はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

風より雨を

2009-10-07 18:11:28 | はがき随筆
 かすかに木の葉が揺れる。風がある。たしかにもうすぐコスモスが風に揺れるころなのに、また今朝、灰がつもっているし朝から噴く。やわらかい葉に灰がつもり、日射を受けて葉は縁を焼いてちぢれてしまった。
 この灰に必要なのは大雨だ。風が吹くとかえって吹きまくり、空気中に絶えず浮遊して呼気を汚しています。降灰の微粒は地中で消却されているので、木の葉に小雨じゃ塗りついて取れはしない。
 要は雨への期待だけだ。
 なぜ降らないの。雲がないから。雲をつくる願いが雨ごいだったのか。
  鹿児島市 東郷久子(75) 2009/10/7 毎日新聞鹿児島版掲載


自分の後始末

2009-10-07 18:01:33 | はがき随筆
 2度目のペースメーカーの手術を終えて退院する日に、元気だった夫が急逝した。
 私はパニックに陥り、体の自由も失った。歩行困難と激しい腰痛……。葬儀は介助してくれた人々のおかけで車いすに乗って何とか終え、一周忌に納骨することもできた。ただ1人暮らしの重度障害者で、左手は肩の高さまでしか上がらない。何でも右手だけでするが、物を落として壊すこともある。歯がゆい。
 80歳という年も考え、自分の後始末をつけておかねばと、4月下旬に広島の妹夫婦に来てもらい、一緒に司法書士を訪ねて遺言状の作成を依頼した。その面倒な手続きに驚き戸惑ったが、何とか公正証書が出来上がった。
 健常な心を持つ今の状態 ▽認知症の気配が感じられた時 ▽死後──その3期にわたる説明と文書の確認が求められた。迷惑をかけたくないので尊厳死宣言公正証書を追加した。献体をし、葬儀、埋葬、供養は不要とした。書類を提出し、公証役場を出た時は、何とも言えない不安と寂しさに食事ものどを通らなかった。
 土地家屋は自分が処分したいが、思うようには進まない。すべてを背負う妹には申し訳ない気持ちでいっぱいだ。現在体調が悪く呼吸困難を感じる時もある。そんな私を励まそうと常に電話をくれる優しさに救われている。
 ありがとう。迷惑をかけてごめんね。
 鹿児島県薩摩川内市 上野昭子・80歳 2009/10/7 毎日新聞の気持ち欄掲載

風の若おかみ

2009-10-07 17:47:59 | はがき随筆
 いつもさわやかなYさん。彼女には「風の若おかみ」という愛称がよく似合う気がする。
 音楽仲間の、かけがえのない一 人、Yさんは私と同じ街の、ある味噌・しょうゆの製造、販売業者の若おかみさんだ。
 電話すると、ほとんど配達するトラックの運転中。かけ直すことが多い。あの細腕で’、朝早くから、あんなに重たい商品をよくも軽々と、出水市と阿久根市の十何軒も配達できるものだ、と驚嘆させられる。
 彼女の応対の声は、いつも軽やかですがすがしい。もちろん、美しい歌声はよく響く。
 Yさんは、まるで風のよう。
  出水市 小村忍(66) 2009/10/6 毎日新聞鹿児島版掲載

小児科の病室で

2009-10-07 17:40:41 | 女の気持ち/男の気持ち
 長男が小Iの時、急性腎炎で入院した。子供部屋は中学生まで8入。一番小さな4歳のK君は母親がいつも一緒だった。消灯後、K君が休んだのを見届けてから自宅に帰られ、翌日朝早く来られていた。
 ところがその日、母親は一日中姿を見せず、消灯前になってやっと父親が来院
した。
 「お母さんは」と待ちわびていたK君。「今日は来ない」「どうして?」「どうしても」。とうとう「お母さん、お母さん」と泣きだした。父親は「泣くな。早く寝ろ」としかりつける。シーンとした部屋で泣き声と父親の怒る声だけが響く。
 「静かにしてください。ここは病室ですよ」と言う勇気が私にもない。怒る声、泣き声……。
 よし! やっと決心して父親のそばまで行った。ジロッとにらまれ、身がすくんだ。強い口調で「静かにしてください」と言うつもりだったのに、出た言葉は「大変ですね」。自分でも驚くほどの優しい声だった。
 「K君、お母さんは明日早く来るよ。目を覚ましたら待っているよ。もう来たのとびっくりするくらい。今日はお父さんに帰ってもらおうね」
 そう言うと「うん」とうなずいた。父親は「お願いします」と帰られた。
 憤慨していたのにどうしてあんな言葉が出たのだろう。あの時、カッとなった感情のまま声を発していたらどうなっただろうと、今でも思う。
  福岡県嘉麻市 広瀬須代子・69歳 2009/10/6 毎日新聞の気持ち欄掲載