「博」を書くとき、右上に点を打つのか打たないのか迷う人は多いのではなかろうか。なぜなら、博の右は「専」とほぼ同じで、違いは点があるかないかだけだ。おそらく日本人の誰もが一度は迷ったことがあるに違いない。同じように迷う字に、縛バクがあり、また上に冠がつくが、薄ハク・簿ボも同様である。
新字体がもたらした混乱
この迷いは第二次大戦以前の日本にはなかった。旧字を使っていたからである。旧字では、
博⇒「十+尃」
縛⇒「糸+尃」
薄⇒「艹+氵+尃」
簿⇒「竹+氵+尃」と書いた。
しかし、ネットで旧字が出ないので、以下に漢字字典の「博」のページを掲載させていただく。
字典には[博]の左隣りに旧字が載っている。[新漢語林]
これらの旧字の右辺は「甫+寸」の尃フという字なのである。戦後この字が常用漢字(当時の名称は当用漢字)で使われるとき専に点のついたかたちに変化したのである(つまり、用の部分を田に変えた)。その証拠に、常用漢字でない搏ハク(うつ:脈搏ミャクハクの搏)の右辺は「甫+寸」になっている。
一方、専センは旧字で、專センと書いていた。專は「叀セン(紡錘車)+寸(て)」で、紡錘車を手でくるくる回しながら糸をつむぐとき、糸がつねに紡錘車の先でコントロールされることから、もっぱら(専ら)の意になったとされる。
[専]の左隣りに旧字が載っている。[新漢語林]
つまり、新字体の博と専は、博が「旧字の尃フ⇒専に点が付くかたち」に、専は「旧字の專セン⇒専」に変化したわけだ。
どうやって書き分けるか
以上の基本をふまえて、博ハク・薄ハク・簿ボと、専センを書くときの注意事項を考えてみよう。「今でしょ」で知られる予備校教師の林修先生は、テレビのクイズ番組で「専という字が、単独で出るのは専しかない。だから単独で書くときは専で、他の字と組み合わさる場合は、専に点をつける」と教えている。確かに常用漢字でみると、尃フの音符字は、博ハク・薄ハク・簿ボであり、これらの字は専が単独でないから点をつければよい(敷フ・しくは尃フの音符字であるが、早い段階で寸が方に代わった字)。
一方、専[專セン]の音符字は、新字体で、団ダン[團]・転テン[轉]・伝デン[傳]とすっかり形が変わっているので、専のかたちが残っているのは専しかない。したがって、林先生の覚え方はこの範囲では正解である。
「恵ケイ・めぐみ」や「穂スイ・ほ」には何故点がつかない?
しかし、皆さんは「恵ケイ・めぐみ」や「穂スイ・ほ」を書くとき右上に点をつけるかどうか迷ったことはないだろうか。林先生の覚え方は、この場合役にたたない。恵ケイに何故点がつかないのかというと、恵ケイの旧字は「叀セン(紡錘車)+心」の会意字「惠ケイ」で、この新字体が恵なのである。したがって叀センには点がないので、恵にも点がない。そして恵を音符とする穂スイにも点がないのである。
博・専・恵をまとめて理解するには
では博や専を含め、専に類する字を書くとき、点の有る無しをどのように判断したらいいのだろうか。キーポイントは発音である。以下に私のブログ(約4000字)に収録している博・専・恵などを構成する音符の発音をあげてみよう。
音符「甫ホ」 ホ:甫・圃・補・哺・捕・浦・蒲・匍・葡・輔・舗
音符「尃フ」 フ:尃・溥・傅・敷・榑 ハク:博・薄・搏 バク:縛 ボ:簿
音符「専セン」 セン:専・塼・甎 ジュン:蓴 タン:磚 ダン:団[團] テン:転[轉]・囀 デン:伝[傳]
音符「恵ケイ」 ケイ:恵 スイ:穂
こうしてみると、点のあるのは甫の系統(音符「甫ホ」と「尃フ」)の字である。甫の系統字の発音はハ行(ハク・バク・フ・ホ・ボ)に限られている。一方、点のない叀センの系列字(音符「専セン」と「恵ケイ」)は会意字を多くつくるため多様で、サ行・タ行を中心にカ行も含まれる。しかし、幸いなことにハ行と重なることはない。
以上の発音分布から次の覚え方が引き出される。
(1) 専センを書くとき「センなし」と覚え、専の点はナシである。
(2) 専を含み発音がハ行の字は(尃フの系列であり)点をつける。
常用漢字にかぎると「ハク・バク・ボあり」とおぼえる。
(3) 専の上部(叀セン)を含み、発音がハ行以外の字は、(叀センの系列字であり)点をつけない。
もちろん、(1)と(2)は林先生の覚え方でも差支えない。(3)は発音にこだわらなくても恵が紡錘車である叀センを含む字であることを理解すれば、おのずから点をつけなくなるだろう。
結局、博と専の点のあるなしの問題は、広くみると点のある甫ホの系列字と、点のない叀センの系列字の違いだったのである。
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これが余計だった 何故こんな馬鹿なことをしたのだろう