はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

今日のタイサンボク

2010-05-25 21:43:35 | アカショウビンのつぶやき
今朝見ると、花びらのみずみずしさがなくなっています。
これじゃダメだ

仕方がないので、無理矢理に花びらを広げて写真に収めました。
直径24㎝。ほんとに大きいなあ

涼しげな香りはありますが、やっぱり花瓶で咲かすのは無理でした。

花咲かババちゃま、失敗の巻。

的は敵

2010-05-25 20:29:38 | ペン&ぺん
 「解党的出直しをしなければなりません」
 そう土井たか子が言った。それが私の失敗の始まりだった。
 1995年から96年にかけての自社さ政権。社会党(96年1月に社民党に党名変更)は解党し、新しい党をつくることを模索していた。新党運動の中心に久保亘がいた。党書記長で、鹿児島選出の参院議員。そして私は鹿児島支局記者だった。
 土井の講演は鹿児島で行われ、私が取材した。講演の前半は、党の置かれていた厳しい現状、つまり与党内で埋没しかねないこと、時代の変化、民意の移り変わりに党のあり方が十分に追いついていないことを説明していた。そうした話は地元の久保も何度も演説し、講演し、党の県組織の大会などで語っていた。要するに、この党は今のままではいけない、と。
 久保は「だから解党し、新たな民主リベラル勢力を結集し直すべきだ」と訴えていた。
     ◇
 講演を聴き終わり、短いメモを書き、東京・官邸クラブにFAXした。そのメモには冒頭の「解党的出直し」という言葉は抜け落ちていた。余りにも当然のことに思えたからだ。
 翌朝、他紙を見て、がく然とした。「土井氏、新党を否定」という大きな見出し。要するに新党運動を進める久保の地元に土井が乗り込み、講演で新党を否定したという記事だった。
 「解党的出直し」は、いわば当てこすり。解党はしない。新党もなし。この党は出直すんです。そういう意味だった。政治家の言い回し、含意に対する敏感さに欠けていた。
 あれ以来である。的という言葉は私の敵になった。
     ◇
 連立政権内で、普天間移設問題は、どう決着するのか。「5月末期限」が宙に浮く。与党・社民党のあり方が再び問われている。(文中敬称略)
 鹿児島支局長・馬原浩 2010/5/24 毎日新聞掲載

本場の味

2010-05-25 20:03:54 | はがき随筆
 ぼくたちの旅では、食べる楽しみを度外視しては計画が立たない。そしてついに食べることが目的地になる。
 中華料理を本場で食べようと向かった先が台北市。着いたその夜ホテルのレストランに陣取り、豚肉、鳥肉の炒め物でビールの乾杯。その後3日間中華三味となるが、期待の味とはちょっと違う。辛さは苦にならないが、独特の香辛料の香りと味付けの濃さが口に残る。日本の味、いや家内の味に順応した報いかしら。
でも異国情緒と至宝を目の当たりにした感動は、味覚に替えがたい味わいである。
  志布志市 若宮庸成(70) 2010/5/25 毎日新聞鹿児島版掲載

もう一人娘が

2010-05-25 08:16:43 | はがき随筆
 「父ちゃんを一人にしておくのが心配だ」
 「あなたの痛みを見るのが忍びない」
 夫婦でいろいろと話し合い、結局、妻はひざを手術した。2ヵ月余りの入院生活。一人でも大丈夫と思っていたが、何やかやとあり、ついにお手上げ状態に。
 娘が川崎から帰って来てくれて、助かった。妻の介護、炊事、洗濯、目まぐるしく動いてくれた。2ヵ月余り続いた介護。済まない気持ちでいっぱいになった。
 もう一人娘が欲しかったと思うことしきり。
  薩摩川内市 新開譲(84) 20105/24 毎日新聞鹿児島版掲載