ヤマノイモ の蔓が絡まった枝を 冬至の弱い日射しが照らしている。
もうほとんど種子を旅立たせてしまったから「実」とは言えないかもしれない。
でも まだ莢の中に残っている種子も見えるから少し甘く見て「実」と言うことに。
いろんな蔓が絡み合ったその向こうには越後駒ケ岳が望めた。
ヤマノイモ の果実は面白いカタチをしている。
丸い莢が三つ 上から見ると(下から見ても)Y字型に並んで一つの果実になっている。
丸い莢は熟すと合掌した掌を開くように口を開け中から翼を持った種子一つを風に乗せる。
冬枯れとはよく言ったものだ。春の葉に先駆けて咲くあの赤紫の花の色はどこに行ったんだろう。
降雪を見てようやく実った実は薄汚れた莢のなかで黒くなっているだろう。
幹から噴き出すように咲く花の芽はやっぱり幹に直接着いている。
花芽も小さいが葉芽はもっと小さい。
小さくて目立たないことが春まで身を守るためには有効なんだろう。
エゴノキ の実がまだ枝に残っている。
雪降り前にほとんど落ちたんだが 成熟の遅かった実が頑張っているのだろう。
ちいさな樹なんだが スズメ や ヤマガラ などの格好の餌場になっている。
煤けたような薄汚れた実だが・・・。
中味は明るい茶色の実だ。
枝の下には小鳥たちの宴の跡。
久しぶりに青空が広がった。
積雪は30cm程になっている。
まだ咲かずに雪の中に埋もれてしまった寒菊を切るついでに ユキツバキ を覗いてみた。
春を待ちきれないのか雪囲いの中で咲いている一輪があった。
後を追うような蕾もひとつ。
初雪の降る前の小春日和に 北魚沼と南魚沼を分ける峠に 首なし地蔵を訪ねた。
杉木立の中に鎮座されている地蔵尊には冬にならないと陽は当たらない。
この日はちょうどいい具合に陽が射していた。
軽く手を合わせるだけの参拝をして付近をキョロキョロしながら歩いてみた。
すると まだ緑の葉のままの イカリソウ の株がいくつか見えた。
冬に葉が枯れないならば トキワイカリソウ だが jokichi のアタマではこの辺は
イカリソウ だけで トキワイカリソウ も キバナイカリソウ も無いことになっている。
軽く手を合わせただけの参拝だったんだが首なし地蔵尊が教えてくれたんだろうか。
そうだったら ご利益・ご利益 だが来春の開花期に再訪して見るまでは即断できない。
余談だが 山野に祀られている神仏は不思議な霊力を持っておられる。
二十数年前のことだが 道もない里山の山頂に祀られている祠を見つけ合掌したことがある。
その祠からの帰路 落葉を掻き分けて咲くピンクの花弁の オオミスミソウ に出会った。
見たいみたいと思っていた 初めて見る自生の オオミスミソウ だった。
訪れる人の絶えて久しかった祠の祭神が jokichi に与えてくれたご利益に違いない。
杉木立の中に鎮座されている地蔵尊には冬にならないと陽は当たらない。
この日はちょうどいい具合に陽が射していた。

軽く手を合わせるだけの参拝をして付近をキョロキョロしながら歩いてみた。
すると まだ緑の葉のままの イカリソウ の株がいくつか見えた。
冬に葉が枯れないならば トキワイカリソウ だが jokichi のアタマではこの辺は
イカリソウ だけで トキワイカリソウ も キバナイカリソウ も無いことになっている。

軽く手を合わせただけの参拝だったんだが首なし地蔵尊が教えてくれたんだろうか。
そうだったら ご利益・ご利益 だが来春の開花期に再訪して見るまでは即断できない。
余談だが 山野に祀られている神仏は不思議な霊力を持っておられる。
二十数年前のことだが 道もない里山の山頂に祀られている祠を見つけ合掌したことがある。
その祠からの帰路 落葉を掻き分けて咲くピンクの花弁の オオミスミソウ に出会った。
見たいみたいと思っていた 初めて見る自生の オオミスミソウ だった。
訪れる人の絶えて久しかった祠の祭神が jokichi に与えてくれたご利益に違いない。