今夏で最も電力需要の多かった8月18日の4,922万キロワットでさえ、供給力に対する比率は87%にすぎなかった【注1】。東電の述べ17基、発電能力計1,730万キロワットのうち、柏崎刈羽原発の5、6号機の2基235万キロワットしか稼働していないにもかかわらず、東電は供給危機に陥らなかった。それどころか、供給力に大幅な余裕をもち、東北電力と関西電力に応援融通するほどだった。
(a)供給側からみた理由
①長期休止や停止していた火力発電所を数ヶ月かけて運転可能な状況にまで整備した【注2】。
②C重油などの燃料も調達して稼働させた。
③企業のもつ自家発電設備などから電力購入を勧め、原子力以外の供給力を拡大した。
④既存の液化天然ガス(LNG)火力や石炭火力発電所の燃料を追加調達し、稼働率を上げても燃料不足に陥らない体制を構築した。
⑤当初、発電能力として発表しなかった揚水発電所も戦列に加わった。
(b)需要側からみた理由
①大口需要家が照明、空調、エレベーターなどの利用抑制を進めた効果が電力会社の予想以上に大きかった。
②製造業では自動車メーカーが工場稼働を週末にシフトし、平日昼間の節電に協力したことも地味だが着実な効果をあげた。
③一般家庭でも、エアコンを扇風機に切り替えた家庭が少なくなかった。
④電気を使わずに涼しく過ごせる様々なアイデア商品が登場し、売れ筋になった。
⑤節電は首都圏を中心に、新しい社会規範、ファッション、生活スタイルとなり、電力業界の予想をはるかに上回る需要抑制効果を生んだ。
電力不足の危機が幻に終わったことで、東電は原発の早期再稼働の根拠のひとつを失った。
それ以上に東電にとって深刻なのは、需要本格減退の兆候が出ていることだ。今回、製造業の経営者はコスト削減効果を目の当たりにした。制限が解除されても従来の消費量までは戻らない。むしろ、電力供給不安や値上げで、コージェネレーション(熱電供給)設備などが急加速し、電力会社離れはさらに進むだろう。
今後、日本から生産拠点が逃げだすだろう。電力需要にはますます余裕が生じ、原発再稼働を求める社会的圧力は低下するだろう。電力会社にとって、原発は巨大な不良資産になりかねない。
【注1】予備能力
電力会社の発電能力は、想定される最大需要に、予備能力(8%前後)を加えて設定されている。最大需要の伸びを見越して、毎年、発電能力を増強してきた。経営的にはきわめて不合理なことだ。1年間を通して、もしかするとわずか数分間しかない最大需要に合わせて設備を作れば、ほとんど稼働しない設備を抱えることになるからだ。一般の産業では、まちがいなく「過剰投資」として切り捨てられる。だが、一般産業では処理能力を超える需要が発生して問題が起きてもある程度やむを得ない、と社会的に受容されている。しかし、大規模停電が発生すれば電力会社は厳しい批判を浴びる。経営トップの引責辞任にすらつながる。
厳しい基準を課せられているからこそ、電力会社は発電設備への投資を続けられる仕組みを国によって担保されてきた(「総括原価方式」)。
【注2】余剰設備
(a)00年以降、大口需要家向けの料金は新規参入者や他電力との競争で決まる市場価格になった。他方、一般向けを中心とする小口の電力は依然として地域独占が認められ、「コスト+利潤」の発想で料金が認可されている。1基4,000億円の原発を電力会社が次々と建設できたのは、コスト回収の仕組みがあったからだ。原発は、電力会社の競争力の中核となった。
大口電力の自由化(00年)は、既存の電力会社の経営環境を変え、設備投資戦略に転換を迫った。00年代には、電力業界全体の設備投資額は90年代初頭の年間5兆円超からほぼ3分の1まで減った。一方、日本経済の長期低迷、産業空洞化などによって電力需要は鈍化した。電力会社の経営は、一般会社と同様に余剰設備を減らし、適性規模の設備能力しか持たない・・・・という方向に、いったんは向かいかけた。
(b)ところが、03年を境とする石油、天然ガスなどの化石燃料の価格高騰が、状況を再び変えた。火力発電で電力業界を脅かしかけていた新規参入者の勢いが突然止まった。石油などを燃料とする自家発電設備をもつ一般製造業も、コスト高になったため、自家発電を止め、電力会社からの電力購入に切り替えるケースが続出した。
電力会社は、再び発電設備への投資の手綱を緩めた。原発の新設、増設にアクセルを踏みこんだ。火力発電では、コストの安い大型石炭火力や高効率の最新鋭LNG火力の新設を進めた。老朽化し、小型で効率の悪い発電設備を大型で高効率の発電設備に置換することで、コスト競争力を高め、一般製造業の自家発電に対して競争優位を確立してしまおうとした。
(c)新規参入者に対して競争優位を得た電力会社にとって、余剰設備の維持はもはやそれほど大きな負担ではなかった。むしろ、「オール電化」など需要開拓を進め、需要が伸びた際に必要になるかもしれない供給力の隠し玉にしようする狙いもあった。
一方、余剰設備を処分し、売却するという選択肢は電力会社にはなかった。新規参入者に買われる恐れがあり、「敵に塩を送る」よりは自社内で飼い殺しのように持ち続けるという発想だった。
(d)それが、今回の震災で図らずも役立った。3・11の時点で、電力会社、殊に東電は「戦略的な発電設備の更新、組み替え」の過渡期にあり、古い設備が残っていた。余剰設備が続々と再稼働することで、止まった原発の穴埋めをし、供給力を確保できたのだ。
だが、多数の余剰設備能力を持っていることは、コスト削減や財務体質改善の観点で、電力ユーザーや経産省に説明できなかったのは間違いない。これが、震災直後の供給能力不足の主張、「計画停電」という名の「無計画停電」を実施した背景だ。
以上、仲川孝治一(ジャーナリスト)「なぜ東京で電力は余ったのか?」(「世界」2011年10月号)に拠る。
↓クリック、プリーズ。↓
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(a)供給側からみた理由
①長期休止や停止していた火力発電所を数ヶ月かけて運転可能な状況にまで整備した【注2】。
②C重油などの燃料も調達して稼働させた。
③企業のもつ自家発電設備などから電力購入を勧め、原子力以外の供給力を拡大した。
④既存の液化天然ガス(LNG)火力や石炭火力発電所の燃料を追加調達し、稼働率を上げても燃料不足に陥らない体制を構築した。
⑤当初、発電能力として発表しなかった揚水発電所も戦列に加わった。
(b)需要側からみた理由
①大口需要家が照明、空調、エレベーターなどの利用抑制を進めた効果が電力会社の予想以上に大きかった。
②製造業では自動車メーカーが工場稼働を週末にシフトし、平日昼間の節電に協力したことも地味だが着実な効果をあげた。
③一般家庭でも、エアコンを扇風機に切り替えた家庭が少なくなかった。
④電気を使わずに涼しく過ごせる様々なアイデア商品が登場し、売れ筋になった。
⑤節電は首都圏を中心に、新しい社会規範、ファッション、生活スタイルとなり、電力業界の予想をはるかに上回る需要抑制効果を生んだ。
電力不足の危機が幻に終わったことで、東電は原発の早期再稼働の根拠のひとつを失った。
それ以上に東電にとって深刻なのは、需要本格減退の兆候が出ていることだ。今回、製造業の経営者はコスト削減効果を目の当たりにした。制限が解除されても従来の消費量までは戻らない。むしろ、電力供給不安や値上げで、コージェネレーション(熱電供給)設備などが急加速し、電力会社離れはさらに進むだろう。
今後、日本から生産拠点が逃げだすだろう。電力需要にはますます余裕が生じ、原発再稼働を求める社会的圧力は低下するだろう。電力会社にとって、原発は巨大な不良資産になりかねない。
【注1】予備能力
電力会社の発電能力は、想定される最大需要に、予備能力(8%前後)を加えて設定されている。最大需要の伸びを見越して、毎年、発電能力を増強してきた。経営的にはきわめて不合理なことだ。1年間を通して、もしかするとわずか数分間しかない最大需要に合わせて設備を作れば、ほとんど稼働しない設備を抱えることになるからだ。一般の産業では、まちがいなく「過剰投資」として切り捨てられる。だが、一般産業では処理能力を超える需要が発生して問題が起きてもある程度やむを得ない、と社会的に受容されている。しかし、大規模停電が発生すれば電力会社は厳しい批判を浴びる。経営トップの引責辞任にすらつながる。
厳しい基準を課せられているからこそ、電力会社は発電設備への投資を続けられる仕組みを国によって担保されてきた(「総括原価方式」)。
【注2】余剰設備
(a)00年以降、大口需要家向けの料金は新規参入者や他電力との競争で決まる市場価格になった。他方、一般向けを中心とする小口の電力は依然として地域独占が認められ、「コスト+利潤」の発想で料金が認可されている。1基4,000億円の原発を電力会社が次々と建設できたのは、コスト回収の仕組みがあったからだ。原発は、電力会社の競争力の中核となった。
大口電力の自由化(00年)は、既存の電力会社の経営環境を変え、設備投資戦略に転換を迫った。00年代には、電力業界全体の設備投資額は90年代初頭の年間5兆円超からほぼ3分の1まで減った。一方、日本経済の長期低迷、産業空洞化などによって電力需要は鈍化した。電力会社の経営は、一般会社と同様に余剰設備を減らし、適性規模の設備能力しか持たない・・・・という方向に、いったんは向かいかけた。
(b)ところが、03年を境とする石油、天然ガスなどの化石燃料の価格高騰が、状況を再び変えた。火力発電で電力業界を脅かしかけていた新規参入者の勢いが突然止まった。石油などを燃料とする自家発電設備をもつ一般製造業も、コスト高になったため、自家発電を止め、電力会社からの電力購入に切り替えるケースが続出した。
電力会社は、再び発電設備への投資の手綱を緩めた。原発の新設、増設にアクセルを踏みこんだ。火力発電では、コストの安い大型石炭火力や高効率の最新鋭LNG火力の新設を進めた。老朽化し、小型で効率の悪い発電設備を大型で高効率の発電設備に置換することで、コスト競争力を高め、一般製造業の自家発電に対して競争優位を確立してしまおうとした。
(c)新規参入者に対して競争優位を得た電力会社にとって、余剰設備の維持はもはやそれほど大きな負担ではなかった。むしろ、「オール電化」など需要開拓を進め、需要が伸びた際に必要になるかもしれない供給力の隠し玉にしようする狙いもあった。
一方、余剰設備を処分し、売却するという選択肢は電力会社にはなかった。新規参入者に買われる恐れがあり、「敵に塩を送る」よりは自社内で飼い殺しのように持ち続けるという発想だった。
(d)それが、今回の震災で図らずも役立った。3・11の時点で、電力会社、殊に東電は「戦略的な発電設備の更新、組み替え」の過渡期にあり、古い設備が残っていた。余剰設備が続々と再稼働することで、止まった原発の穴埋めをし、供給力を確保できたのだ。
だが、多数の余剰設備能力を持っていることは、コスト削減や財務体質改善の観点で、電力ユーザーや経産省に説明できなかったのは間違いない。これが、震災直後の供給能力不足の主張、「計画停電」という名の「無計画停電」を実施した背景だ。
以上、仲川孝治一(ジャーナリスト)「なぜ東京で電力は余ったのか?」(「世界」2011年10月号)に拠る。
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