13CATSの4枚目、ラストアルバム「ANOTHER SHINING DAY」です。
1991年の「MARCH OF THE 13CATS」のリリース以降アルバム発表は休止状態でしたが、その間、KARL PERAZZOのSANTANAへの参加、SING LIKE TALKINGとのコラボレイト、AL MCKAY L.A.ALL STARS、NED DOHENYの日本ツアーへの参加、更には沼澤尚の人気沸騰と、13CATSとしての評価、人気はむしろ活発化していった時期ではあります。その人気の高まりを受けて満を持してリリースされたのがこの「ANOTHER SHINING DAY」、1996年のリリースです。
このアルバムはやはりMELDACからではなく、角松敏生のレーベルIDEAK(当時はBMGビクターでしたが、その後AVEX IDEAKとなったようですが)からのリリースになりました。CD帯には「TOSHIKI KADOMATSU PRESENTS」と唄ってましたが当時は何のこっちゃわからんかったんですけど。
そもそも長万部太郎こと角松敏生が結局覆面にならなかったバンドAGHARTAの結成に浅野祥之の仲介により沼澤尚を巻き込んだことから角松とTAKAの関係が始まります。13CATSとしては細々と?レコーディングは続けていたもののリリースする機会がなかったことから、浅野が眠りこける横でTAKAと角松が朝方まで語り合い、めでたくAGHARTAのアルバムをリリースしたIDEAKからの発売が決定するに至ったようです。
1991年の「MARCH OF THE 13CATS」のリリース以降アルバム発表は休止状態でしたが、その間、KARL PERAZZOのSANTANAへの参加、SING LIKE TALKINGとのコラボレイト、AL MCKAY L.A.ALL STARS、NED DOHENYの日本ツアーへの参加、更には沼澤尚の人気沸騰と、13CATSとしての評価、人気はむしろ活発化していった時期ではあります。その人気の高まりを受けて満を持してリリースされたのがこの「ANOTHER SHINING DAY」、1996年のリリースです。
このアルバムはやはりMELDACからではなく、角松敏生のレーベルIDEAK(当時はBMGビクターでしたが、その後AVEX IDEAKとなったようですが)からのリリースになりました。CD帯には「TOSHIKI KADOMATSU PRESENTS」と唄ってましたが当時は何のこっちゃわからんかったんですけど。
そもそも長万部太郎こと角松敏生が結局覆面にならなかったバンドAGHARTAの結成に浅野祥之の仲介により沼澤尚を巻き込んだことから角松とTAKAの関係が始まります。13CATSとしては細々と?レコーディングは続けていたもののリリースする機会がなかったことから、浅野が眠りこける横でTAKAと角松が朝方まで語り合い、めでたくAGHARTAのアルバムをリリースしたIDEAKからの発売が決定するに至ったようです。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます