先住民の文化と歴史と美を訪ねに、米国ニューメキシコ州へ行ってみた
ナショナルジオグラフィック2022.02.24

米国ニューメキシコ州サンタフェにあるシップロック・ギャラリーの宝飾品。同州の先住民は、ターコイズ(トルコ石)を使った宝飾品で知られている。(PHOTOGRAPH BY WENDY MCEAHERN, SHIPROCK SANTA FE)
「魅惑の地」と呼ばれる米国ニューメキシコ州には、鮮やかな青があふれている。
同州最大の都市アルバカーキでは、市バスや街灯、日干しレンガの家の扉までもが、ターコイズブルーのペンキで塗られている。そこから北東へ車で1時間ほど行った州都サンタフェでは、16世紀に建てられた総督邸の軒先で、ナバホ族とズニ族の職人たちが、ターコイズ(トルコ石)で作られたジュエリーを売っている。州のどこへ行っても、普段着から夜会ドレス、先住民の儀式衣装など、あらゆる場面の装いに、人々はターコイズをはめ込んだ銀のブレスレットを合わせる。
「先住民にとってターコイズは、単なる石というだけでなく、聖なる存在なのです」と、サンタフェにあるアメリカインディアン美術大学の先住民教養学教授ポーター・スウェンツェル氏は言う。「採掘し、加工することによって、石はさらに深い意味を持つようになります」
ニューメキシコ州の先住民社会では、ターコイズは文化の一部であると同時に、商品として取引されてきた長い歴史を持つ。サンタフェにあるバーティ・インディアン・アート・ギャラリーのオーナーで、先住民の宝石作家に関する本をいくつか執筆しているマーク・バーティさんは言う。
「ニューメキシコ州は、ターコイズ工芸と商業取引の中心地です。サンタフェは、昔から交易路が交差する町として発展してきました。ですから、この町にはターコイズがいたるところにあるのでしょう」
ターコイズとは何か
水酸化銅アルミニウム燐酸塩、すなわちターコイズは、酸性の水が銅に接触する場所で形成される。米国南西部のアリゾナ州、コロラド州、ネバダ州、カリフォルニア州南部、ニューメキシコ州で産出するほか、ロシアや中国、イランでも見つかっている。「ターコイズ(turquoise)」というフランス語の語源はそのまま「トルコの石」という意味だが、現代のトルコでターコイズはほとんど見つかっていない。
色は、白亜から均質な青、クモの巣状の模様が入った青緑など様々あり、硬さは米国宝石学会の定めるモース硬度で10段階中5~6に位置付けられている(ダイヤモンドの硬度が10)。
ターコイズ採掘の歴史
6世紀には既に、米国南西部の古代プエブロ人たちが、簡単な道具を使ってターコイズを採掘し、ビーズやペンダントなどの宝飾品に加工していた。ニューメキシコ州北部のチャコ・キャニオンからは、20万個以上ものこうしたターコイズが見つかっている。ここで発見された石造りの墓には、14人の遺骨とともに、ビーズや小さな彫刻など数多くの宝物が埋葬されていた。(参考記事:「古代プエブロに母系支配者、「世襲」の起源に光」)
現在この場所は、チャコ文化国立歴史公園として、ユネスコの世界遺産に登録されているが、出土品はアルバカーキにあるマクスウェル人類学博物館やニューヨーク市にある米国自然史博物館に所蔵されている。
一部のターコイズは分析の結果、アルバカーキとサンタフェを結ぶ「ターコイズ・トレイル」の中間に位置するロス・セリロスという小さな村で採掘されたものであることがわかった。「はるか昔、ターコイズ・トレイルは北と南を結ぶ交易路でしたが、今では景観が美しい田舎道となっていて、ターコイズはもうほとんど残っていません」と、スウェンツェル氏は言う。
現在、ロス・セリロスも含め、ニューメキシコ州のターコイズはほとんど採り尽くされてしまった。20世紀初頭に、既に資源が枯渇して閉鎖された鉱山もあるが、その他の鉱山はより利益の高い銅の採掘に切り替えられた。
現在売られているターコイズは、数十年も前に採掘されたものばかりだ。ニューメキシコ州を拠点に活動する先住民アーティストは、地元産のターコイズだけでなく、アリゾナ州やネバダ州、ロシアから石を取り寄せることもある。
「最近では、ニューメキシコよりもメキシコや中国産の方が多いです」と、アルバカーキにあるターコイズ博物館の創立者で学芸員のジョー・ドン・ロウリー氏は言う。「ここでは、以前から採掘よりも工芸の方が盛んでした」
スペインの銀細工と融合、19世紀に人気に
ニューメキシコ州には、プエブロ族、アパッチ族、ナバホ族など23の先住民族が暮らしている。その職人たちは、数百年の間、ターコイズを使って宝飾品や工芸品を作ってきた。スタイルは多岐にわたり、例えばケワ族は、ターコイズを削って円盤状の小さなビーズにしたり、ズニ族は貝殻にちりばめたりする。
宝飾品やオブジェは、特別な日に身につけたり、儀式で使ったりし、商品として取引された。「あなたが先住民であれば、ターコイズはあなたの遺産の一部です。あらかじめそう定められているのです」と、ニューメキシコ州ギャラップに住み、宝飾品や織物を作るナバホ族のモリス・マスケットさんは言う。「ナバホ族にとってそれは、霊的庇護と祝福を表しています」
16世紀に、スペインの入植者たちによって米国南西部に銀細工がもたらされると、先住民はこれを自分たちの伝統工芸と融合させ、銀の腕輪や耳飾りに青いターコイズをはめこんだ新しいタイプの宝飾品を生み出した。
19世紀半ばに、中西部とニューメキシコ州が鉄道で結ばれると、州のターコイズと先住民の工芸品は多くの観光客やトレジャーハンターの目に留まり、土産物としての需要が高まった。
「西部へ気軽に旅行に行けるようになり、旅先でシルバーとターコイズの腕輪やベルトを着けたナバホ族を見て、訪れた人々は興味を抱きました。それがきっかけで先住民の手工芸品ビジネスは急成長し、職人たちは伝統を後世へ残すことができたのです」と、スウェンツェル氏は言う。
思い出の一品を買うなら
職人や買付人は、硬度や色を向上させる加工が施されていない天然の石を好む。しかし、天然の石は法律によって取り締まられているため、購入する場合は保証書があるかどうか確認することが望ましい。加工されたからといって偽物であるとは限らないが、天然石の方が価値が高く、真正であると考えられている。
「人の手が加えられていない天然の石は、母なる大地によりしっかりとつながっています」と、マスケット氏は言う。「柔らかい石は細工に影響を及ぼしますが、もし壊してしまっても、粉にして祈祷に使うことができます」
サンタフェで毎年8月に開催される「インディアンマーケット」では、数百人もの先住民の手による陶芸品、宝飾品、織物の品評会が行われる。そこへ、熱心なコレクターたちも、ターコイズを求めて集まってくる。
だが、ニューメキシコ州で思い出に残るターコイズを購入したいなら、サンタフェにある総督邸の軒先や、アルバカーキのインディアン・プエブロ文化センターの中庭で毎日販売している先住民職人から直接購入するのがいいだろう。職人たちは、自分たちの技術と伝統について詳しく話をしてくれるはずだ。
「ニューメキシコ州を訪れた人々は、いかに自然が私たちの文化に織り込まれているかを見て、その一部を手に入れたいと願います」と、マスケット氏は言う。「この地球の小さな欠片を購入し、身に着けてみると、平穏と心の安定を手に入れることができるかもしれません」
文=JENNIFER BARGER/訳=ルーバー荒井ハンナ
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/22/021000063/?P=1
ナショナルジオグラフィック2022.02.24


米国ニューメキシコ州サンタフェにあるシップロック・ギャラリーの宝飾品。同州の先住民は、ターコイズ(トルコ石)を使った宝飾品で知られている。(PHOTOGRAPH BY WENDY MCEAHERN, SHIPROCK SANTA FE)
「魅惑の地」と呼ばれる米国ニューメキシコ州には、鮮やかな青があふれている。
同州最大の都市アルバカーキでは、市バスや街灯、日干しレンガの家の扉までもが、ターコイズブルーのペンキで塗られている。そこから北東へ車で1時間ほど行った州都サンタフェでは、16世紀に建てられた総督邸の軒先で、ナバホ族とズニ族の職人たちが、ターコイズ(トルコ石)で作られたジュエリーを売っている。州のどこへ行っても、普段着から夜会ドレス、先住民の儀式衣装など、あらゆる場面の装いに、人々はターコイズをはめ込んだ銀のブレスレットを合わせる。
「先住民にとってターコイズは、単なる石というだけでなく、聖なる存在なのです」と、サンタフェにあるアメリカインディアン美術大学の先住民教養学教授ポーター・スウェンツェル氏は言う。「採掘し、加工することによって、石はさらに深い意味を持つようになります」
ニューメキシコ州の先住民社会では、ターコイズは文化の一部であると同時に、商品として取引されてきた長い歴史を持つ。サンタフェにあるバーティ・インディアン・アート・ギャラリーのオーナーで、先住民の宝石作家に関する本をいくつか執筆しているマーク・バーティさんは言う。
「ニューメキシコ州は、ターコイズ工芸と商業取引の中心地です。サンタフェは、昔から交易路が交差する町として発展してきました。ですから、この町にはターコイズがいたるところにあるのでしょう」
ターコイズとは何か
水酸化銅アルミニウム燐酸塩、すなわちターコイズは、酸性の水が銅に接触する場所で形成される。米国南西部のアリゾナ州、コロラド州、ネバダ州、カリフォルニア州南部、ニューメキシコ州で産出するほか、ロシアや中国、イランでも見つかっている。「ターコイズ(turquoise)」というフランス語の語源はそのまま「トルコの石」という意味だが、現代のトルコでターコイズはほとんど見つかっていない。
色は、白亜から均質な青、クモの巣状の模様が入った青緑など様々あり、硬さは米国宝石学会の定めるモース硬度で10段階中5~6に位置付けられている(ダイヤモンドの硬度が10)。
ターコイズ採掘の歴史
6世紀には既に、米国南西部の古代プエブロ人たちが、簡単な道具を使ってターコイズを採掘し、ビーズやペンダントなどの宝飾品に加工していた。ニューメキシコ州北部のチャコ・キャニオンからは、20万個以上ものこうしたターコイズが見つかっている。ここで発見された石造りの墓には、14人の遺骨とともに、ビーズや小さな彫刻など数多くの宝物が埋葬されていた。(参考記事:「古代プエブロに母系支配者、「世襲」の起源に光」)
現在この場所は、チャコ文化国立歴史公園として、ユネスコの世界遺産に登録されているが、出土品はアルバカーキにあるマクスウェル人類学博物館やニューヨーク市にある米国自然史博物館に所蔵されている。
一部のターコイズは分析の結果、アルバカーキとサンタフェを結ぶ「ターコイズ・トレイル」の中間に位置するロス・セリロスという小さな村で採掘されたものであることがわかった。「はるか昔、ターコイズ・トレイルは北と南を結ぶ交易路でしたが、今では景観が美しい田舎道となっていて、ターコイズはもうほとんど残っていません」と、スウェンツェル氏は言う。
現在、ロス・セリロスも含め、ニューメキシコ州のターコイズはほとんど採り尽くされてしまった。20世紀初頭に、既に資源が枯渇して閉鎖された鉱山もあるが、その他の鉱山はより利益の高い銅の採掘に切り替えられた。
現在売られているターコイズは、数十年も前に採掘されたものばかりだ。ニューメキシコ州を拠点に活動する先住民アーティストは、地元産のターコイズだけでなく、アリゾナ州やネバダ州、ロシアから石を取り寄せることもある。
「最近では、ニューメキシコよりもメキシコや中国産の方が多いです」と、アルバカーキにあるターコイズ博物館の創立者で学芸員のジョー・ドン・ロウリー氏は言う。「ここでは、以前から採掘よりも工芸の方が盛んでした」
スペインの銀細工と融合、19世紀に人気に
ニューメキシコ州には、プエブロ族、アパッチ族、ナバホ族など23の先住民族が暮らしている。その職人たちは、数百年の間、ターコイズを使って宝飾品や工芸品を作ってきた。スタイルは多岐にわたり、例えばケワ族は、ターコイズを削って円盤状の小さなビーズにしたり、ズニ族は貝殻にちりばめたりする。
宝飾品やオブジェは、特別な日に身につけたり、儀式で使ったりし、商品として取引された。「あなたが先住民であれば、ターコイズはあなたの遺産の一部です。あらかじめそう定められているのです」と、ニューメキシコ州ギャラップに住み、宝飾品や織物を作るナバホ族のモリス・マスケットさんは言う。「ナバホ族にとってそれは、霊的庇護と祝福を表しています」
16世紀に、スペインの入植者たちによって米国南西部に銀細工がもたらされると、先住民はこれを自分たちの伝統工芸と融合させ、銀の腕輪や耳飾りに青いターコイズをはめこんだ新しいタイプの宝飾品を生み出した。
19世紀半ばに、中西部とニューメキシコ州が鉄道で結ばれると、州のターコイズと先住民の工芸品は多くの観光客やトレジャーハンターの目に留まり、土産物としての需要が高まった。
「西部へ気軽に旅行に行けるようになり、旅先でシルバーとターコイズの腕輪やベルトを着けたナバホ族を見て、訪れた人々は興味を抱きました。それがきっかけで先住民の手工芸品ビジネスは急成長し、職人たちは伝統を後世へ残すことができたのです」と、スウェンツェル氏は言う。
思い出の一品を買うなら
職人や買付人は、硬度や色を向上させる加工が施されていない天然の石を好む。しかし、天然の石は法律によって取り締まられているため、購入する場合は保証書があるかどうか確認することが望ましい。加工されたからといって偽物であるとは限らないが、天然石の方が価値が高く、真正であると考えられている。
「人の手が加えられていない天然の石は、母なる大地によりしっかりとつながっています」と、マスケット氏は言う。「柔らかい石は細工に影響を及ぼしますが、もし壊してしまっても、粉にして祈祷に使うことができます」
サンタフェで毎年8月に開催される「インディアンマーケット」では、数百人もの先住民の手による陶芸品、宝飾品、織物の品評会が行われる。そこへ、熱心なコレクターたちも、ターコイズを求めて集まってくる。
だが、ニューメキシコ州で思い出に残るターコイズを購入したいなら、サンタフェにある総督邸の軒先や、アルバカーキのインディアン・プエブロ文化センターの中庭で毎日販売している先住民職人から直接購入するのがいいだろう。職人たちは、自分たちの技術と伝統について詳しく話をしてくれるはずだ。
「ニューメキシコ州を訪れた人々は、いかに自然が私たちの文化に織り込まれているかを見て、その一部を手に入れたいと願います」と、マスケット氏は言う。「この地球の小さな欠片を購入し、身に着けてみると、平穏と心の安定を手に入れることができるかもしれません」
文=JENNIFER BARGER/訳=ルーバー荒井ハンナ
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/22/021000063/?P=1