はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

朝晴れ

2010-11-10 14:26:58 | はがき随筆
 <気づいたら即行動>がいつか妻との約束事になっている。
 今日も妻より早く起きて、妙に多い洗濯物を見てしまう。洗濯機にセットして台所へ行く。お湯を沸かし朝食の準備を終わり庭へ出る。落葉を掃き終わると、もう洗濯機が呼んでいる。
 シャツ類を竿に干す。次はいつものやつだ。パンツ類を数枚、四角い物干しハンガーの中央にほす。上下がわからん妻のパンツの配置を考え、タオルを横長にしてパンツらを取り囲む。「うん、よし!」。立体作品自称<ローマの休日>完成だ。
 見上げると<ローマの休日>は、朝日に輝いていた。
  出水市 中島征士 2010/11/10 毎日新聞鹿児島版掲載

マイはし初めて挑戦

2010-11-09 23:58:54 | 岩国エッセイサロンより
2010年11月 9日 (火)
    岩国市   会 員    貝 良枝

 「カチャカチャ」。マイはしをパッグに入れた時の音を「恥ずかしいかなあ」と思いつつも、廿日市市であった「中国新聞ちゅ― ビーまつり」に出掛けた。

 最近は、テレビなどでもマイはしを使っている人を見る。でも、実際にはしを持って行ったことはなかった。

 後押ししてくれたのは6 日付広場欄の投稿「宮鳥清掃 夫婦で参加」。読んでいなかったら持って行かなかっただろう。

 会場で友達と焼きガキを食べる時、バッグからはし箱を取り出し、カチャカチャと鳴らし、「マイはしがありますから、はしはいいです」と断った。祭りの雰囲気の中では少しも恥ずかしくなかった。

 友達が「いつも持っているの」と聞く。そこで新聞の投稿の話をした。それには「ごみを出さないことこそ本当のエコ・・・エコは日々の積み重ね」とあった。それが広がっていけば、もっとエコになるだろう。

 投稿文から私へ、私から友達へ、友達からその友達へー。マイはしをバッグに入れて出掛ける人が増えるといいと青空の下で思った。

  (2010.11.09  中国新聞「広場」掲載)岩国エッセイサロンより転載

幸せに老いるとは

2010-11-09 19:39:04 | 女の気持ち/男の気持ち
 共働きのため、わが家の3人息子は義母が大きくしてくれたようなものだ。
 その義母の81歳の誕生日の少し前、市外に就職した次男が帰省して、家族で誕生祝いをした。バースデーケーキを囲んで、歌をうたい記念写真を撮り、いよいよロウソクを消そうとした義母を、息子たちが「おばあちゃん、ロウソクをを消すとき入れ歯を飛ばさんでよ」とちゃかす。義母も「そんなことせんよ」と言いながら、本当にそうなったらと心配なのだろう、慎重に何度も息を吹きかけて消そうとし、皆の笑いを誘う。
 就職した息子から思いがけずピンクの花柄のかわいいパジャマをプレゼントされ、うれしそうに「どこに着ていこうかねえ」とおどける義母。また笑いの輪が広がった。
 男の子ばかり3人の孫を育てる時は、いろいろ大変なこともあったろう。それでも子や孫に囲まれ、ハハハと笑う義母を見ていて、これまで一生懸命育ててきたからこそ、今のような関係ができたのではないかと感じた。
 近年、体のあちこちが衰え、81歳の誕生日からデイサービスを利用するようになった義母。それでも顔に笑みが絶えることはない。
 縁や絆の薄れが社会問題として叫ばれる中で、義母は幸せな老方をしているのだろう。それがこれからも続くよう見守っていきたい。そして私もそんなすてきな老い方ができたらいいなと思う。 
  島根県益田市 原 典子 2010/11/5 毎日新聞の気持ち欄掲載

監視員を終えて

2010-11-09 19:32:56 | はがき随筆
 かごしま健康の森公園プールの監視員の仕事は心に残る貴重な体験となった。母の熱心な教えを守り懸命に泳ぐ息子。イタリア人女性と結婚、古里を忘れぬようにと3年ごとに帰国し子どもを連れて来る。この家族を見守る祖父母の温かい視線。老若男女の常連は、機能老化防止、体力回復、体力強化に励む。
 安全第一がモットーであったが、親子の絆、家族の愛情、老後の大切さなど多くを改めて学ぶことができた。
 私の余生の新たな道しるべとなった仕事に感謝の念でいっぱい。さらに70歳まで働く意欲がみなぎってきた。
  鹿児島市 鵜家育男 2010/11/8 毎日新聞鹿児島版掲載

悠玄君

2010-11-09 18:14:06 | はがき随筆
 「悠玄」。今年7月14日誕生した曾孫である。男らしい名とか、古いとか耳にしたが、ふと玄界灘の1字を貰ったのではないかと思った。
 嫁さんの実家が福岡県糸島市である。朝夕眺めた海にまつわる元寇の話。元が文永11年と弘安4年、我が国に攻めて来た。このとき玄界灘の荒海が、神風と共に元の大軍を散々な目に遭わせ、彼らは、ほうほうの体で退散して行った。国を守った男らしい海。
 先月博多で初対面し思わず「西郷さんみたい」と言ってしまった。悠玄君、家族や社会を守る人になってね。
  鹿屋市 徳永ナリ子 2010/11/7 毎日新聞鹿児島版掲載

ファンタジックと虹

2010-11-09 16:58:23 | はがき随筆
 花屋で花を買っていると、虹が出ていると知らされた。空を見あげると「ああっ、きれい」と思わず声を発した。弧を描いた大輪の花火が咲いたさま。ビルの谷間にかかった虹は七色に彩られ、鮮明で美しい。ほのぼのとした空間。虹をじっと見つめていると吸い込まれそうだ。
 孫息子らが両手を広げて、かけ巡っている。あどけない姿が浮かぶ。まぶしい夢の世界へはじゃぎ舞っている。ファンタジックな虹。幼少期、山にかかった虹を見ると心が躍った。にわかの気象現象は神秘的で幻想的だ。虹には幼少期の楽しい夢が懐かしく浮かぶ。
  姶良市 堀美代子 2010/11/6 毎日新聞鹿児島版掲載

会員勧誘にと

2010-11-09 16:52:50 | はがき随筆
 意識もせずに「はがき随筆」を読む。会員の投稿が少ないのか、この1ヶ月では10人にも満たない。掲載作品を熟読されているのだろうか。
 新しい投稿者が、こんなに多かったのか。会員外の方に「会員勧誘」のはがきを投函する。2人の新加入があった。会員拡大に小さいながらも手応えを感じている。今後も投函は続く。3人4人と新加入を期待している。
 九州一の毎日ペンクラブ鹿児島を目指している。中身の充実、会員拡大が「はがき随筆」の発展に結びつくだろう。
  出水市 岩田昭治 2010/11/5 毎日新聞鹿児島版掲載

落盤事故

2010-11-09 16:45:20 | はがき随筆
 地球の裏側から、地中に取り残された33人全員生還とのうれしいニュースが届いた。
 かつて通っていた高校は、近くに炭鉱があり、鉱山労働者の子どももクラスにいた。「炭坑の生徒は自宅に帰りなさい」。校内放送で女教師の震えた声が2度3度繰り返された。炭坑が閉山された。どんより曇った日だったと高2の記憶にある。
 子どものころ、落盤事故がよく新聞に載った。2次災害を防ぐため坑道は水でふさいだ。生死も不明な者が地底にいるのに実行された時もある。まだそこにある彼らの魂は、今でも救出の希望を抱き続けているのでは。
  高橋誠 2010/11/4 毎日新聞鹿児島版掲載

種子島珍百景

2010-11-09 16:38:12 | はがき随筆
 ここのところ寝つきが悪く寝不足というカミさん。猛暑が少し収まった日、布袋様と大きな岩を見に行きたいと言い出す。ロケット「みちびき」の打ち上げを、どこで見たのか翌日確かめに行き、帰り道で発見した代物だ。
 長谷公園からの絶景を堪能、そしてお目当ての布袋様に手を合わせ「ここには、お屋敷があったのかしらね」と想像を膨らませる。私がおばあさんの笑顔に見立てた岩は「神様が西之表に行く途中でしたウンチよ。珍百景に応募したら?」という。
 「応募済み」と伝えると「よし、よし」と機嫌が直った。
  西之表市 武田静瞭 2010/11/3 毎日新聞鹿児島版掲載

偶然の力

2010-11-09 16:32:56 | ペン&ぺん
 「どこにいるんです、支局長。抽選で選ばれてますよ」
 記者からの電話に焦りを感じた。2日、鹿児島地裁であった夫婦強盗殺害事件の初公判。傍聴希望者が多く、抽選となった。傍聴席を確保するため、私も朝から長蛇の列に加わった。
 ふと、わきを見ると知り合いの大学生がいた。「傍聴するの?」と尋ねた。彼女いわく「別の新聞社のアルバイトです。並んで抽選に参加するだけ」。同業他社はアルバイト30人を投入。我が社は記者全員を並ばせたが、多勢に無勢。
 そもそも私、クジ運が悪い。宝くじで当たった試しがない。初詣のおミクジでも「大吉」を引いた年はない。
「そう言えば中学の時、生徒会長に立候補し落選した。選ばれぬ者だな」
そんなことまで思い出し、整理番号を記者に伝えた後、ハンバーガー店へ。絶対に当たらないとタカをくくり、ポテトをほおばっていた。
 「午前9時半までに、傍聴券を受け取ってください」
記者から2度目の電話。残り10分弱。地裁まで全力疾走。傍聴券を入手し記者に渡した。
 思いつきで、バイトの学生にメールする。
「こっちは選ばれた。そっちは?」
彼女の返事。
「参加した友だち6人も全員ダメ。でも、ハズレでもバイト料は出るのでオッケー。記事、楽しみにしています」 
    ◇
 ちなみに、学生に人気の日本のロックバンド、バンプ・オブ・チキン。その歌詞に、もし、君が選ばれなかったとするならば、君の方から選びに行けば良い、という意味の言葉があったと思う。
就職活動で会社を選んだり選ばれたり。選挙で候補や政党を選んだり。恋愛や結婚の相手を選んだり選ばれたり。言いあぐねていたことを伝えようとして言葉を選んだり。人生の選択は数多い。
 何事も、気合いと根性、それに偶然の力である。
 鹿児島支局長・馬原浩 2010/11/8 毎日新聞掲載

毎日ペンクラブ鹿児島・研修会

2010-11-07 22:23:34 | 受賞作品


毎日ペンクラブ鹿児島の研修会でした。

まず、第2回毎日ペンクラブ賞の発表です。
この賞は、毎日ペンクラブ鹿児島が創設した賞なんです。
今年は、鹿児島市の高野幸祐さん、鹿屋市の伊地知咲子さんが選ばれました。
おめでとうございます。





続いて講演会です。講師は毎日新聞・鹿児島支局長 馬原浩氏
「話し言葉・書き言葉」と題してお話下さいました。



研修会終了後に各地区ごとに別れてミーティングです。
大隅地区は年に2回の勉強会を今後も続けていくことに決まりました。



by アカショウビン


「ネコババせんよ」

2010-11-06 22:46:12 | 岩国エッセイサロンより


2010年11月 5日 (金)
岩国市  会 員   吉岡 賢一

85歳まで電卓片手に現役を通した母。引退から10年たっても、他人の世話になるデイサービスを嫌がった。「仕事に行くつもりで行けばいいじゃ」と勧め、渋々、週2回通い始めた。

「今日はタオルを畳む楽な仕事じゃった」とうれしそうに報告する。そのうち「給料はいつくれるんや?」と真顔で私に聞く。頭の回転が少しずれてはいても「仕事をすればお金になる」という欲の皮は健在だ。

さんずの川の船頭さんにおひねりの一つもあげたかったのかな。101歳で逝った母。間もなく三回忌を迎える。
(2010.11.05 毎日新聞「はがき随筆」掲載)岩国エッセイサロンより転載 写真はyattaro-さんより


『ツルを八代盆地に勧誘したい』

2010-11-04 21:19:14 | 岩国エッセイサロンより
2010年11月 3日 (水)
     岩国市  会員   安西詩代

 10月27日朝、待ちに待ったナベヅル4羽が山口県の八代盆地に飛来した。数日前、八代小学校の児童たちが「つるよ来い来い集会」をして、空に向かって全児童24人が「つるよ来い!早く来い」とかわいい声で叫んだ。こんなにいとしい思いでつるを待ってくれるくれているところがあるだろうか。1羽増えるたびにニュースとなり、八代盆地の住民ばかりでなく多くの県民が、「今年は昨年(越冬数は7羽)より多く飛来して」と願っている。

 鹿児島県の出水平野には毎年、多すぎるぐらいのツルが飛来する。私にツルの言葉が話せたら、「あなたたち、八代盆地にいらっしゃい。エサ場もしっかり造ってあるし、すごく住みやすい所よ」と、出水平野でツルを勧誘したい。(出水平野でツルの世話をされている皆様、ごめんなさい)

 私が小学校の頃、母に連れられ八代のツルを見に行って「鶴の卵」というフワフワのお菓子を買ってもらったのを思い出した。その頃は何羽ぐらい飛来していたのであろうか。たくさんのツルが田んぼにいた気がする。そのころに近い風景が再び訪れることを願う。

        (2010,11,03 朝日新聞「声」欄掲載)岩国エッセイサロンより


会いたい

2010-11-02 15:04:37 | ペン&ぺん
 美術史上最も女性にモテた西洋の絵描きはモディリアーニ。同じくらいにモテたのは、ラファエロとヴァン・ダイク。そう美術史家の宮下規久朗氏が書いている(「芸術新潮07年5月号」)。
 モテ男3人のうち、ラファエロはイタリア・ルネサンス期の巨匠。ラファエルとも表記され、バチカン宮殿の壁画などを手掛け、サン・ピエトロ大聖堂の建築を監督した。1483年にイタリア中部の都市ウルビーノ生まれ。1520年、37歳の若さで亡くなるまで、多くの聖母子像を描いたことでも知られる。
 例えば、ルーヴル美術館所蔵の「聖母子と幼児聖ヨハネ」(1507年、縦1㍍22㌢、横80㌢)。「美しき女庭師」とも「緑野の聖母」とも呼ばれる。背景は晴れた空と牧歌的な野山。中央に大きく描かれた聖母は優しげな視線を裸の赤ん坊に注いでいる。心穏やかになる絵だ。
   ◇
 最近、勧める人があって、「大地からの祈り」(高城書房)という本を読んだ。副題は「知覧特攻基地」。薩摩川内市在住の児童文学者、植村紀子さんの著作で、一昨年8月15日付けの発行。擬人化した開聞岳の視線から、戦争の愚かさや特攻隊員の暮らしを描いた。
 その一節。出撃直前の特攻隊員が恋人にあてた手紙を取り上げたくだりで、ページをめくる手が止まった。
 「観たい画 ラファエル『聖母子像』。(中略)智恵子。会いたい、話したい、無性に」
 当時、日本はドイツ、イタリアと3国同盟を結んでいた。だから、特攻隊員にとってイタリアの絵は敵国の文化ではないのだろう。
 いや、そんな歴史的な背景分析は意味がない。ただ、見たかったのだ。ラファエロの聖母子像を。恋人と会って話すことと同じくらいに。
 「見たい」「会いたい」と恋い焦がれる。そんな人の暮らしの大切さを思う。
 鹿児島支局長・馬原浩 2010/11/1 毎日新聞掲載

はがき随筆の縁

2010-11-02 14:51:39 | はがき随筆
 2年ほど前「はがき随筆」で目にした文章に共感を覚え、それが私の投稿のきっかけとなった。その投稿者の方とは、今でも近況を伝えさせていただいている。ずっと気に掛かっていた方ともお便りを交換させていただくことになった。その方の文章には、半身不随の夫とのさりげない会話が記されてあって、私はひどく心を動かされ、切り抜きをノートに張っておいたのだ。「アラ還(還暦前後の世代)」の私たちは今、大なり小なり心身の不調に苦しんでいる。相手の領域に深入りしないように自分なりの小さなエールを送りたいと思っている。
  霧島市 久野茂樹 2010/11/2 毎日新聞鹿児島版掲載