第3章から第5章までの歴史的考察の延長に、第5章の将来の見とおし、終章の「処方箋」が出てくる。
「処方箋」は、雇用については、労働者派遣法の廃止・・・・基本的には労働者派遣法より前に「戻す」のである。そのうえで、労働者派遣法を前提とした昨今の雇用保険法拡充をさらに進める。そして、雇用保険と生活保護のあいだに「第二のセイフティーネット」たる失業扶助制度を提言する。
生活保護制度については運用面のアクセスしやすさ、保護基準の民主的コントロールなどを提言する。
年金については、最低保障年金は全額税方式、これに上乗せする所得比例年金は保険料方式を提言する。つまり、最低保障年金は実質的に公的扶助(生活保護)とするわけだ(ただし、ミーンズテスト・所得制限の提言はない)。
医療については、医療費増大、医師増員、後期高齢者医療制度を廃止して老人保健制度に「戻す」ことを提言する。老人医療費は無料に「戻す」べきだと。
介護については、介護療養型医療施設の削減を凍結し、むしろ逆に病床数を増やし、介護保険から訪問看護や老人保健施設などを医療に「戻す」ことを提言する。
このように「戻す」提言が多いのだが、きわめつきは社会福祉である。医療を切り離した介護保険を廃止して高齢者福祉に一本化させようとするが、これも介護保険法以前の高齢者福祉に「戻す」提言だ。その上で障害者福祉を合体させる高齢者・障害者総合福祉法を打ちだすが、合体の正否はさておき、具体的に提言される設備・人員基準に係る常勤換算廃止にしても報酬基準に係る月単位制にしても、「契約」制度の前の「措置」制度をモデルとしてこれに「戻す」ものだ。さらに、高度成長期さながらに、高齢者福祉施設と認可保育所の増設も謳う。
国・地方自治体労働・医療・福祉に携わる公務労働者を増やし、もって雇用創出、成長戦略とする提言もあるから、著者がめざすのは「大きな政府」にあることは明らかだ。
問題は財源である。雇用から福祉まで、これら「抜本的改革」に要する莫大な費用をどう調達するのか。
著者は、法人税を消費税導入前の1988年までの率に「戻し」、所得税を1986年まで15段階、最高税率70%(住民税の最高税率18%)に「戻す」ことを考えているらしい。法人税率改定による大企業からの増収分で4兆4,414億円、所得税率改定による高額所得者からの増収分で1兆2,152億円の財源が確保できる・・・・という試算(2008年度)を紹介している。それでも不足する分を消費税で補うことこととするが、それもぜいたく品に係る物品税(消費税導入時に廃止)や企業の付加価値に課税する付加価値税のような税体系に改変したうえで増税するべきだと釘をさす。
しかし、2009年度に企業が巨額の損失をだし、損失は将来に繰り越せるから、少なくとも当分の間は本書が説くほど法人税税率改定による歳入増が可能か、疑問である。
しかも、国の2010年度予算は歳出92兆円余りに対して、税収はわずか37兆円しかない。国債は44兆円だが、税外収入10兆6,000億円の大部分は「埋蔵金」だから、国債は実質55兆円におよぶ。仮に法人税の増収があっても、ただでさえ自然増の顕著な社会保障費にどこまでまわすことができるか、心許ない。
財源が確保できなければ、著者の提言は絵に描いた餅で終わる。小冊子という制約はあるものの、提言を実現するための財源について、もう少し丁寧に論じてしかるべきだと思う。
【参考】雇用崩壊と社会保障ミニ年表
雇用崩壊・社会保障危機への処方箋 ~雇用崩壊への処方箋~
雇用崩壊・社会保障危機への処方箋 ~安心できる所得保障制度に向けて~
雇用崩壊・社会保障危機への処方箋 ~医療保障制度の再構築~
雇用崩壊・社会保障危機への処方箋 ~社会福祉の再構築~
雇用崩壊・社会保障危機への処方箋 ~財源問題と今後の課題~
□伊藤周平『雇用崩壊と社会保障』(平凡社新書、2010)
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著者の問題意識は、まず第1章に提示される。現在の雇用・社会保障の加速する危機状況である。
そもそも雇用・社会保障はどのようなしくみなのか。この点を第2章で解説し、全体を展望させる。
では、雇用破壊はなぜ生じたのか。その経過を労働者派遣法の制定、改正に焦点をあてて第3章で浮き彫りにする。
他方、社会保障が順次ととのえられていった経過が第4章に記される。
その社会保障が機能的不全にいたったわけを、小泉政権の「改革」に焦点をあて、第5章で明らかにする。
さらに、民主党政権の雇用・社会保障政策を点検し、今後の見とおしを第6章で示す。
終章で、雇用、社会保険(ことに医療と年金)、公的扶助、社会福祉の各分野に係る提言をおこなう。併せて提言する施策を裏づける財源についても著者の案を提示する。
本書でもっとも力がこもるのは、第3章(雇用破壊はなぜ生じたか)である。1980年代後半から労働環境が悪化していく経緯を剔抉して、粛然とさせられる。
高度成長期の日本型雇用システムとそれを前提とした労働制・税制は、直接雇用・長期雇用の原則に立っていた。
しかし、1980年代なかばから産業構造の変化や少子・高齢化の進展による労働市場の変化が顕著になり、戦後労働制の根幹部分の改変と再編がはじまる。その嚆矢となったのが、労働者派遣法の制定であった(1985年)。労働基準法は直接雇用を前提とし、使用者に法的責任を課していた。ところが、労働者派遣法は「間接雇用」を認め、職業安定法が禁止していた労働者供給事業を一部合法化したのである。
派遣事業が許される業務は、専門的業務と特別の雇用管理を必要とする業務に限定された(ポジティブリスト方式)。当初、政令が定めるところにより13業務だったが、1990年代にはなし崩し的に規制が緩和されていく。
労働者派遣法制定と同じ年、男女雇用機会均等法が制定された(1985年)。これに伴い、労働基準法上の女性保護規定が縮小された。そして、男女雇用機会均等法改正(1987年)と同時に、労働基準法の女性労働者の時間外・深夜業の禁止の諸規定が廃止された。男性の長時間労働を減らすのではなく、女性に男性なみの長時間労働を認める方向で「改正」されたのである。また、1987年の労働基準法改正は、変形労働時間制を拡大し、専門業務型裁量労働のみなし労働時間制を導入し、労働時間規制の弾力化がおこなわれた。
1990年代、バブル経済崩壊による不況の長期化を背景に、労働分野での規制緩和が推進された。法人税引き下げをはじめ、企業に対する法的規制が排除されていった。日本型雇用システムは過去のものとなりつつあった。1995年、日経連は「新時代の『日本的経営』」を発表し、長期蓄積能力型(正規労働者に相当する)を減らし、非正規労働者に代替していくことを提唱した。非正規労働者の増加を加速させた制度は、労働者派遣法のさらなる規制緩和であった。
労働者派遣法施行令改正(1996年)により、派遣対象業務が26業務に拡大された。労働者派遣法改正(1999年)により、対象業務が原則自由化され、例外的に禁止される業務のみ列挙するネガティブリスト方式へ転換した(製造業は「当分の間」禁止され、「専ら派遣」は一般労働者派遣事業として認可されない)。これに対応する職業安定法施行規則改正(1996年)により、有料職業紹介事業を営める職業の範囲が、ポジティブリスト方式からネガティブリスト方式に転換し、手数料規則も緩和された。さらに、職業安定法改正(1999年)により、前述の省令改正を法律上追認し、さらに対象範囲を拡大した。
1999年の労働者派遣法改正は、「日本型雇用システムの解体を促し、常勤雇用の正社員を低賃金・不安定雇用の派遣労働者に置き換えていたという意味で、戦後の雇用政策の分水嶺をなしていた」。
2000年代、規制緩和から制度拡充へと進む。労働者派遣法改正(2003年)により、「物の製造」への派遣が解禁された(2004年3月施行)。また、実質的に3年まで派遣が可能になった(2007年3月施行)。かくて、派遣労働は常用労働の代替と化し、企業にとって格好のコスト削減の手段、景気の調整弁として位置づけられる。同年、労働基準法も労働者派遣法改正と符帳を合わせた改正がおこなわれ(2003年)、有期契約社員も派遣労働者と同様、企業にとって使い勝手のよい雇用の調整弁と位置づけられた。
あいつぐ規制緩和の結果、約107万人(1999年)だった派遣労働者は、約399万人(2008年)と4倍近く増加する。
本書第3章は、派遣労働者が社会保険に加入できない実態、企業の違法派遣にもメスを入れるのだが、以下は本書に委ねよう。
序章と第1章および第2章の現状分析、第3章から第5章までの歴史的考察の延長に、第5章の将来の見とおし、終章の「処方箋」が出てくる。
「処方箋」は、雇用については、労働者派遣法の廃止・・・・基本的には労働者派遣法より前に「戻す」のである。そのうえで、労働者派遣法を前提とした昨今の雇用保険法拡充をさらに進める。そして、雇用保険と生活保護のあいだに「第二のセイフティーネット」たる失業扶助制度を提言する。
生活保護制度については運用面のアクセスしやすさ、保護基準の民主的コントロールなどを提言する。
年金については、最低保障年金は全額税方式、これに上乗せする所得比例年金は保険料方式を提言する。つまり、最低保障年金は実質的に公的扶助(生活保護)とするわけだ(ただし、ミーンズテスト・所得制限の提言はない)。
医療については、医療費増大、医師増員、後期高齢者医療制度を廃止して老人保健制度に「戻す」ことを提言する。老人医療費は無料に「戻す」べきだと。
介護については、介護療養型医療施設の削減を凍結し、むしろ逆に病床数を増やし、介護保険から訪問看護や老人保健施設などを医療に「戻す」ことを提言する。
このように「戻す」提言が多いのだが、きわめつきは社会福祉である。医療を切り離した介護保険を廃止して高齢者福祉に一本化させようとするが、これも介護保険法以前の高齢者福祉に「戻す」提言だ。その上で障害者福祉を合体させる高齢者・障害者総合福祉法を打ちだすが、合体の正否はさておき、具体的に提言される設備・人員基準に係る常勤換算廃止にしても報酬基準に係る月単位制にしても、「契約」制度の前の「措置」制度をモデルとしてこれに「戻す」ものだ。さらに、高度成長期さながらに、高齢者福祉施設と認可保育所の増設も謳う。
国・地方自治体労働・医療・福祉に携わる公務労働者を増やし、もって雇用創出、成長戦略とする提言もあるから、著者がめざすのは「大きな政府」にあることは明らかだ。
問題は財源である。雇用から福祉まで、これら「抜本的改革」に要する莫大な費用をどう調達するのか。
著者は、法人税を消費税導入前の1988年までの率に「戻し」、所得税を1986年まで15段階、最高税率70%(住民税の最高税率18%)に「戻す」ことを考えているらしい。法人税率改定による大企業からの増収分で4兆4,414億円、所得税率改定による高額所得者からの増収分で1兆2,152億円の財源が確保できる・・・・という試算(2008年度)を紹介している。それでも不足する分を消費税で補うことこととするが、それもぜいたく品に係る物品税(消費税導入時に廃止)や企業の付加価値に課税する付加価値税のような税体系に改変したうえで増税するべきだと釘をさす。
しかし、2009年度に企業が巨額の損失をだし、損失は将来に繰り越せるから、少なくとも当分の間は本書が説くほど法人税税率改定による歳入増が可能か、疑問である。
しかも、国の2010年度予算は歳出92兆円余りに対して、税収はわずか37兆円しかない。国債は44兆円だが、税外収入10兆6,000億円の大部分は「埋蔵金」だから、国債は実質55兆円におよぶ。仮に法人税の増収があっても、ただでさえ自然増の顕著な社会保障費にどこまでまわすことができるか、心許ない。
財源が確保できなければ、著者の提言は絵に描いた餅で終わる。小冊子という制約はあるものの、提言を実現するための財源について、もう少し丁寧に論じてしかるべきだと思う。
【参考】雇用崩壊と社会保障ミニ年表
雇用崩壊・社会保障危機への処方箋 ~雇用崩壊への処方箋~
雇用崩壊・社会保障危機への処方箋 ~安心できる所得保障制度に向けて~
雇用崩壊・社会保障危機への処方箋 ~医療保障制度の再構築~
雇用崩壊・社会保障危機への処方箋 ~社会福祉の再構築~
雇用崩壊・社会保障危機への処方箋 ~財源問題と今後の課題~
□伊藤周平『雇用崩壊と社会保障』(平凡社新書、2010)
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