サモア島で晩年を送ったロバート・ルイス・スティーヴンソンに『南海千一夜物語』なる奇譚があり、岩波文庫に入っていたが、もはや絶版になっているらしい。新訳が同じく岩波文庫から一昨年に出た(『マーカイム・壜の小鬼』)。『南海千一夜物語』と重なるのは2編だけだが、その「壜の小鬼」「声たちの島」だけで、スティーヴンソン的南洋の魅力をじゅうぶんに伝える。
R・S・スティーブンソンを愛した中島敦は、彼を主人公とした長編小説『光と風と夢』を書き、これが出世作となった。中島は、その早すぎる死の1年前、当時日本の統治下にあったパラオに南洋庁の官吏として赴任し、国語教科書の編纂にたずさわった。
中島は、『光と風と夢』を書いたことでも知られるように、南海の島に熱い想いを抱いていた。その想いは、『南島譚』」という総題のもと、3つの民話ふうのコントに結集する。
そのうち、「幸福」【注】は、いまは海底に沈んでしまったオルワンガルという島の昔話という体裁をとる。
村一番の貧乏人がいて、食うものといえば、犬猫にあてがわれるようなクカオ芋の尻尾とか魚のあらがせいぜいなのだ。他方、彼が仕える島一番の金持ちルバックの家には、極上鼈甲製の皿が天井まで高く積み上げられ、ルバック自身、毎日のようにウミガメの脂や石焼きの仔豚や「人魚の胎児」やコウモリの仔の蒸し焼きなどの珍味を飽食し、腹は脂ぎって孕み豚のようにふくらんでいる結構な身分なのだ。
この貧乏人、あるとき、我が身の苦しみが少しでも楽になるよう、椰子蟹カタツツと蚯蚓ウラヅの祠にタロ芋を供えて祈った。すると、その晩から、彼は夢のなかで金持ちに変身し、口腹のよろこびを満喫するようになる。<豚の丸焼や真赤に茹だつたマングローブ蟹や正覚坊(アオウミガメ)の卵が山と積まれ>た食卓を前にして。さるほどに、不思議なことに、夢の美食のせいか、昼間の食うや食わずやの激しい労働にもかかわらず、身体は肥え、顔色もつやつやしてきた。
他方、同じころから、金持ちの方は夢で貧乏人に成り下がり、食うや食わずやの立場になって、昼間だんだんとやせ衰えていったのだ。
【注】「書評:『幸福』 ~金持になる幸福、金持がなる不幸~」
□篠田一士「夢の食事 --中島敦『南島譚』」(『世界文学「食」紀行』、講談社学芸文庫、2009)
【参考】
「【食】スペインのご馳走 ~ドン・キホーテ~」
「書評:『世界文学「食」紀行』 ~日本文学史上最高の巨漢による文学の食べ方~」
「書評:『弟子』 ~信念に殉ず~」
「書評:『幸福』 ~金持になる幸福、金持がなる不幸~」
「書評:『名人傳』 ~もうひとつの解釈~」
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R・S・スティーブンソンを愛した中島敦は、彼を主人公とした長編小説『光と風と夢』を書き、これが出世作となった。中島は、その早すぎる死の1年前、当時日本の統治下にあったパラオに南洋庁の官吏として赴任し、国語教科書の編纂にたずさわった。
中島は、『光と風と夢』を書いたことでも知られるように、南海の島に熱い想いを抱いていた。その想いは、『南島譚』」という総題のもと、3つの民話ふうのコントに結集する。
そのうち、「幸福」【注】は、いまは海底に沈んでしまったオルワンガルという島の昔話という体裁をとる。
村一番の貧乏人がいて、食うものといえば、犬猫にあてがわれるようなクカオ芋の尻尾とか魚のあらがせいぜいなのだ。他方、彼が仕える島一番の金持ちルバックの家には、極上鼈甲製の皿が天井まで高く積み上げられ、ルバック自身、毎日のようにウミガメの脂や石焼きの仔豚や「人魚の胎児」やコウモリの仔の蒸し焼きなどの珍味を飽食し、腹は脂ぎって孕み豚のようにふくらんでいる結構な身分なのだ。
この貧乏人、あるとき、我が身の苦しみが少しでも楽になるよう、椰子蟹カタツツと蚯蚓ウラヅの祠にタロ芋を供えて祈った。すると、その晩から、彼は夢のなかで金持ちに変身し、口腹のよろこびを満喫するようになる。<豚の丸焼や真赤に茹だつたマングローブ蟹や正覚坊(アオウミガメ)の卵が山と積まれ>た食卓を前にして。さるほどに、不思議なことに、夢の美食のせいか、昼間の食うや食わずやの激しい労働にもかかわらず、身体は肥え、顔色もつやつやしてきた。
他方、同じころから、金持ちの方は夢で貧乏人に成り下がり、食うや食わずやの立場になって、昼間だんだんとやせ衰えていったのだ。
【注】「書評:『幸福』 ~金持になる幸福、金持がなる不幸~」
□篠田一士「夢の食事 --中島敦『南島譚』」(『世界文学「食」紀行』、講談社学芸文庫、2009)
【参考】
「【食】スペインのご馳走 ~ドン・キホーテ~」
「書評:『世界文学「食」紀行』 ~日本文学史上最高の巨漢による文学の食べ方~」
「書評:『弟子』 ~信念に殉ず~」
「書評:『幸福』 ~金持になる幸福、金持がなる不幸~」
「書評:『名人傳』 ~もうひとつの解釈~」
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