北海道新聞 02/28 05:00

インディアン水車でのサケ捕獲作業。千歳の秋の風物詩だ=2018年10月(中川大介撮影)
千歳川のサケ捕獲施設インディアン水車(千歳市花園)は昨年、豊漁に沸いた。8~12月の捕獲数は25万9千匹と前年のほぼ倍だ。「予測では前年比2割増。ここまでとは」。日本海さけ・ます増殖事業協会(千歳)の専務理事、安藤孝雄(71)は、サケ親魚を確保できたことに安堵(あんど)する。
協会は近年、親魚13~17万匹を捕り、9千万粒前後の受精卵を生産して千歳川のほか檜山、後志地方のふ化施設に供給している。千歳川では卵から育った稚魚が毎年、約3千万匹放流される。全道では年10億匹の稚魚放流が続いている。
だが、秋サケ漁は長期低落を脱せない。19年の道内来遊数は1755万匹と、ピークの2004年の3割どまり。「持続可能な漁業」へ再生を模索する研究者が注目するのが、千歳川の冬ザケなどの「野生魚」だ。
■稚魚に生命力
千歳川は1888年(明治21年)に始まる道内でのサケの人工ふ化事業の発祥の地だ。稚魚の育成などの技術の向上と海洋環境の好条件がかみ合い、サケの来遊は1970年代から大きく伸びたが、2000年代半ばから減少に転じた。水温上昇など海洋環境の変化の影響とみられている。
研究機関は、稚魚が海に出る時期の沿岸水温が生き残りを左右するとみて放流時期を調整してきたが、好転しない。道立総合研究機構さけます・内水面水産試験場(恵庭)の研究主査、卜部浩一(48)は「最近の資源変動は水温変化ではうまく説明できない」と苦渋の表情だ。
近年は、人工ふ化増殖を長年続けたことで放流魚の遺伝的な健康さや環境適応力が低下した、との指摘もある。「水温以外の変動要因の解明とともに、『環境変動に強い稚魚』をいかに作るかが喫緊の課題」と卜部は言う。
そのカギが野生魚だ。環境変動に耐えうる力を受け継いできた野生魚を産卵環境とともに守り、増やす。人工ふ化にも使い、野生魚の血をふ化場に入れれば、生命力の強い稚魚が確保できる可能性がある。
■再放流し産卵
不漁にあえぐ漁業者には稚魚放流数の維持・強化で事態打開を求める声が強いが、水産研究・教育機構北海道区水産研究所(札幌)の主任研究員、森田健太郎(45)はこう訴える。「北米では遺伝的に健康な稚魚を作るため、野生魚を保全しながら、ふ化場でも使う取り組みがある。日本でも将来必要になる考え方。その時のために野生魚を絶やしてはならない」
不漁の中でも野生魚を増やす余地がないではない。日本海さけ・ます増殖事業協会が昨年、道から千歳川で許可を得た親魚の捕獲計画数は7万6千匹。実際の捕獲はそれを上回り、協会は15万匹を人工ふ化に使わず売却して事業資金に充てた。例年そうしており、他の増殖団体も同様に「不要親魚」を売却している。
これを一部でも再放流できないか。協会の安藤は「売却収入は運営に欠かせない」とする一方、「野生魚が資源維持にプラスと科学的に明確になれば、自然産卵を増やすこともあり得る」とも話す。実際、協会は人工ふ化に使わない親魚の一部を自然産卵させるため上流に再放流している。現在は500匹程度と限定的だが、こうした取り組みが広がれば野生魚の保全につながる可能性がある。(敬称略)
■<インタビュー 冬ザケを考える>3 森田健太郎さん(45)=水産研究・教育機構北海道区水産研究所主任研究員 持続可能な漁 ルール構築を
千歳川の冬ザケの多さに驚いたのは2011年です。「沿岸での漁が終わったから、人工ふ化で放流した魚が回帰しているだけ」と思われていたのですが、調べてみると大半が自然産卵で生まれた野生魚であり、冬にも一定規模の群れが上ることが分かりました。
こうした「野生ザケ」が存在する意義は大きく三つあります。一つは遺伝的な価値の高さです。野生ザケは地域の環境に適応しながら代を重ね、地域本来の遺伝子を受け継いでいます。
千歳川では明治中期にサケの人工ふ化が始まった当初、事業の対象は冬ザケ、つまり12月以降に上る「後期群」でした。秋に上る「前期群」が着目され、人工ふ化が始まるのは昭和初期です。早い時期に捕れるサケは市場価値が高く、他の河川の種苗(卵や稚魚)の移植が行われて前期群の資源が増強されました。
こうして千歳川の人工ふ化の対象は前期群になり、後期群は自然産卵で千歳川本来の遺伝子を受け継いできた。後期群は遺伝的な固有性が極めて高いのです。
二つ目は野生動物の貴重な食料であるということ。三つ目は漁業や人工ふ化への貢献です。北海道のサケは大半が放流魚だと考えられてきましたが、実際には野生魚も少なくないことが調査で分かってきた。回帰の少ない年には漁獲や人工ふ化の親魚捕獲を下支えし、また豊漁にも貢献していると考えられます。
北海道のサケ本来の遺伝的特性を守るために、野生魚の保全は必要です。加えて、秋サケ漁を持続可能にするためにも重要な存在です。近年、人工ふ化で生まれた放流魚の健康さや環境適応力の低さが研究論文で指摘されています。水温変化などの環境変動に耐え抜くには、遺伝的に健康な稚魚でなくてはならない。
野生魚を産卵環境ごと守り、人工ふ化にも野生魚を使って遺伝的に健康な魚を増やす。北米ではそうした取り組みを進めつつ、放流魚を積極的に食べてサケの群れに占める放流魚の割合を下げるプログラムが導入されています。日本でも将来必要になる考え方です。
アイヌ民族は、乱獲を避けながら自然産卵するサケを利用してきました。その考えを採り入れ、千歳川で全道に先駆けて「持続可能な冬ザケ漁」の仕組みが構築できないでしょうか。次代の資源を再生産するに十分な自然産卵を確保した上で、余剰分をいただくのです。産卵場所に立ち込むのは極力避け、下流で捕るなどの工夫が要ります。
ルールを決めて実施し、4~5年後に回帰が少なければルールを見直す。そのように立案―実施―評価―修正を繰り返す「順応的管理」の手法を取り入れては。ロシアでは産卵場所1平方メートル当たりで目視できるサケの数が一定以上なら、産卵後に漁獲するといった分かりやすいルールを定めており、参考になります。
アイヌ民族の思想に現代の資源管理の考え方を採り入れて、全道で野生ザケを守りながら利用していければと思います。
写真特集はこちらから。
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/397355

インディアン水車でのサケ捕獲作業。千歳の秋の風物詩だ=2018年10月(中川大介撮影)
千歳川のサケ捕獲施設インディアン水車(千歳市花園)は昨年、豊漁に沸いた。8~12月の捕獲数は25万9千匹と前年のほぼ倍だ。「予測では前年比2割増。ここまでとは」。日本海さけ・ます増殖事業協会(千歳)の専務理事、安藤孝雄(71)は、サケ親魚を確保できたことに安堵(あんど)する。
協会は近年、親魚13~17万匹を捕り、9千万粒前後の受精卵を生産して千歳川のほか檜山、後志地方のふ化施設に供給している。千歳川では卵から育った稚魚が毎年、約3千万匹放流される。全道では年10億匹の稚魚放流が続いている。
だが、秋サケ漁は長期低落を脱せない。19年の道内来遊数は1755万匹と、ピークの2004年の3割どまり。「持続可能な漁業」へ再生を模索する研究者が注目するのが、千歳川の冬ザケなどの「野生魚」だ。
■稚魚に生命力
千歳川は1888年(明治21年)に始まる道内でのサケの人工ふ化事業の発祥の地だ。稚魚の育成などの技術の向上と海洋環境の好条件がかみ合い、サケの来遊は1970年代から大きく伸びたが、2000年代半ばから減少に転じた。水温上昇など海洋環境の変化の影響とみられている。
研究機関は、稚魚が海に出る時期の沿岸水温が生き残りを左右するとみて放流時期を調整してきたが、好転しない。道立総合研究機構さけます・内水面水産試験場(恵庭)の研究主査、卜部浩一(48)は「最近の資源変動は水温変化ではうまく説明できない」と苦渋の表情だ。
近年は、人工ふ化増殖を長年続けたことで放流魚の遺伝的な健康さや環境適応力が低下した、との指摘もある。「水温以外の変動要因の解明とともに、『環境変動に強い稚魚』をいかに作るかが喫緊の課題」と卜部は言う。
そのカギが野生魚だ。環境変動に耐えうる力を受け継いできた野生魚を産卵環境とともに守り、増やす。人工ふ化にも使い、野生魚の血をふ化場に入れれば、生命力の強い稚魚が確保できる可能性がある。
■再放流し産卵
不漁にあえぐ漁業者には稚魚放流数の維持・強化で事態打開を求める声が強いが、水産研究・教育機構北海道区水産研究所(札幌)の主任研究員、森田健太郎(45)はこう訴える。「北米では遺伝的に健康な稚魚を作るため、野生魚を保全しながら、ふ化場でも使う取り組みがある。日本でも将来必要になる考え方。その時のために野生魚を絶やしてはならない」
不漁の中でも野生魚を増やす余地がないではない。日本海さけ・ます増殖事業協会が昨年、道から千歳川で許可を得た親魚の捕獲計画数は7万6千匹。実際の捕獲はそれを上回り、協会は15万匹を人工ふ化に使わず売却して事業資金に充てた。例年そうしており、他の増殖団体も同様に「不要親魚」を売却している。
これを一部でも再放流できないか。協会の安藤は「売却収入は運営に欠かせない」とする一方、「野生魚が資源維持にプラスと科学的に明確になれば、自然産卵を増やすこともあり得る」とも話す。実際、協会は人工ふ化に使わない親魚の一部を自然産卵させるため上流に再放流している。現在は500匹程度と限定的だが、こうした取り組みが広がれば野生魚の保全につながる可能性がある。(敬称略)
■<インタビュー 冬ザケを考える>3 森田健太郎さん(45)=水産研究・教育機構北海道区水産研究所主任研究員 持続可能な漁 ルール構築を
千歳川の冬ザケの多さに驚いたのは2011年です。「沿岸での漁が終わったから、人工ふ化で放流した魚が回帰しているだけ」と思われていたのですが、調べてみると大半が自然産卵で生まれた野生魚であり、冬にも一定規模の群れが上ることが分かりました。
こうした「野生ザケ」が存在する意義は大きく三つあります。一つは遺伝的な価値の高さです。野生ザケは地域の環境に適応しながら代を重ね、地域本来の遺伝子を受け継いでいます。
千歳川では明治中期にサケの人工ふ化が始まった当初、事業の対象は冬ザケ、つまり12月以降に上る「後期群」でした。秋に上る「前期群」が着目され、人工ふ化が始まるのは昭和初期です。早い時期に捕れるサケは市場価値が高く、他の河川の種苗(卵や稚魚)の移植が行われて前期群の資源が増強されました。
こうして千歳川の人工ふ化の対象は前期群になり、後期群は自然産卵で千歳川本来の遺伝子を受け継いできた。後期群は遺伝的な固有性が極めて高いのです。
二つ目は野生動物の貴重な食料であるということ。三つ目は漁業や人工ふ化への貢献です。北海道のサケは大半が放流魚だと考えられてきましたが、実際には野生魚も少なくないことが調査で分かってきた。回帰の少ない年には漁獲や人工ふ化の親魚捕獲を下支えし、また豊漁にも貢献していると考えられます。
北海道のサケ本来の遺伝的特性を守るために、野生魚の保全は必要です。加えて、秋サケ漁を持続可能にするためにも重要な存在です。近年、人工ふ化で生まれた放流魚の健康さや環境適応力の低さが研究論文で指摘されています。水温変化などの環境変動に耐え抜くには、遺伝的に健康な稚魚でなくてはならない。
野生魚を産卵環境ごと守り、人工ふ化にも野生魚を使って遺伝的に健康な魚を増やす。北米ではそうした取り組みを進めつつ、放流魚を積極的に食べてサケの群れに占める放流魚の割合を下げるプログラムが導入されています。日本でも将来必要になる考え方です。
アイヌ民族は、乱獲を避けながら自然産卵するサケを利用してきました。その考えを採り入れ、千歳川で全道に先駆けて「持続可能な冬ザケ漁」の仕組みが構築できないでしょうか。次代の資源を再生産するに十分な自然産卵を確保した上で、余剰分をいただくのです。産卵場所に立ち込むのは極力避け、下流で捕るなどの工夫が要ります。
ルールを決めて実施し、4~5年後に回帰が少なければルールを見直す。そのように立案―実施―評価―修正を繰り返す「順応的管理」の手法を取り入れては。ロシアでは産卵場所1平方メートル当たりで目視できるサケの数が一定以上なら、産卵後に漁獲するといった分かりやすいルールを定めており、参考になります。
アイヌ民族の思想に現代の資源管理の考え方を採り入れて、全道で野生ザケを守りながら利用していければと思います。
写真特集はこちらから。
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/397355