Webナショジオ 2019年04月18日
カナダと聞いて思い浮かぶことと言えば、たいていの人はカナディアンロッキーやナイアガラの滝、メープルシロップに赤毛のアン、ぐらいだろう。しかし、カナダには知られざる奥深い歴史や、国づくりに尽くした人々の営みがあった。世界中から愛される国、カナダの意外な歴史を書籍『カナダの謎 なぜ『赤毛のアン』はロブスターを食べないのか?』から紹介する。
世代を超えて愛され続ける物語『赤毛のアン』。その舞台はカナダ東部、セントローレンス湾に浮かぶプリンス・エドワード島だ。英語のPrince Edward Islandの頭文字からPEI(ピー・イー・アイ)と呼ばれている。
実はこの島、もとは別の名前を持っていた。ヨーロッパ人がやって来るまで、ここはミクマック族という先住民から「アヴィグウェイト=波間に浮かぶ揺りかご」と呼ばれていたのだ。
確かにこの島は、横長で真ん中が少しへこんでおり、「揺りかご」のような形をしている。しかし飛行機もドローンもない時代に、彼らがどうやって島の形を知ったのかは謎としか言いようがない。
それはともかく、カナダでは英語とフランス語が公用語として使われているのは多くの人が知るところだろう。その理由は、のちにカナダとなるこの地で、まず入植を始めたのがフランス人だったから。このため島は、フランス人によって「揺りかご」ではなく「サン・ジャン島」と呼ばれるようになる。
その後、進出してきたイギリスがフランスとの戦争に勝利し、島の名前もプリンス・エドワード島に改められた。当時のイギリス国王、ジョージ3世の四男のエドワード王子にちなんだ名前だ。
しかし、3つの名前を比べてみると、昔々、先住民がつけた「波間に浮かぶ揺りかご」が一番ロマンチックで素敵だと思うのだが、いかがだろうか。
ただし、アンの物語の舞台として島の名前は日本でも広く知られているし、熱烈なファンにとってはこの上なく愛着のある名前だろう。「揺りかご」の方がいい、などと声高に言うとファンの方々にひどく怒られるかもしれないので、心の中で静かに思っているのが得策かもしれない。
『赤毛のアン』、原作名『Anne of Green Gables』の作者ルーシー・モード・モンゴメリは、スコットランド系のカナダ人だ。モンゴメリの四代前、曽々祖父母がスコットランドからプリンス・エドワード島にやってきた。ところが、2人の本当の目的地はこの島ではなく、もっと内陸のケベック・シティだったそうだ。
船で大西洋を渡る際、妻がひどい船酔いになってしまい、給水のために停泊したプリンス・エドワード島で下船すると、夫がいくら説得しても二度と船には乗らなかったという。
やむを得ずプリンス・エドワード島での暮らしが始まり、四代のちにルーシー・モード・モンゴメリがこの島で生を受けることになる。
もし船酔いにならずに無事、当初の目的地に着いていたら、アンの物語はどうなっていただろうか。ケベック・シティはイギリスとの戦争に敗れたフランスの拠点だった街。すると、アンの物語には何やらフランス文化の香りが漂うことになったかもしれない。
あるいは、ケベック・シティからさらに内陸へと進み、カナダ中央部で暮らしていたら、物語の舞台は大平原になっていただろう。
アンはプリンス・エドワード島のアヴォンリー村の湖や森に、「輝く湖水」や「恋人の小径」、「お化けの森」といった名前をつけていくのだが、もし大平原だったらそれはできない相談だ。なにしろ見渡す限りの小麦畑。アンの想像力をもってしても、360度同じ風景からユニークな名前を紡ぎ出すことは難しかっただろう。
アンの島でもあり、名前からしておしゃれなイメージがあるプリンス・エドワード島だが、意外なことにその特産品はジャガイモだ。なにしろ、日本の愛媛県ほどしかないこの小さな島が、カナダ全体のジャガイモ生産量の実に3割を占めているのだ。
おいしいジャガイモを生み出す要因の一つが、鉄分を多く含む島独特の赤い土。アンも初めて見た時、なぜ土の色が赤いのか、しきりに不思議がっている。
『赤毛のアン』の時代からジャガイモは島の特産品だったようで、今年の出来を話し合ったり、船にジャガイモを積み込んだりする場面も出てくる。また、アン・シリーズの3作目「アンの愛情」では、大柄なアンの友達が、島外の人から、ジャガイモばかり食べて大きくなった島育ちと思われるのではないか、などと心配する場面もある。
そして、おいしいジャガイモは島の人たちの誇りでもあるようで、島の西部、オレアリーには「ポテトミュージアム」というマニアックな博物館もある。
建物の前には巨大なジャガイモのオブジェが展示され、入り口には世界的に有名なPEIのジャガイモ、といった文言が見て取れる。ちょっと失礼ではあるが、正直、世界的にはさほど知られていないだろう。
館内では、押して進むと板が羽のようにバタバタと上下に動き、ジャガイモの葉や茎についた虫を追い払う道具など、興味深い展示品が並んでいる。
ジャガイモとともに歩んできた島の歴史にしばし思いを馳せるのも悪くない。
この連載はカナダ観光局の提供で掲載しています。
著者 平間俊行(ひらまとしゆき)
ジャーナリスト。1964年、宮城県仙台市生まれ。報道機関での勤務のかたわら、2013年から本格的なカナダ取材を開始。歴史を踏まえたカナダの新しい魅力を伝えるべく、Webサイトや雑誌などにカナダの原稿の寄稿を続ける。2014年7月『赤毛のアンと世界一美しい島』(マガジンハウス)、2017年6月『おいしいカナダ 幸せキュイジーヌ旅』(天夢人)を出版。
カナダの謎
なぜ『赤毛のアン』はロブスターを食べないのか?
知らなかったカナダの魅力を、深く、わかりやすく楽しむ。この本を読むと、絶対にカナダに行きたくなる!
定価:本体1,200円+税
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/web/19/041200009/041200002/
カナダと聞いて思い浮かぶことと言えば、たいていの人はカナディアンロッキーやナイアガラの滝、メープルシロップに赤毛のアン、ぐらいだろう。しかし、カナダには知られざる奥深い歴史や、国づくりに尽くした人々の営みがあった。世界中から愛される国、カナダの意外な歴史を書籍『カナダの謎 なぜ『赤毛のアン』はロブスターを食べないのか?』から紹介する。
世代を超えて愛され続ける物語『赤毛のアン』。その舞台はカナダ東部、セントローレンス湾に浮かぶプリンス・エドワード島だ。英語のPrince Edward Islandの頭文字からPEI(ピー・イー・アイ)と呼ばれている。
実はこの島、もとは別の名前を持っていた。ヨーロッパ人がやって来るまで、ここはミクマック族という先住民から「アヴィグウェイト=波間に浮かぶ揺りかご」と呼ばれていたのだ。
確かにこの島は、横長で真ん中が少しへこんでおり、「揺りかご」のような形をしている。しかし飛行機もドローンもない時代に、彼らがどうやって島の形を知ったのかは謎としか言いようがない。
それはともかく、カナダでは英語とフランス語が公用語として使われているのは多くの人が知るところだろう。その理由は、のちにカナダとなるこの地で、まず入植を始めたのがフランス人だったから。このため島は、フランス人によって「揺りかご」ではなく「サン・ジャン島」と呼ばれるようになる。
その後、進出してきたイギリスがフランスとの戦争に勝利し、島の名前もプリンス・エドワード島に改められた。当時のイギリス国王、ジョージ3世の四男のエドワード王子にちなんだ名前だ。
しかし、3つの名前を比べてみると、昔々、先住民がつけた「波間に浮かぶ揺りかご」が一番ロマンチックで素敵だと思うのだが、いかがだろうか。
ただし、アンの物語の舞台として島の名前は日本でも広く知られているし、熱烈なファンにとってはこの上なく愛着のある名前だろう。「揺りかご」の方がいい、などと声高に言うとファンの方々にひどく怒られるかもしれないので、心の中で静かに思っているのが得策かもしれない。
『赤毛のアン』、原作名『Anne of Green Gables』の作者ルーシー・モード・モンゴメリは、スコットランド系のカナダ人だ。モンゴメリの四代前、曽々祖父母がスコットランドからプリンス・エドワード島にやってきた。ところが、2人の本当の目的地はこの島ではなく、もっと内陸のケベック・シティだったそうだ。
船で大西洋を渡る際、妻がひどい船酔いになってしまい、給水のために停泊したプリンス・エドワード島で下船すると、夫がいくら説得しても二度と船には乗らなかったという。
やむを得ずプリンス・エドワード島での暮らしが始まり、四代のちにルーシー・モード・モンゴメリがこの島で生を受けることになる。
もし船酔いにならずに無事、当初の目的地に着いていたら、アンの物語はどうなっていただろうか。ケベック・シティはイギリスとの戦争に敗れたフランスの拠点だった街。すると、アンの物語には何やらフランス文化の香りが漂うことになったかもしれない。
あるいは、ケベック・シティからさらに内陸へと進み、カナダ中央部で暮らしていたら、物語の舞台は大平原になっていただろう。
アンはプリンス・エドワード島のアヴォンリー村の湖や森に、「輝く湖水」や「恋人の小径」、「お化けの森」といった名前をつけていくのだが、もし大平原だったらそれはできない相談だ。なにしろ見渡す限りの小麦畑。アンの想像力をもってしても、360度同じ風景からユニークな名前を紡ぎ出すことは難しかっただろう。
アンの島でもあり、名前からしておしゃれなイメージがあるプリンス・エドワード島だが、意外なことにその特産品はジャガイモだ。なにしろ、日本の愛媛県ほどしかないこの小さな島が、カナダ全体のジャガイモ生産量の実に3割を占めているのだ。
おいしいジャガイモを生み出す要因の一つが、鉄分を多く含む島独特の赤い土。アンも初めて見た時、なぜ土の色が赤いのか、しきりに不思議がっている。
『赤毛のアン』の時代からジャガイモは島の特産品だったようで、今年の出来を話し合ったり、船にジャガイモを積み込んだりする場面も出てくる。また、アン・シリーズの3作目「アンの愛情」では、大柄なアンの友達が、島外の人から、ジャガイモばかり食べて大きくなった島育ちと思われるのではないか、などと心配する場面もある。
そして、おいしいジャガイモは島の人たちの誇りでもあるようで、島の西部、オレアリーには「ポテトミュージアム」というマニアックな博物館もある。
建物の前には巨大なジャガイモのオブジェが展示され、入り口には世界的に有名なPEIのジャガイモ、といった文言が見て取れる。ちょっと失礼ではあるが、正直、世界的にはさほど知られていないだろう。
館内では、押して進むと板が羽のようにバタバタと上下に動き、ジャガイモの葉や茎についた虫を追い払う道具など、興味深い展示品が並んでいる。
ジャガイモとともに歩んできた島の歴史にしばし思いを馳せるのも悪くない。
この連載はカナダ観光局の提供で掲載しています。
著者 平間俊行(ひらまとしゆき)
ジャーナリスト。1964年、宮城県仙台市生まれ。報道機関での勤務のかたわら、2013年から本格的なカナダ取材を開始。歴史を踏まえたカナダの新しい魅力を伝えるべく、Webサイトや雑誌などにカナダの原稿の寄稿を続ける。2014年7月『赤毛のアンと世界一美しい島』(マガジンハウス)、2017年6月『おいしいカナダ 幸せキュイジーヌ旅』(天夢人)を出版。
カナダの謎
なぜ『赤毛のアン』はロブスターを食べないのか?
知らなかったカナダの魅力を、深く、わかりやすく楽しむ。この本を読むと、絶対にカナダに行きたくなる!
定価:本体1,200円+税
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/web/19/041200009/041200002/