1 玉子料理 ~ウォーミングアップ~
5種類の玉子料理料理がある。
(1)フライド・エッグ(目玉焼き)
(2)スクランブルド・エッグ(炒り玉子)
(3)ポーチド・エッグ(落とし玉子)
(4)ボイルド・エッグ(茹で玉子)
(5)オムレツ(卵焼き)
(3)と(4)の違いは、料理以前に殻を剥くか剥かないかであって、両者とも料理は湯(水+火)を使う。よって同じ料理に分類できる。
ただし、(3)は普通の湯に玉子を割り落としただけでは黄身も白身もグズグズ拡散してしまう。少々の酢を入れておく必要がある。
だから、料理にはやはりア・プリオリな知識が必要なのだが、酢の入っていない湯に落としたところで、食べられないわけではない。湯ごと掬って食べればよい。掻き玉子とか、玉子とじになる。姿は異なるが、掻き玉子、玉子とじ、かきたま(掻き玉)は同じ本質を持った料理だ。
黄身も白身もグズグズ拡散した料理は、(3)としては失敗だが、汁(スープ)としては新たな料理を開発できる。
(1)は「玉子の姿炒め」だ。同時に、(2)は「玉子の崩し炒め」、(5)は「玉子の炒め固め」だ。いずれも玉子の油炒めだ。「殻なし玉子の油炒め」が異なる衣装をまとって立ち現れたものだ。日本の「だし巻き」も、(2)の固まったものにすぎない。
2 料理の四面体【注】
(1)料理の四要素
A 水
B 空気
C 油
D 火
(2)稜線と面
1のA、B、Cの3点を結ぶ三角形をつくり(二次元)、この三角形の上部にDを置いて三角錐を設定する(三次元)。すると、次のような稜線と面が出現する。
(a)稜線
① A(水)~B(空気)
② A(水)~C(油)
③ B(空気)~C(油)
④ A(水)~D(火)
⑤ B(空気)~D(火)
⑥ C(油)~D(火)
(b)面
Ⅰ A(水)~B(空気)~C(油)
Ⅱ A(水)~B(空気)~D(火)
Ⅲ A(水)~C(油)~D(火)
Ⅳ B(空気)~C(油)~D(火)
【注】「加藤周一の、大きさの話または『野生の思考』の事 ~絵画・写真と構造~」
3 実例(1)
④ A~煮物(スープ)~煮物(シチュー)~D
⑤ B~干物~くんせい~ロースト~グリル~D
⑥ C~揚げ物~炒め物~煎り物~D
<実例(1)>
4 実例(2) ~豆腐料理~
(1)一丁の豆腐を用意する。生の豆腐は、最初は水漬け状態だから、A点に位置する。
(2)冷や奴(料理以前のサラダ状態)は、水~空気の稜線(①)上に位置する。水に張ったままならA点と重なるし、完全に水を切って出せばB点に重なる。
(3)(2)に時間という要素を加え、そのまま皿に置いて腐らせる(発酵させる)と、植物性のチーズのようなものができあがる。中華料理の「腐乳」がこれに近い。そのまま酒のツマミにすると絶妙だし、潰して各種のタレに加えるとコクと深みを増し、風味をひきたてる。時間の要素のほかに、バクテリアの働きによっていささかの熱がプロセスに加わるのかもしれないが、火熱を加えたわけではないから、B点から心持ちDの方向へ引き上げ、焼き物ライン(⑤)のいちばん下のところに位置づければよい。
(4)豆腐を油に浸せば、「豆腐の油漬け」だ。C点と重なる。しかし、このまままでは食べにくいから、油の量を減らし、その代わりに醤油をかけて食べる。この作業は、C点からAの方向へ移動させる作業だ。A点にかなり近づければ、冷や奴に醤油とラー油をかけて食べる一品ということになる。さらしネギと煎りゴマを添えるとよい。
(5)A点における豆腐を再検討すると、生のまま醤油につけた「醤油漬け」、味噌に漬けた「味噌漬け」、体内の水分を凍結させてつくる「凍み豆腐」(<例>高野豆腐)なども表す。ただし、凍み豆腐は寒風にさらしてつくるから、空気も関係する。よって、凍み豆腐はBへ位置を少しずらす。
(6)(1)~(5)は生ものの世界だったが、以下は火の支配する料理本体の世界になる。AからBへ上がっていくと、途中で「湯豆腐」ができあがる。ただの水ではなく、出しと酒で煮れば、「豆腐のすっぽん煮」となる。醤油と出し、味醂などで味をつけた汁で煮れば「煮奴」となる。味噌汁の中でさっと煮れば、「豆腐の味噌汁」となる。
(7)水で煮るのではなく、水蒸気で蒸せば、豆腐は煮物ラインから少しはずれて「蒸し豆腐」となる。他の肉や魚といっしょに蒸し合わせれば、豪勢な料理になる。和風にするか、中華風にするかは調味料の使い方しだいだ。むろん、豆腐をすり潰してから魚のすり身や野菜を加えて蒸せば、また異なった料理のレパートリーとなる。
(8)揚げ物ライン(⑥)の上に豆腐を置けば、「油揚げ」、「揚げ出し豆腐」、「炒り豆腐」などができる。潰して揚げれば「がんもどき」(飛竜頭)、潰さないか、大きく切るか、小さく切るか、そのままでいくか、粉をつけるか、衣をつけるか、パン粉をつけるか、等あとの工夫はアイデア次第だ。豆腐の天ぷら、豆腐のカツ・・・・豆腐ハンバーグは近年店頭でよく見かける。
(9)焼き物ライン(⑤)の上に持ってくれば、「焼き豆腐」、「田楽」といった類の料理ができる。もっと火から話して、「豆腐のくんせい」を作ってもよい。
(10)四面体は、1回使うだけではたいした数の料理は発見できないけれど、2回か3回繰り返して使うと、さまざまな料理の姿が見えてくる。例えば、豆腐をG点に持っていき、「揚げ出し豆腐」「油揚げ」(G豆腐)を作った場合、こんどはそのG豆腐を底面に持っていくのだ。つまり、底面の三角形(生ものの世界)の板を取り払い、そこへG豆腐の板をはめこむ(G豆腐の状態を生ものと見る)のだ。すると、G豆腐があちこちに移動するたびに、
「GE豆腐(いったん揚げた豆腐を出し汁、スープ、醤油等の“水”で煮たもの)
「GI豆腐(油揚げの網焼き)」
「GF豆腐(揚げ出し豆腐を蒸したもの)」
など、次々にあらたな料理が立ち現れる。この“底面変換”をさらに繰り返して、
「GHE豆腐(油揚げの炒め煮)」
「GJF豆腐(厚揚げの田楽蒸し)」
「GEHI豆腐」
などをつくることもできる。
実は、最初に豆腐を冷や奴にしようか、などと考えたとき、すでに“底面変換”をやっていたのだ。豆腐屋から買ってきた豆腐を“生もの”として扱っていたのだから。豆腐は、すでに調理済みの食品なのだ。A大豆が煮ものライン(④)をのぼってE大豆になり、再び煮ものライン(④)をくだって(冷めて)A点に戻る、といった動きがあったのだ。スタートラインの大豆は、一度旅に出てから故郷に戻ると、人あたりの柔らかい豆腐になっていたのだ。
<実例(2)>
□玉村豊男『料理の四面体』(中公文庫、2010)
【参考】
「【読書余滴】玉村豊男の、ワインと女は古いほどよい ~熟成と生涯学習~」
「【読書余滴】玉村豊男の、批評する要件または批評の仕方 ~日本版ミシュランを採点する~」
「【読書余滴】玉村豊男の、フランスのレストラン・ガイド、料理批評 ~『ミシュラン東京版』の狙い~」
「【読書余滴】玉村豊男の、東京の隠れ家 ~都市の中の自由とその代償~」
「【読書余滴】理論と実践又はアルジェリア式羊肉シチューの事 ~料理の四面体~」
「【読書余滴】玉村豊男の、沖縄の人がコンブをたくさん食べる理由 ~聴衆からの質疑に答える極意~」
「【読書余滴】玉村豊男の、赤ん坊はキャベツから生まれる」
「書評:『パリ 旅の雑学ノート』」
「書評:『エッセイスト』」
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