北海道新聞02/21 10:37
北大は、人種や言語、性別、障害などあらゆる差別をなくし、多様な人々との共生を進めることを目的に、「ダイバーシティ(多様性)&インクルージョン(包摂)推進宣言」を昨年12月に制定した。オンラインで同月に4回行われた記念講演では大学との関わりをテーマに、京都精華大のウスビ・サコ学長が「民族」、東京電機大の山田あすか教授(建築計画)が「ユニバーサルキャンパスデザイン」、奈良女子大の三成美保教授(ジェンダー法学)が「セクシュアリティ」、東大の大沢真理名誉教授(社会政策)が「ジェンダー」の視点で語った。4人の講演要旨のほか、共生社会について意見を交わしたサコ学長とアイヌ民族の芸術家集団「アイヌ・アート・プロジェクト」の結城幸司代表の対談を紹介する。
■民族 違い認め合う社会に 京都精華大 ウスビ・サコ学長
私は2018年4月から京都精華大の学長を務めています。最近は留学生が増え、学長になった時は10%近くだったのが、27%に伸びています。大学の教員、職員、学生が同等に人間であるということを実現するため、(学長に就任した年に新たな)「ダイバーシティ推進宣言」を制定しました。
宣言を掲げるだけの単なる言葉ではなく、さまざまな取り組みも行っています。一例として、学生名簿は「男」「女」の区分けをせず、学生の呼び名は「さん」に統一。誰もが使えるトイレを設置しました。LGBTQをはじめマイノリティー(性的少数者)を尊重する制度もつくりました。
まだまだ十分ではないと思いますが、同様に推進宣言をした北大とも連携していきたい。多様な社会の実現に向けては、個々の大学だけで対応するのではなく、日本社会が変わることが大切です。
私は23の民族で構成されるマリ共和国に生まれました。民族が異なれば文化や言語も異なります。一人の人間がさまざまな背景を持ち、多様化しているのは日本でも同じでしょう。ただ、日本では異なる文化圏に属する他者を一定の枠にはめようとする。互いに認め合わなければ、共生社会は実現できないと思います。
ダイバーシティーとは、さまざまな背景や属性を持ち、それぞれ違うということを認識することです。日本社会では空気を読むことを求められますが、多様化する社会の中で、それぞれが思っていることを言わないかぎり、社会は協調されないのではないでしょうか。
人権問題に関して、日本はグローバル化(地球規模化)の基準にあるのか非常に疑問です。「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命も大事だ)」問題(米国で20年、白人警官が黒人男性を押さえつけ、死亡させたことから起きた抗議デモのスローガンにちなんだ)で私が日本のテレビでコメントした際、「黒人大学長」と紹介されました。「(アフリカ生まれを意味する)アフリカンボーン」とは言われても、黒人大学長はありません。放送用語として普遍化されているのは、日本で構造的な差別が残っているからだと思います。
グローバル化が進み、暮らしや学び、仕事の中に、あらゆる国の人や物、仕組みがあふれ、自国の常識だけで生活していくことは困難になっています。真のグローバル人材というのは、自分の足元をしっかりと見つめ、出身地域の文化、さらには他地域の文化を持つ人を大切にすることではないかと思っています。
不確かな社会の状況下で大事なのが、論理的な「答え」だけではなく、そもそもの「問い」を立てることです。何でも答えや結論を出そうとしがちですが、問いにたどり着き、「再設定」する勇気が必要です。社会の中にはさまざまな課題がありますが、共生社会の実現にたどり着くことができると私は信じています。
■対話からの学び重要 次の時代へ変化の時 サコ学長、アイヌ・アート・プロジェクト結城幸司代表対談
結城 先住民がいる土地の大学という意味では、北大の今回の宣言は遅すぎました。サコ学長が違いを認め合う社会を目指して日本を見ている姿は感動的で、僕たちアイヌもこれまでのことを受け止めながら、次の時代に向かう変化の時を迎えていると感じました。
サコ さまざまな背景を持つ人が一緒に住めば互いの文化から学習し、新しい社会が生まれます。北海道の文化はアイヌ文化であり、開拓者の文化でもある。(アイヌ民族の存在を認めてこなかった)歴史的事実を反省しながら、インクルーシブ(包括的)に学び合うことが重要です。
結城 北海道はアイヌ語に由来する地名がありますが、多くの子どもは自分が住む土地の本当の意味を知らずに生きている。サコ学長がマリの文化を正々堂々と語る姿はうらやましい。宣言が遅すぎたと言いましたが落胆はしていません。そこから何を行っていくかを考えていきたいです。
サコ 私は日本に来たことによって、より「マリ人」になったと感じています。自分が当たり前と思っていたものが当たり前じゃないことに指摘されて初めて気がつきました。こうした機会が非常に重要で、大学がその場をつくればいい。それぞれの違いもぶつけ合うべきだと思います。
結城 僕らがやらなければいけないのは、(アイヌ民族と他の人たちが)もう一回出会い直し、(互いを)捉え直すことを堂々とやること。宣言を「偽物」にしないためには、(文化や歴史を)つくり上げていく覚悟が必要です。
サコ 宣言は「始まり」であって「完成形」ではない。「知っているつもり」はいけません。対話の中でいろいろなことを学び、真摯(しんし)に受け止めていくことが重要です。
<略歴>ウスビ・サコ 西アフリカに位置するマリ共和国生まれ。同国の派遣で中国の北京語言大学と南京東南大学で学ぶ。1991年に来日し、99年に京大大学院工学研究科建築学専攻博士課程を修了。専門は空間人類学。京都精華大学(京都市左京区)人文学部教員、学部長を経て現職。55歳。
■ユニバーサルキャンパスデザイン 学生以外の姿当たり前に 東京電機大 山田あすか教授
あらゆるデザインはアンコンシャスバイアス(無意識の偏見)を含む「思想の塊」と言えます。ユニバーサル(普遍的な)デザインも、誰かにとってのバリアフリーが、他の人のバリアーになる可能性もある。状況に応じて調整や選択ができることが必要です。ユニバーサルデザインのキャンパスをつくるには、常にそれらが実現できているか問い続ける姿勢が大切です。
北大のような国立大は「公的な社会資本」と位置づけられています。「大学はこういう所」「こんなことはできない」といった限定的な見方もされますが、社会のための実験場として、新たな技術や価値が生まれる場とも解釈できます。開かれた場であると同時に、部分的に閉じられている。そのバランスが大切です。
共生社会を考える時に、大学キャンパスができることは「ただいることができる」という新しい当たり前をつくることだと思います。キャンパスに学生だけではなく、さまざまな人がいるという姿が、ダイバーシティーや共生につながっていくと思います。
■セクシュアリティ 「無意識の偏見」気付きを 奈良女子大 三成美保教授
北海道は(LGBTQなど)性的少数者への関心が高い地域です。北大には全国でも珍しい大学公認の性的少数者らによる学生サークル「虹の集い」があります。札幌市は(2017年、同性カップルを公的に認める)パートナーシップ宣誓制度を政令都市で初めて導入しました。
そもそも性の多様性は特定の人の特別な問題ではなく、全ての人に共通する尊厳、人権の問題。海外でLGBTQなどへの法的権利が保障されている国は社会としての受容度も高い。
日本には性的少数者の割合に関する統計がなく、国の政策として進みにくい。自治体や大学が個別に理解促進に取り組んでいるのが実情です。世代によって理解に格差もあります。無意識の偏見に基づく(肉体的、精神的)暴力は日常的で、全ての人が気付くための研修を受ける必要があります。大学での事例をみると、心と体の性が一致しないトランスジェンダーは使うトイレに困るなど生活上の支障が多い。(性的少数者の)権利保障だけではなく、大学全体でジェンダーの視点を踏まえた施策が必要です。優れた人材の確保につながり、経済的、社会的な効果が高まるでしょう。
■ジェンダー 女性の貧困 コロナで露呈 東大 大沢真理名誉教授
政府は「人への投資」と言ってますが、本気度については疑問です。世界を見渡すと、社会的な投資戦略は貧困と社会的排除を防ぐために行われています。欧州連合(EU)が20年以上進み、アジアでは韓国が先行しています。
日本は社会保障機能の強化が急務です。政府の社会保障制度改革国民会議が2013年に提出した報告書では、社会保障制度を(終身雇用の夫と専業主婦による家庭を前提とした)「1970年代モデル」から、(超高齢社会に対応できる)「21世紀日本モデル」に転換する必要を説きましたが実態は変わっていません。
日本は人への投資が弱い中、教育機関への支出が低い。政府支出に占める教育の割合は、経済協力開発機構(OECD)諸国で最低の部類で、女性研究者の比率も低いまま。社会人の学び直しも同様に最低レベルとなっています。
社会保障の機能強化が進まない中、貧困問題は深刻です。特に就業するひとり親の貧困率はOECDにインド、中国を加えた中で日本が最低です。女性が働くことや子育てをすることに罰を科されているような状況です。以前からあった問題ですが、コロナ禍で露呈し、政府がもたらした「コロナ対策禍」とも言えます。(光嶋るい、田口博久)
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/648147