(1)2015年10月13日、翁長雄志・沖縄県知事は、仲井眞弘多・前知事が行った米軍普天間基地の移転先である名護市辺野古沿岸の埋立て承認を取消した。
これに伴う問題を、ここでは、もっぱら民主主義や国家権力のあり方という観点から取り上げる。
(2)国(防衛省)は、知事承認取消し処分を無効にするため、行政不服審査法に基づき国土交通大臣に審査請求をした。
これは理解できない行為だし、的外れでもある。
そもそも、行政不服審査法とは、「国民に対して広く行政庁に対する不服申立てのみちを開くことによって、簡易迅速な手続きによる国民の権利利益の救済を図るとともに、行政の適正な運営を確保することを目的とする」(同法第1条1項)のだから、国や自治体が行使する公権力から国民を守るためにあるのであって、国の機関を守るためにあるのではない。
にもかかわらず、このたびは国(防衛省)がたまたま県から承認をもらう立場であることを理由にして、あたかも自らが私人であるかのように振る舞い、国民に与えられている権利を臆面もなく行使しているのだ。
国の関係者には、行政不服審査法の趣旨、つまり圧倒的に力が強く、優越した立場にある国に対し、弱い立場にある国民の権利を擁護するために設けられているのだということがまるで理解できていない。
(3)法的リテラシーが低い組織であれば、例えば自衛隊の海外での活動に法が歯止めをかけたとしても、その意味や限界をちゃんと理解することができないし、守れない。
安倍首相は、我が国は法の支配を尊重する民主主義国家としばしば吹聴しているが、既に権力の内側からそんな原理は空洞化しているのではないか。
これでは民主主義国家の看板が泣く。
(4)いや、彼らは行政不服審査法の趣旨を理解した上でこんな振る舞いをしているのかもしれない。
強引に法律の拡張解釈をすれば、自分たちだって国民に含まれる。ならば、行政不服審査法を活用して何が悪い。憲法9条の解釈を無理やり変更して制定した安全保障法制に比べればたいしたことはない。法律上の疑義が生じても、今のあの内閣法制局なら間違いなく助け舟を出してくれる。ずるいと言われようとどうしようと、利用できるものなら何でも利用させてもらう。
こんな厚顔無恥やモラルハザードが蔓延しているのだとしたら、ここでもやはり民主主義国家は根腐れしている。
(5)このまま行政不服審査法の手続きが進行すると、知事の埋立て承認取消し処分の当否を国交大臣が審査することになる。国交大臣が登場するのは、そもそも埋立ての免許や承認の事務は国(国土交通省)の事務とされ、それを県に委任しているという建前をとっているからだ。
この種の事務を法定受託事務という。法定受託事務に関して県知事の措置に文句のある国民は、その事務の主管大臣(埋立て承認を取消しについては国交大臣)にその旨を申し出よという次第だ。
(6)この点でも、行政不服審査法を利用できるのは国民であり、国は対象から除外されていると考えるのが当然だということが明らかになる。
仮に国が審査請求をしたとすると、その案件も国が審査することになるのだが、それでは公正で客観的な審査は到底できない。とりわけ今の安倍政権のように、政府内でも与党内でも異論が出ないように周到に抑え込むのを得意とする政権の場合には、殊にそのことが言える。
一般に、審査したり、裁いたりする立場にある者が、その案件と深い関わりがある場合には、あえてその立場につかせない仕組みを採っている。公正さを担保するためだ。
公正さを担保するために、こうした制度を行政不服審査の過程でも取り入れるとすると、今回のような場合には国は審査する立場を離れなければならなくなり、必然的に審査する者がいなくなる。
そうであれば、はじめに戻って、やはり国が審査請求を出すことには法律の文言上だけでなく現実の運用面でも無理があることに気づくはずだ。
国はそれでも怯むことなく強引に審査請求の処理を行うのだろう。結論は最初から決まっている。現・沖縄県知事の「承認取消し処分」を取消し、前知事による埋立て承認の効力を継続させる決定を下すことになるだろう。その結論の当否はともかくとして、身内で審査し、身びいきをしたに違いないとの疑惑は当分ついて回る。そんなやり方が通用しないことぐらい、子どもでもわかることだ。
(7)では、国(防衛省)が知事に対抗するにはどんな手段があるのか。
それは、悪知恵を働かせて私人を装ったりするのではなく、法で認められた国家権力を行使すればよい。その術はある。地方自治法の規定に基づき、国は県に対して是正の指示をすることができる。
具体的には、国からの法定受託事務について、県による処理が法令に違反していると認めるとき、あるいは著しく適性を欠いていて明らかに公益を害していると認められるときには、国はその違反を是正ないし改善させるために必要な措置を講ずるよう、県に指示することが認められている。実際にこのたびの知事の取消し処分が法令に違反しているとか、著しく適性を欠いているかどうかは定かではない。ただ、法律上は国がそう判断すれば、取りあえずは是正の指示を出すことができる。
(8)その後はどうなるか。今度は県の側で、国からの指示に不服があれば(このたびの場合は不服はあるだろう)、国地方係争処理委員会に審査の申し出をすることができる。
国地方係争処理委員会は、地方自治法上設けられている仕組みであり、国と自治体とが対等であるとの原理のもとに、国が自治体に対して行った関与(各種の許認可のほか(7)の是正の指示などを含む)に対する不服や疑義について、自治体からの申し出を受けて審査する機関だ。委員には、地方自治や行政法に精通する専門家などが国会の同意を得て任命され、それなりに公正で信頼のおけそうな印象はある。
(9)国地方係争処理委員会の結論がどうなるか予断を許さないが、国の側も県の側もその結論に不服があれば、こんどはいよいよ訴訟に持ち込み、法廷で争うことになる。
国地方係争処理委員会の審査を経る道行きを、国はまどろっこしい、あるいはそれこそ昨今お得意の「面倒くさい」と考えているのか。それとも、ひょっとして、そこで自分たちに不都合な結論が出ることを恐れているのか。
国がなりふり構わず、行政不服審査法を窃用し、そそくさと都合のいい結論を出そうとする態度は、いかにも姑息で卑怯に映る。前知事からもらった埋め立て承認に瑕疵がなく、絶対の自信があるなら、もっと正々堂々と法が認めた手続きを踏めばいい。
□片山善博(慶應義塾大学教授)「辺野古審査請求から見えてくる国のモラルハザード ~日本を診る第73回~」(「世界」2015年10月号)
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