はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

咲いた

2010-05-02 18:29:17 | はがき随筆
 えっ、それは確かにあのシクラメンだった。
 去年、鉢植えのシクラメンを畑の片隅に植えかえた。鉢植えのシクラメンは、いつも一年で終わってしまう。育つだろうか、枯れてしまうだろうか。たくましく生きよ。
 そんなこんなでもう忘れかけていたら、何と立派に根付き、小さな赤い花を八つも咲かせていた。葉の数は大小さまざまで十枚。水仙が青々と葉を茂らせて、その周りを囲んでいる。まるでシクラメンを守り励ましているかのように─。畑の片隅でひっそりと生きているシクラメン。健気で美しい。
  出水市  山岡淳子(51) 2010/5/2 毎日新聞鹿児島版掲載 
写真はselaさん






2度目のプロポーズ

2010-05-02 17:55:35 | 女の気持ち/男の気持ち
 1時間20分車を走らせる。若年アルツハイマー病で入院している夫に会うために。夫は私を見つけると、うれしそうに「よく来たなあ」と言う。涙を流すことさえある。今日は「一緒になろう」と言った。2度目のプロポーズだ。
 I度目は30年前。それはもううれしかった。昨日のことのように覚えている。2度目の「一緒になろう」は退院して家に帰ろう、一緒に暮らそうという意味だ。夫は病気のせいで適切な言葉が出てこない。医師からはもう自宅に帰るのは無理と言われており、夫の言葉はうれしくて悲しく、複雑な思いで聞いた。
 病気は初めゆっくり進んだ。その間に旅行や岐阜に住む義姉に会いに行った。やがてJRも飛行機も無理になった。夫は介護サービスを嫌がり、私以外はすべて拒んだ。生活は凄まじいものになっていった。
 夜間せん妄を頻繁に起こすようになった。まるで夢を見ているように暴れ出す。突然暴力も出る。私に手をあげたことなど一度もなかったのに、病気のせいなのだ。私は夜が不安になり、眠れなくなった。
 息子が「もう無理。病院に入れよう」と背中を押した。これで楽になれると思ったが、違った。私は入院させてしまったと自分を責めた。ますます眠れなくなり、苦しい日々が続いた。
 夫はまだ私が分かる。それが一番うれしい。一日でも長く続きますようにと、私は祈る。
  山□県下関市 本島由紀子・57歳 2010/5/1毎日新聞の気持ち欄掲載






私は眠れない

2010-05-02 17:52:19 | はがき随筆
 食品工場帰りの二十歳前後の美人と擦れ違う。あいさつをする私を一顧だにせず、地べただけを見つめ歩く。その表情に生気がなく、我が家の米寿のばあさんよりひどい。
 擦れ違うようになり二ヵ月。ど素人の私の見立てでも彼女は重症だ。あいさつに一言付け加えて、きっかけを探る私に糸□をください。
 死に神を背負う生きるしかばねと、今日も出会う。若さあふれる笑顔を、どこに忘れなさったと。耳打ちしてよ、私が取りに行くから。どげんもこげんも八方ふさがりに、彼女は眠れるか。私は二ヵ月も眠れない。
  出水市 道田道範(60) 2010/5/1毎日新聞鹿児島版掲載