著者の「ヤマト福祉財団小倉昌男賞 特別賞」受賞を祝して。
*
鬼城こと荘太郎は、慶応元年に鳥取藩江戸屋敷で生まれた。群馬県高崎市で育ち、母方の姓を継いだ。青年期に内耳を病み、壮年期に聴力をほぼ失った。職業的には、しがない代書屋(今日の行政書士)として生涯を終えた。「しがない」とは、本人の志から遠い仕事だった、というほどの意味である。貧乏子沢山の一生だったが、『ホトトギス』系の俳人として名をなした。
俳風は、写実のうちに、弱いもの、小さなものへの共感がにじむ、と著者はいう。
冬蜂の死にどころなく歩きけり
春寒やぶつかり歩く盲犬
闘鶏の眼つむれて飼はれけり
著者は書いていないが、この俳人、心象をスケッチするに季語をうまく活かしている、と思う。
補聴器をたよりに老いぬ暮の春
世を恋うて人を恐るる余寒かな
治聾酒や静かに飲んでうまかつし
鬼城俳句には耳疾を詠んだ句が少なくない。時として感傷過多に陥るが、没年(享年74)が昭和13年という時代を思えば、それもやむをえないとするべきか。現代でもたいしてよくなっていないが、当時は聞こえない人にはまことに住みにくい時代であったにちがいない。
「治聾酒や静かに飲んでうまかつし」の句は、鬼城の名を天下に周知させた、と著者はいう。
治聾酒は春の季語。立春から数えて5番目の戌の日、ほぼ春分前後の頃。その日は、大地に五穀豊饒をを祈って、種を蒔く日とされる。その社日に飲む酒は聾を癒す、とされる。すなわち治聾酒であり。酒の種類は選ばない。その日に飲む、という事業が、かかる奇跡をもたらすのである。
もとより伝説であり、伝説にのっとった座興にすぎない。しかし、酔夢の裡に奇跡は生じるであろう。奇跡は酔いの覚醒とともに去るであろう。その間は短い。かくて、
治聾酒の酔ふほどもなくさめにけり
著者・花田春兆は、俳人、「萬緑」同人、脳性麻痺、言語障害があり、日本障害者協議会副代表をつとめた【注】。「ヤマト福祉財団小倉昌男賞 特別賞」受賞(2015年)。代表句「天職欲し一心にすゝむ目高の列」。
【注】記事「花田春兆さん、44年ぶり句集『喜憂刻々』」(朝日新聞デジタル 2007年09月12日)
□花田春兆『心耳の譜 -村上鬼城の作品と生涯-』(株式会社こずえ、1978)
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【詩歌】花田春兆の句。
句集『天日無冠』(刀江書院、1963)から、花田春兆の代表句とされる作品。
天職欲し一心にすゝむ目高の列
句集『喜憂刻々』(文學の森、2007)は、佐高信・評論家が帯に文を寄せた。「障害を逆に弾機(バネ)として高く飛翔する春兆の句は読者に烈々たる生命の火を吹き込む」
父とならむ喜憂刻々除夜の星
胸内の邪鬼を鍛へよ春一番
葉桜や師を継ぐ一人天の邪鬼
はやされて「歯無し春兆」初笑ひ
不具・びつこ辞書から消され蝌蚪(かと)に肢
名残の炉さもあれ“いざって”は禁句
「春兆のページ」から、近作。
仏にも鬼にもなれず汗の顔
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鬼城こと荘太郎は、慶応元年に鳥取藩江戸屋敷で生まれた。群馬県高崎市で育ち、母方の姓を継いだ。青年期に内耳を病み、壮年期に聴力をほぼ失った。職業的には、しがない代書屋(今日の行政書士)として生涯を終えた。「しがない」とは、本人の志から遠い仕事だった、というほどの意味である。貧乏子沢山の一生だったが、『ホトトギス』系の俳人として名をなした。
俳風は、写実のうちに、弱いもの、小さなものへの共感がにじむ、と著者はいう。
冬蜂の死にどころなく歩きけり
春寒やぶつかり歩く盲犬
闘鶏の眼つむれて飼はれけり
著者は書いていないが、この俳人、心象をスケッチするに季語をうまく活かしている、と思う。
補聴器をたよりに老いぬ暮の春
世を恋うて人を恐るる余寒かな
治聾酒や静かに飲んでうまかつし
鬼城俳句には耳疾を詠んだ句が少なくない。時として感傷過多に陥るが、没年(享年74)が昭和13年という時代を思えば、それもやむをえないとするべきか。現代でもたいしてよくなっていないが、当時は聞こえない人にはまことに住みにくい時代であったにちがいない。
「治聾酒や静かに飲んでうまかつし」の句は、鬼城の名を天下に周知させた、と著者はいう。
治聾酒は春の季語。立春から数えて5番目の戌の日、ほぼ春分前後の頃。その日は、大地に五穀豊饒をを祈って、種を蒔く日とされる。その社日に飲む酒は聾を癒す、とされる。すなわち治聾酒であり。酒の種類は選ばない。その日に飲む、という事業が、かかる奇跡をもたらすのである。
もとより伝説であり、伝説にのっとった座興にすぎない。しかし、酔夢の裡に奇跡は生じるであろう。奇跡は酔いの覚醒とともに去るであろう。その間は短い。かくて、
治聾酒の酔ふほどもなくさめにけり
著者・花田春兆は、俳人、「萬緑」同人、脳性麻痺、言語障害があり、日本障害者協議会副代表をつとめた【注】。「ヤマト福祉財団小倉昌男賞 特別賞」受賞(2015年)。代表句「天職欲し一心にすゝむ目高の列」。
【注】記事「花田春兆さん、44年ぶり句集『喜憂刻々』」(朝日新聞デジタル 2007年09月12日)
□花田春兆『心耳の譜 -村上鬼城の作品と生涯-』(株式会社こずえ、1978)
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【詩歌】花田春兆の句。
句集『天日無冠』(刀江書院、1963)から、花田春兆の代表句とされる作品。
天職欲し一心にすゝむ目高の列
句集『喜憂刻々』(文學の森、2007)は、佐高信・評論家が帯に文を寄せた。「障害を逆に弾機(バネ)として高く飛翔する春兆の句は読者に烈々たる生命の火を吹き込む」
父とならむ喜憂刻々除夜の星
胸内の邪鬼を鍛へよ春一番
葉桜や師を継ぐ一人天の邪鬼
はやされて「歯無し春兆」初笑ひ
不具・びつこ辞書から消され蝌蚪(かと)に肢
名残の炉さもあれ“いざって”は禁句
「春兆のページ」から、近作。
仏にも鬼にもなれず汗の顔
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