(1)原子力損害賠償支援機構法
瀬死の東電が息を吹き返しつつある。8月3日に「原子力損害賠償支援機構法」が成立したからだ。
支援機構から入ってくる資金で、賠償金をチャラにさせる。資金の流れができれば債務超過にはならない。【西澤俊夫・東電社長】
なぜか。損害賠償引当金を特別損失として計上する一方、ほぼ同じ額を機構から交付金として受け取り、特別利益として計上する。これにより、賠償金の特別損失は相殺される。賠償金が巨額になろうと、最終損益には影響しない。純資産も毀損されない。・・・・というわけだ。
他方、賠償金支払い以外の運転資金は別途調達しなければならないが、機構法により政府が金融機関に対して2兆円まで政府保証をつける。金融機関は、政府保証がある以上、東電の求めに応じない理由がない。・・・・というわけだ。
交付金と政府保証の合計4兆円に上る資金を得たことで、東電の経営の見とおしは、俄然、明るくなった。
(2)原子力賠償法の見直し
6月の閣議決定により、1年以内に事故の際の事業者と国の責任をあらためて見直す。
今後のポイントは、東電の賠償責任に上限が設定されるか否かだ。
東電は、今後「特別負担金」を毎年機構に対して返済していく。少なく見積もっても15兆円と言われる。返済期間は長期にわたる。
今回の賠償は現行法の枠内で行う、と西澤社長はいうが、仮に上限が設定され、上限設定が適用されれば、東電は手の舞い足の踏む所を知らないだろう。
(3)経産省の後押し
事故後浮上した「東電解体論」は、トーンダウンしつつある。
首相交代を挟んで、民主党内には東電に対する関心が薄れてきた。【寺澤聡子・みずほ証券シニアクレジットアナリスト】
調査委がどこまで踏み込めるか、微妙になってきた。
一連の動きの背景には、経産省の力添えがある。そもそも機構法の州案となった「賠償スキーム」は、大手銀行の案をたたき台に経産省が作成したものだ。当初は出来が悪いと考えた官邸も、カネを出したくない財務省と東電を守りたい経産省に押されて追認してしまった。一時は経産省内でも発送電分離案が浮上したが、東電を存続させることになった以上分離は無理、と今では推進派さえ考えが後退している。【岸博幸・慶応義塾大学大学院教授】
当の東電も、意欲を見せる。
賠償を行うだけでは何のために会社があるのかわからない。カネのない中で必要な事業投資は続けたい。【西澤社長】
(4)不確定要素
(a)経営・財務調査委員会。リストラの徹底を議論している。他業種に比べて高い給与と企業年金の減額、人員削減など。相手の言い値どおり通常の3倍に近い価格で買っている燃料費も。調査委は9月下旬に報告書を提出して役目を終え、その後新設の機構が監視していくが、機構には調査委のメンバーが参加する、と目される。一度後退した分離論が再燃しかねない。
(b)機構法見直しの可能性。政府は、2年以内に政府、東電、他の電力会社の負担、株主など利害関係者の負担の在り方を検討する。すでに中部電力が一般負担金の支払いに難色を示すなど、機構は出だしから波乱含みなのだ。
(c)こうした“バランス”が崩れれば、金融機関の融資スタンスも変わるリスクがある。そもそも、東電向け債権は増える傾向にあるが、銀行が融資残高を増やしていけるか、不透明だ。
(d)電力供給の要とされる原発は再稼働の見とおしが立たない。早期再開は困難で、このままでは12年4月までにすべての原発が止まる。
(e)火力発電などの稼働を増やすしかないが、原油高が続く中で今期は前期比1兆円近くの燃料費増が見こまれる。
(f)今後、交付金返済のために、特別負担金のみならず原発をもつすべての電力会社が対象となる「一般負担金」を東電も支払うことになる。個別の額は機構が決める。総額は、少なくとも数千億円になる見こみだ。
(g)事故原発の廃炉関連費用も不確かだ。事故はまだ収束していない。汚染水の漏出を防ぐ遮水壁のように、今後も想定外の費用が生じる可能性がある。こうした費用は特別損失として計上され、最終損益の悪化につながる。
(h)賠償は、9月から受付けを始め、10月から本払いを開始する。この間にも新設される機構へ資金援助を要請する、と見られる。原子力損害賠償紛争審査会の指針に基づいて賠償するが、指針を不服とする被害者などが集団で訴訟を検討する動きがある。東電は、関連、偶発、風評などの被害については争うつもりだ。
(5)東電の独り勝ち
事故収束、訴訟費用などの費用が膨らんで最終赤字を出し続けることになれば、ジリジリと財務が毀損され続けかねない。個別企業としての財務の回復がまるで見えない。
営業利益段階で黒字にするには、少なくとも10%の電気料金値上げが必要だ。一説によれば、9月には値上げだ。
東電は、事故後も「燃料費調整制度」による値上げを行ってきた。今回は、原発稼働率低下に伴う火力発電所の稼働増など、電源構成の変化による料金改定をもくろんでいる。仮に値上げするとすれば、31年ぶりの料金改定となる。
10月に提出する特別事業計画書には、向こう10年程度にわたる事業の収益計画が盛りこまれる、と目される。ここで値上げを織りこむか否かが焦点となる。
東電を囲む環境が目まぐるしく変わる中、このままでは東電の独り勝ちとなる。他方、福島の被害者や東電利用者が貧乏くじを引くことになる。【岸教授】
国民の間でせっかく沸き上がったエネルギー政策の見直し議論は、機構法成立により、尻すぼみになってしまった。
利用者を始めとする国民の監視が緩む中、東電は着実に活力を取りもどしつつある。
以上、倉沢美左「息を吹き返す東電」(「週刊東洋経済」2011年9月10日号)に拠る。
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瀬死の東電が息を吹き返しつつある。8月3日に「原子力損害賠償支援機構法」が成立したからだ。
支援機構から入ってくる資金で、賠償金をチャラにさせる。資金の流れができれば債務超過にはならない。【西澤俊夫・東電社長】
なぜか。損害賠償引当金を特別損失として計上する一方、ほぼ同じ額を機構から交付金として受け取り、特別利益として計上する。これにより、賠償金の特別損失は相殺される。賠償金が巨額になろうと、最終損益には影響しない。純資産も毀損されない。・・・・というわけだ。
他方、賠償金支払い以外の運転資金は別途調達しなければならないが、機構法により政府が金融機関に対して2兆円まで政府保証をつける。金融機関は、政府保証がある以上、東電の求めに応じない理由がない。・・・・というわけだ。
交付金と政府保証の合計4兆円に上る資金を得たことで、東電の経営の見とおしは、俄然、明るくなった。
(2)原子力賠償法の見直し
6月の閣議決定により、1年以内に事故の際の事業者と国の責任をあらためて見直す。
今後のポイントは、東電の賠償責任に上限が設定されるか否かだ。
東電は、今後「特別負担金」を毎年機構に対して返済していく。少なく見積もっても15兆円と言われる。返済期間は長期にわたる。
今回の賠償は現行法の枠内で行う、と西澤社長はいうが、仮に上限が設定され、上限設定が適用されれば、東電は手の舞い足の踏む所を知らないだろう。
(3)経産省の後押し
事故後浮上した「東電解体論」は、トーンダウンしつつある。
首相交代を挟んで、民主党内には東電に対する関心が薄れてきた。【寺澤聡子・みずほ証券シニアクレジットアナリスト】
調査委がどこまで踏み込めるか、微妙になってきた。
一連の動きの背景には、経産省の力添えがある。そもそも機構法の州案となった「賠償スキーム」は、大手銀行の案をたたき台に経産省が作成したものだ。当初は出来が悪いと考えた官邸も、カネを出したくない財務省と東電を守りたい経産省に押されて追認してしまった。一時は経産省内でも発送電分離案が浮上したが、東電を存続させることになった以上分離は無理、と今では推進派さえ考えが後退している。【岸博幸・慶応義塾大学大学院教授】
当の東電も、意欲を見せる。
賠償を行うだけでは何のために会社があるのかわからない。カネのない中で必要な事業投資は続けたい。【西澤社長】
(4)不確定要素
(a)経営・財務調査委員会。リストラの徹底を議論している。他業種に比べて高い給与と企業年金の減額、人員削減など。相手の言い値どおり通常の3倍に近い価格で買っている燃料費も。調査委は9月下旬に報告書を提出して役目を終え、その後新設の機構が監視していくが、機構には調査委のメンバーが参加する、と目される。一度後退した分離論が再燃しかねない。
(b)機構法見直しの可能性。政府は、2年以内に政府、東電、他の電力会社の負担、株主など利害関係者の負担の在り方を検討する。すでに中部電力が一般負担金の支払いに難色を示すなど、機構は出だしから波乱含みなのだ。
(c)こうした“バランス”が崩れれば、金融機関の融資スタンスも変わるリスクがある。そもそも、東電向け債権は増える傾向にあるが、銀行が融資残高を増やしていけるか、不透明だ。
(d)電力供給の要とされる原発は再稼働の見とおしが立たない。早期再開は困難で、このままでは12年4月までにすべての原発が止まる。
(e)火力発電などの稼働を増やすしかないが、原油高が続く中で今期は前期比1兆円近くの燃料費増が見こまれる。
(f)今後、交付金返済のために、特別負担金のみならず原発をもつすべての電力会社が対象となる「一般負担金」を東電も支払うことになる。個別の額は機構が決める。総額は、少なくとも数千億円になる見こみだ。
(g)事故原発の廃炉関連費用も不確かだ。事故はまだ収束していない。汚染水の漏出を防ぐ遮水壁のように、今後も想定外の費用が生じる可能性がある。こうした費用は特別損失として計上され、最終損益の悪化につながる。
(h)賠償は、9月から受付けを始め、10月から本払いを開始する。この間にも新設される機構へ資金援助を要請する、と見られる。原子力損害賠償紛争審査会の指針に基づいて賠償するが、指針を不服とする被害者などが集団で訴訟を検討する動きがある。東電は、関連、偶発、風評などの被害については争うつもりだ。
(5)東電の独り勝ち
事故収束、訴訟費用などの費用が膨らんで最終赤字を出し続けることになれば、ジリジリと財務が毀損され続けかねない。個別企業としての財務の回復がまるで見えない。
営業利益段階で黒字にするには、少なくとも10%の電気料金値上げが必要だ。一説によれば、9月には値上げだ。
東電は、事故後も「燃料費調整制度」による値上げを行ってきた。今回は、原発稼働率低下に伴う火力発電所の稼働増など、電源構成の変化による料金改定をもくろんでいる。仮に値上げするとすれば、31年ぶりの料金改定となる。
10月に提出する特別事業計画書には、向こう10年程度にわたる事業の収益計画が盛りこまれる、と目される。ここで値上げを織りこむか否かが焦点となる。
東電を囲む環境が目まぐるしく変わる中、このままでは東電の独り勝ちとなる。他方、福島の被害者や東電利用者が貧乏くじを引くことになる。【岸教授】
国民の間でせっかく沸き上がったエネルギー政策の見直し議論は、機構法成立により、尻すぼみになってしまった。
利用者を始めとする国民の監視が緩む中、東電は着実に活力を取りもどしつつある。
以上、倉沢美左「息を吹き返す東電」(「週刊東洋経済」2011年9月10日号)に拠る。
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