漢字の音符

漢字の字形には発音を表す部分が含まれています。それが漢字音符です。漢字音符および漢字に関する本を取り上げます。

音符 「委イ」 <女が身体をなよやかに下に向ける> 「萎イ」「痿イ」と「魏ギ」「巍ギ」「倭ワ」「矮ワイ」

2021年10月18日 | 漢字の音符
 イを追加しました。
    イ <女が身体をなよやかに下に向ける>
イ・ゆだねる  女部

解字 「禾(穂先がなよやかに垂れたイネ)+女」の会意。女が身体をなよやかに下に向ける形で、力なく他人に身をまかせる女の意。ゆだねる、まかせる意味を表わす。
意味 (1)ゆだねる(委ねる)。「委任イニン」「委託イタク」 (2)まかせる(委せる)。「委員会イインカイ」「委譲イジョウ」 (3)くわしい(委しい)。こまかい。女がしなやかに下向くさまが、こまやかな美しさを表す語から転じたとされる。「委細イサイ」(細かくくわしい。くわしい事情)

イメージ
 女が身体を下に向ける形から「身をゆだねる」(委) 
  「曲がって低い」(萎・痿・倭・矮)
  「その他」(魏・巍)
音の変化  イ:委・萎・痿  ギ:魏・巍  ワ:倭  ワイ:矮

曲がって低い
 イ・なえる・しおれる 艸部
解字 「艸(くさ)+委(曲がって低い)」の会意形声。草がしおれてしんなりと曲がって垂れる意。
意味 (1)なえる(萎える)。しおれる(萎れる)。しぼむ(萎む)。しなびる(萎びる)。ぐったりする。「萎縮イシュク」「萎靡イビ」(なえしおれること)「枯萎カイ」(枯れてしおれる)
 イ・なえる  疒部
解字 「疒(やまい)+委(=萎なえる)」の会意形声。萎は草がなえること、痿は身体が、なえる病気。
意味 (1)なえる(痿える)。身体の力が弱くなる。また、身体の一部がしびれて動けなくなること。「痿弱イジャク」 (2)しびれる(痿れる)。足がしびれて動かない。「痿疾イシツ」(しびれやまい)「痿痹イヒ」(①手足がしびれて動けない。②政治がしっかりしていない)「痿蹶イケツ」(足がしびれて倒れる)
 ワ・イ・やまと  イ部
解字 「イ(ひと)+委(曲がって低い)」の会意形声。背が曲がって低い人。倭は長江流域を原住地として各地に移動した民族に対し、漢族が卑称として名付けたもので、古代中国には倭族が各地にみられる[鳥越健三郎「倭人・倭国伝全釈」]。古代中国で、日本も倭とよばれた。
意味 昔、中国で日本人を指したことば。やまと(倭)。日本。「倭人ワジン」「倭寇ワコウ」(明代に中国の沿岸を倭人の海賊が掠奪した行為をいう)「倭名ワミョウ」(日本名)
 ワイ・ひくい  矢部
解字 「矢(みじかい矢)+委(曲がって低い)」の会意形声。背が矢のように短く低いさま。矢がつくので曲がる意味はとれる。
意味 ひくい(矮い)。みじかい。背丈が低い。「矮小ワイショウ」(背が低く小さい)「矮屋ワイオク」(高さの低い小さい家)「矮鶏ちゃぼ」(小形で脚が短く翼が地面に接するほど低い鶏)

その他
 ギ  山部

  上は巍、下は魏
解字 「委+嵬カイ・ガイ・ギ(たかい・おおきい)」 の会意形声。意味は、山が高く大きいさまであるから嵬カイ・ガイ・ギと同じである。しかも発音のギは嵬にもある。では、どうして委をつけて巍の字を作ったのだろうか。後漢の[説文解字]は、「高也(なり)。嵬に从(したがい)委の聲(声)。と説明したあと「今の人、山を省くに从(したがい)魏國の魏と為す」と述べている。つまり、「巍は高い意だが、今は山を省いた魏を国名に用いている」という。
 しかし、巍の字は最初から委をつけて国名や姓に用いたのではないだろうか。つまり、国名・姓を表す字として巍を作ったと思われるのである。[字源](中国)は「魏国、魏姓の魏は本来、巍と書いていた。のち山を省き魏としたが、その過程で国を表す巍は、上部の山を下部におくようになり、さらにこの山を省き、しかもアクセントを去声(上から下へWèi)とし魏が成立した」と述べている。
最初の魏姓図 山が下にきた魏姓図
 では何故「委」をつけたのか? 中国のネットによると「魏姓の源は西周の初期、周の成王が分封した姬(姫)姓伯爵諸侯国の魏国」に由来するようである。姬(姫)姓は女偏がつき母系氏族社会に起源をもつ姓とされる。その姬(姫)姓諸侯国のひとつが母系氏族を表すために女の字が入った委をつけて姓や国の名としたのではないだろうか。
 なお、巍の音符は「委イ」とする説(説文解字)と、「嵬カイ・ガイ・ギ」とする説(字統)がある。日本語の発音からは「嵬」説が納得できるが、現在の中国語は委(wěi)と同じ発音(巍wēi)である。本稿ではとりあえず音符「委」に含めた。
意味 (1)たかい。山がたかく大きいさま。抜きんでるさま。「巍峨ギガ」(高くそびえけわしい)「巍巍ギギ」(高く大きいさま)「巍然ギゼン」(高くそびえるさま。人物がひときわすぐれているさま)「巍闕ギケツ」(宮城の門外に設けられた二つの台。上に物見やぐらがある)
 ギ  鬼部
解字  巍を参照のこと。
意味 (1)姓のひとつ。 (2)国名。①戦国時代七雄の一つ。現在の山西省西部に建国。のち秦に滅ぼされた。(前403-前225)②三国時代、曹操の子・曹丕が建てた国。(220-265)「魏志ギシ」(『三国志』のうち魏の歴史を記した部分)「魏志倭人伝ギシワジンデン」(「魏志」の東夷の条に書かれている日本についての記述)③「北魏ホクギ」(南北朝時代に鮮卑族の拓跋氏が建国。(386-535)(3)たかい。高く大きい。(=巍)「魏然ギゼン」(高く大きいさま)「魏魏ギギ」(広大なさま)(4)宮殿の門楼。「魏闕ギケツ」(宮門の外門で法令などを懸け示した)
<紫色は常用漢字>


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1 コメント

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見当外れな引用でしたらご容赦の程を (Kite.com)
2022-05-02 13:59:57
石沢誠司 先生 こんにちは。

「二つのヒメイズイ、そして二種の花穂」にて、「委」の一部を引用させて頂きました。有難うございました。

委蕤(いずい)、「甘野老(あまどころ)」の漢名だそうですが、なぜこの字を当てたのか気になり、ネットの世界を漂流してみました。

このようなシチュエーションで、先生のご研究の成果を引用させて頂いていいものか、さらに、このような文脈の中にあって、的を射た引用であったのか否か、いろいろと不安もありましたが、結句、迷いの中での投稿とさせていただきました。

漢字の音符、深いですね。
漢字の成り立ちや字形の変遷を拝見しておりますと、そこに込められたそれぞれの時代の人々の思いというのでしょうか、そう、その想念とシンクロできるようで興味深いものがありました。
学生時代、遊び呆けてばかりいないで、一所懸命勉強しておればと思う今、古希の手習いとでも言うのでしょうか、興味の対象である山野草をトリガーとしてあちらの分野こちらの分野と、つまみ食い程度にしか過ぎませんが逍遙しております。
これからも、お世話になることがあろうかと思います。もし、あっ、いや、かなりの確度で見当違いな引用などしてしまうことがあるやもしれません。お目に止まりましたならば、躊躇なくご指摘のほどお願い申し上げます。
この度は、コメントまで頂戴し、有難うございました。
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