はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

あのスタンドへ

2010-05-19 16:58:29 | ペン&ぺん
 多くのサポーターの記憶に残り、語り継がれるシーンや試合がある。例えば、前回W杯で日本が決勝トーナメント進出を逃し、ピッチに座り込む中田英寿の姿(2006年6月)。マリノスとの合併でチームが消えることが決まっていた横浜フリューゲルスが逆転勝ちを決めた天皇杯決勝(1999年1月)。野球で言えば、長嶋茂雄がサヨナラ本塁打を放った天覧試合のようなものだ。
 その意味では、08年11月のナビスコ杯決勝は日本のサッカー史に残る試合ではない。だが、歴史に残らぬ試合が人の人生を左右することもある。
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 その日の対戦は、大分対清水。前半、清水の攻撃を0点に抑えた大分が後半、高松、ウェズレイのゴールで2点を挙げ、快勝した。東京・国立競技場に詰めかけた観客は4万4723人。その1人に当時39歳で東京に住んでいた東理香(ひがしりか)がいた。
 スタンドは半分以上、大分のブルーのユニホーム姿のサポーターで埋まった。約1000㌔離れたホームから空路駆けつけた人。東京在住の大分県人会関係者など。オレンジ色の清水サポーターを数の上でも″運動量″でも圧倒していた。
東は大分県出身ではない。だが、同じ九州出身者として大分を応援していた。そして、思った。「これを、やりたい」。ほどなく東は郷里鹿児島へ戻った。もう一度、あのスタンドに、今度は仲間とともに戻るために。
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 今、東はFCカゴシマをサポートする「鹿児島をスポーツで元気にする会」のオフィシャルカフェにいる。カフェと言っても、ワインバーを昼間だけ間借り。チームは昨年、運営会社を設立したばかり。初の公式戦は今月23日、鹿児島市のふれあいスポーツランドで行われる。「夢は、大きく天皇杯優勝です」と語る東にとっても初戦だ。
    (文中敬称略)
 鹿児島支局長・馬原浩 2010/5/17 毎日新聞掲載