語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【本】アマチュア書評の妙味 ~ネット書評の意義~

2013年01月05日 | ノンフィクション
 書評の対象となる本に関して、あるいは本の背景に関して蘊蓄があると、あるいはちゃんと調べていると、「書評」は生彩が増すし、読んで面白い。
 例えば、ペトリ・サルヤネン『白い死神』。評者は、土屋敦だ。

 土屋は、まず「書評」の前半で、本の内容を紹介する。それによれば、本書は、フィンランド軍の狙撃手、シモ・ヘイヘに対するインタビューの記録だ。ヘイヘが活躍した舞台はソ連との「冬戦争」だった。零下30~40℃の厳寒と寒風のなか、スコープを使わないで400m先のターゲットにあてた。狙撃の成果は、記録されたもので542人。インターネット上、歴代スパイナーの最高位に位置づけられる、うんぬん。一部ネット上では有名、とも土屋はコメントする。
 土屋は、「書評」に「「ムーミン谷のゴルゴ13」の実像」と副題をつける。言い得て妙だ。

 ここまでは、本の内容の、つまりインタビュイーの簡潔かつ上手な紹介だし、それにとどまるが、この「書評」ですごいところは、本書の背景の解説に後半のほとんどを充てている点だ。つまり「冬戦争」と現代フィンランド史について、彼我の兵力差、フィンランド軍の必死の防戦、「雪中の奇跡」、数々の英雄たち、さらにフィンランドをとりまく当時の国際情勢まで、鮮やかに整理してのける。
 もしかすると、現代フィンランド史を語りたかったから『白い死神』をとりあげたのではないか、と思わせるくらいの力の入れようだ。

 その甲斐はあったと思う。読者は、このいささかバランスを欠いた「書評」のおかげで、ペトリ・サルヤネンにも、フィンランドにも関心を掻き立てられる。
 桑原武夫は『文学入門』で、小説を読むのはインタレストからだ、と言ったが、これはノンフィクションだって事情は同じだ。
 「「ムーミン谷のゴルゴ13」の実像」の筆の置き方もよい。学力世界第1位、繁栄している国第1位、低失業率、高福祉国・・・・と今のフィンランドが与える印象を指摘し、<それはいわば、生まれたての赤ん坊が、生死にかかわるような危機と試練に晒され続け、そのなかで常に命を賭したギリギリの選択を続けて勝ち取ったものである。>と締めくくる。この「印象」は欧州経済危機で少し事情が変わったが、むろん、ここでは些事というしかない。

 こうした思い入れが伝わってくる「書評」が、『ノンフィクションはこれを読め!』にはほかにもある。この本は面白いぞ、ここが面白いぞ、という「書評」もあるが、概して、思い入れが抑制された筆致で記されたもののほうがインパクトが強いと思う。
 要するに、『ノンフィクションはこれを読め!』の「書評」は玉石混淆なのだが、もともとネットで公表された「書評」を抜粋したものだから、厳格な注文はつけないでおこう。要は、一読してよかった、という本が紹介されていればよい。なかに、感服させられる「書評」があったら儲けものなのだ。編著者も書肆もそういう考え方からか、値段も手ごろな1,300円だ。読み捨てても苦にならない価格だ。 
 そういえば、『ノンフィクションはこれを読め!』には本の価格が明記されていない。刊行年も漏れている。これはアップ・ツー・デイトな読書案内としては不親切だ。
 
□成毛眞・編著『ノンフィクションはこれを読め! ~HONZが選んだ150冊~』(中央公論新社、2012.10)

 【参考】
【本】まず事実、何よりも事実 ~ノンフィクションの魅力(1)~
【本】HONZが選んだ150冊 ~ノンフィクションの魅力(2)~
【本】HONZのシロウト書評の限界 ~原発事故~
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