(毎日新聞 2010年8月15日 東京朝刊)
◇著者・阿部珠理(じゅり)さん
(小学館101新書・777円)
◇物語が息づく生活とは
アメリカ先住民研究の第一人者で立教大教授のエッセー集。サウスダコタ州の保留地で、20年来続けてきたフィールドワーク体験を振り返っている。平易で温(ぬく)もりのある文章が魅力だ。
コミュニティー全体の安寧や幸福を願って自らの肉体をささげる「サンダンス」。持っているものを与え尽くす「ギヴ・アウェイ」。先住民たちとの交流がつづられていく。そこに存在しているのは、「ともいき」つまり共生の思想に裏付けられた生活だという。
「研究論文では書けない、生身の私個人が感じたり考えたりしたことを書きたかった。たとえば、無縁社会と言われる今の日本が失いつつある、人と人がつながることの輝きです。どんなに貧しくても、餓死者も孤児も見当たらない。共同体全体で子供を育てている。私も育児の経験がありますが、親を孤立させず、子供を社会全体で育てるという知恵に共感します」
具体的なエピソードが連ねられていく。それぞれに鮮やかな場面が描かれるが、特に印象的なのは、著者が部族大学で三島由紀夫の短編『憂国』をテキストに講義をした時の挿話だ。
2・26事件を背景に、反乱を起こした仲間たちから、新婚だからと配慮されて誘われなかった青年将校が切腹する物語。彼はなぜ、死ななければならないのか。どうして、妻まで死を選んだのか。疑問を口にする白人学生に対して、いつも控えめな先住民の少女が「ここには、美がある」と発言したという。
「これこそが文化なんです。彼らの生活の中に、物語が息づいているんですね。部族の記憶がストーリーとして、口承で伝えられている。そんな環境で養われた感性が、三島の美意識にも反応するのです」
先住民研究に導いたのは、作家の故・中上健次だった。以来、彼らから学び、さまざまなことに気づかされた日々だったという。「はからずも、私自身が成長していく過程をつづった一冊になりました」<文・重里徹也/写真・荒牧万佐行>
http://mainichi.jp/enta/book/hondana/news/20100815ddm015070023000c.html
◇著者・阿部珠理(じゅり)さん
(小学館101新書・777円)
◇物語が息づく生活とは
アメリカ先住民研究の第一人者で立教大教授のエッセー集。サウスダコタ州の保留地で、20年来続けてきたフィールドワーク体験を振り返っている。平易で温(ぬく)もりのある文章が魅力だ。
コミュニティー全体の安寧や幸福を願って自らの肉体をささげる「サンダンス」。持っているものを与え尽くす「ギヴ・アウェイ」。先住民たちとの交流がつづられていく。そこに存在しているのは、「ともいき」つまり共生の思想に裏付けられた生活だという。
「研究論文では書けない、生身の私個人が感じたり考えたりしたことを書きたかった。たとえば、無縁社会と言われる今の日本が失いつつある、人と人がつながることの輝きです。どんなに貧しくても、餓死者も孤児も見当たらない。共同体全体で子供を育てている。私も育児の経験がありますが、親を孤立させず、子供を社会全体で育てるという知恵に共感します」
具体的なエピソードが連ねられていく。それぞれに鮮やかな場面が描かれるが、特に印象的なのは、著者が部族大学で三島由紀夫の短編『憂国』をテキストに講義をした時の挿話だ。
2・26事件を背景に、反乱を起こした仲間たちから、新婚だからと配慮されて誘われなかった青年将校が切腹する物語。彼はなぜ、死ななければならないのか。どうして、妻まで死を選んだのか。疑問を口にする白人学生に対して、いつも控えめな先住民の少女が「ここには、美がある」と発言したという。
「これこそが文化なんです。彼らの生活の中に、物語が息づいているんですね。部族の記憶がストーリーとして、口承で伝えられている。そんな環境で養われた感性が、三島の美意識にも反応するのです」
先住民研究に導いたのは、作家の故・中上健次だった。以来、彼らから学び、さまざまなことに気づかされた日々だったという。「はからずも、私自身が成長していく過程をつづった一冊になりました」<文・重里徹也/写真・荒牧万佐行>
http://mainichi.jp/enta/book/hondana/news/20100815ddm015070023000c.html