はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

「1日遅れの誕生日」

2011-09-23 17:12:11 | 岩国エッセイサロンより
2011年9月23日 (金)

   岩国市  会 員   檜原 冨美枝

ある朝、起きると「昨日はいろいろとお気遣いありがとう」と主人のお礼の手紙。エッ。何のこと? 続いて「お陰で元気に誕生日を迎えることができました」。あれー、ごめんなさい。別のことに気を取られてすっかり忘れてた。やっぱり年なのかなーとつぶやく。

まあいいか。幼稚園児ではあるまいし。いい年をして、誕生日にこだわることはない。でも気を取り直して主人の好きなワインとサーロインステーキ(実は私の好物)、そしてショートケーキを並べて、とっておきのグラスで乾杯。主人いわく「工ツ、今日は誰の誕生日?」

(2011.9.23 毎日新聞「はがき随筆」掲載)岩國エッセイサロンより転載

ひと昔

2011-09-21 18:09:36 | ペン&ぺん
 鹿児島支局には、県内各地で編集される団体の機関誌や小冊子などが数多く送られてきます。もちろん、すべてに目を通すことはできないほどの数量ですが、「おやっ」と思う文章に出会うこともあります。
 その一つ。支局にいただいてから、やや月日が経過してしまいましたが、指宿市で発行されている詩誌「野路」(94号)に、吉野せいさんを紹介した一文を見つけました。吉野さんは1899年生まれの女性作家。70歳を過ぎて1970年に「洟をたらした神」を刊行し、同書で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞しました。
 福島県の山村に生きる子どもたちを素朴に、かつ骨太に描き出したことで知られています。受賞作の題名「洟をたらした神」は、まさにハナタレ小僧の子供らを、いきいきと描いたものだったと記憶しています。表題作を読んだのは、私の高校時代。懐かしい記憶がよみがえりました。
 県内で執筆活動を続けている児童文学同人誌「あしべ」の第7号も、いただきました。こちらは詩あり、随筆あり、創作ありで楽しい冊子になっています。会員が寄せた方言に関する次の一文に目を引かれました。
 「昭和41年、小学校では標準語の教育が推進されていた。標準語を話せるようになるため方言を使うことを禁止された。先生の指導で、クラスに方言係が置かれ、方言を使った児童の名と使われた方言がノートに記され、先生に報告された」
 文章は、今や方言の味わい深さが見直されていると続きます。
 吉野せいさんの作品にしても、標準語教育にしても、ひと昔前の出来事かもしれない。だが、時折、思い出してしかるべきものです。今という時代を顧みるため数十年前と見比べることは決してムダではない。いくつかの文章を読み、そんな思いを深くしました。
 鹿児島支局長 馬原浩 2011/9/19 毎日新聞

入魂式

2011-09-20 17:20:18 | はがき随筆
 仏壇が古いので新しい仏壇を買った。仏壇の入魂をお寺にお願いした。入魂式には家族で参列。お堂に阿弥陀如来像と親鸞蓮如聖人の掛け軸。大根、リンゴ、お菓子が供えられた。お布施の奉納。僧侶の読経が堂内に流れた。厳かな空間。1人ずつ焼香合掌。緊張の瞬間、気持が落ち着き、心が洗われた。古仏壇の魂を抜いて新しい仏壇に入れる儀式。
 崇高な精神と魂が身体にも入った心地。古仏壇には長年の染みとほこり。私の暮らし、生き様を見守ってくれた。ありがとう。感謝の念でいっぱい。ご先祖様に合掌。
  姶良市 堀美代子 2011/9/20 毎日新聞鹿児島版掲載

異床同夢

2011-09-20 17:04:45 | はがき随筆
 若いころから毎晩夢をたくさん見る。映画なら2本立て、3本立てといった具合で、今夜はどんな夢かなと楽しみに床につく。内容を覚えているものもいくつかあり、中でも忘れられないのは数年前に見た夢。
 夫は私と付き合い始めた時、長年喫ってきたタバコをキッパリやめた。だが、その夜の夫は人混みの中でタバコを手にしているではないか。「ああ、本当は喫いたいのかも」と思った。翌朝、夫に話すと何と「僕もきのうの夢でタバコを喫って『いけない!』と思ったんだ」と言う。同じ時に同じ夢を見たという不思議な体験だった。
  鹿児島市 種子田真理 2011/9/19 毎日新聞鹿児島版掲載

ぴいぴい草

2011-09-20 16:58:59 | はがき随筆
 杉木立の根元や河川の土手を通ると、辺りを赤く染めるトリトニアの群生を目にする。
 その昔、私は小学校へ登校する際に、トリトニアを何本か採り、教卓の上に置かれた花瓶に挿した。 
 野に咲く山野花であっても、先生は本当に心から喜んでくれた。
 トリトニアのことを子どもの間では「ぴいぴい草」と呼んでいた。
 今でも名前の由来は分からない。
 この年齢になっても、トリトニアを目にすると「びいびい草だ」と声にしてしまう。
  鹿児島市 吉松幸夫 2011/9/18 毎日新聞鹿児島版掲載

チャリティーコンサート

2011-09-20 00:26:10 | アカショウビンのつぶやき


キリスト教会のハンドベルクワイヤです。

ハラハラドキドキのコンサート終わりましたぁ。
ステージの写真はまだ届きませんので、
余裕の表情? 出番前のスナップです。

チョッピリミスったけれど、まあ良しとするか…

台風の影響で時折強い雨が降るなか、
大勢の方が来て下さいました。

お目当ては、「小室等」「鹿児島大学ハーモニカバンド」
なのですが

私たちはオープニングをまかされて、4曲演奏しました。
ステージの写真が届いたら、詳しくアップします。

「9・11」

2011-09-18 18:08:18 | 岩国エッセイサロンより
2011年9月18日 (日)

岩国市  会 員   樽本久美

10年前、1人でアメリカに行った。偶然にも世界貿易センターに旅客機が突っ込んだ1週間前のことだった。元英会話の先生のクリス宅で4日間の滞在。その時、隣家で車椅子の母親が盲目の娘さんのために本を読んでいた姿を今でも思い出す。

交通事故で不自由な体になっても、子供のために本を読んでいる母。今回、大地震で多くの子供たちに本の読み聞かせや絵本を贈る活動が盛んに行われている。9月になると必ずあの日のことを思い出す。心が渇いた時には「あの絵本」を幾度となく読んでいる。今年も9・11が来た。

  (2011.09.18 毎日新聞「はがき随筆」掲載)岩國エッセイサロンより転載

家族で「臓器提供」問題を

2011-09-18 07:47:06 | 岩国エッセイサロンより
2011年9月17日 (土)

岩国市  会 員   安西 詩代    

先日、「少年脳死、臓器提供」という記事を見て、すばらしい家族だと思うと同時に、短時間でこの難しい選択をされた家族の苦悩を察すると胸が痛む。

18歳未満の臓器提供は、昨年7月の改正法本格施行以来まだ2人目だそうだ。臓器提供がなかなか進まないのは、親の判断だけで臓器提供を承諾することにためらいがあるのも一因ではないだろうか。自分の家族のこととして考えたくないことだが、「臓器提供」のニュースがあった時は、家庭内でこれを話題に話し合ってほしい。

今回、臓器を提供された家族の方は、「本人は臓器提供関連のテレビ番組を見て、『死んでも人の役に立つなんてすごいよな』と話していた。本人だったら希望したと思う」と話したという。7人の体の中で、彼の臓器が生き続ける。臓器だけでなく、彼の意思、家族の思いも移植された方に伝わることだろう。  

私も12年前から臓器提供カードを携帯し、「死んでも人の役に立てるのは良いこと」と思っている。しかし、目は老眼が進み、血圧も高めになった。移植できる場面が訪れたとき、役に立てるか心配だ。自分だけの体ではないと思って、犬切に生きよう。

 (2011.09.14 朝日新聞「声」掲載)岩國エッセイサロンより転載

夫の入院

2011-09-17 23:05:26 | はがき随筆
 夫が救急車で病院へ運ばれた。軽い脳出血で会話は変わらず手術もせずにすんだ。マヒは消えたが左指、口の半分にしびれがのこり、主治医の先生の話では治るのに半年かかる人もいると。リハビリを受け、装具も杖もなしで歩けるようになり退院まで2カ月あまりかかった。
 手術入院は20代の盲腸だけの夫。以前「ご主人は元気そうね。あなたより長生きなさるよ」と言われ、私たちは健康を過信して油断とおごりがあったかもしれない。夫は来年70歳。これからは目配り気配りをしていこう。2人とも人生のたそがり時にいるのだから。
  いちき串木野市 奥吉志代子 2011/9/17 毎日新聞鹿児島版掲載

室内運動会

2011-09-17 22:56:52 | はがき随筆
 牛之浜老人クラブの第1回運動会が集落センターで実施された。総勢36人が紅白に分かれ鉢巻きを締めて皆張り切っている。小生、豆運びゲームに仲間5人と出場。竹箸で皿から皿へはさんで入れる競争で緊張とテクニックが伴うものでした。箸は斜めにしてはいけないというルールもあった。女性たちの尻での風船割りで爆笑は室内にとどろいた。92歳と88歳のおしどり夫婦も参加されて祝宴も盛り上がった。心身共に健康ほど素晴らしい宝物はない。この行事に参加出来たことに感謝します。参加賞などもらい亡妻の仏前に供えた充実の日でした。
  阿久根市 松永修行 2011/9/16 毎日新聞鹿児島版掲載

はがき随筆8月度入選

2011-09-17 22:32:35 | 受賞作品
 はがき随筆8月度入選作品がきまりました。
▽出水市明神町、清水昌子さん(58)の「合歓の花」(4日)
▽肝付町前田、吉井三男さん(69)の「名言」(11日)
▽鹿屋市串良町上小原、門倉キヨ子さん(75)の「成長見っけ!」(17日)

──の3点です。

 8月のせいか、敗戦の記憶や過去を回顧する文章がかなりありました。まだ8月15日は日本人にとって一つの区切りのようです。同じように3月11日が、私たちの心に与えた影響の大きさは、果たして消える時がくるのかどうか。
 清水昌子さんの「合歓の花」は、おれんじ鉄道の沿線の景色を堪能するなかでも、阿久根市の合歓の花に、幼児の晴れ着を連想し、その連想から大災害で亡くなった幼児たちに思いを馳せた文章です。合歓の花を鎮魂の花という美しい見立てです。
 吉井三男さんの「名言」は、病院で置き引きを注意する看護師の、生活に困っているというより、働く意欲がなく、間違った意志と知恵があるだけだという「名言」に感心したという文章です。どうしても、思いは福島での空き巣の横行に走ります。人間の救われなさが悲しくなります。
 門倉キヨ子さんの「成長見っけ!」は、ジュニアパイロットで帰省した孫娘に、家庭菜園の野菜の料理を食べさせると、敵もさるもの、節電節水のエコライフを熱心に語り、帰りは野菜類を持ち帰ってくれたという、微笑ましい内容です。
 以上の優秀作の外に3編を紹介します。
 姶良市加治木町錦江町、堀美代子さん(56)の「メタボ症候群」(7日)は、夫婦そろって検診に引っかかったので、食事を減量して、その節約額を震災地の募金にしている。効果が現れ、一石二鳥と喜んでいるという内容です。
 出水市下知識、塩田幸弘さん(63)の「泣いたトロンボーン」(10日)は、50年前集団就職の先輩たちをトロンボーンの演奏で見送った思い出です。現在の豊かさを実感するにつけても、関門海峡を越えるまで、すすり泣きが聞こえたという話を悲しく思い出すという内容です。
 同市上知識町、年神貞子さん(75)の「万華鏡」(14日)は、美しい文章です。こどもの時から万華鏡を作ってみたいという願望が、小学低学年のサンデイ・サイエンスに参加して、やっと実現した。昔の色紙の小片のと異なる、光の屈折で起こる多彩な模様を楽しみ、かつ、時の流れを感じたという内容です。
 (鹿児島大学名誉教授・石田忠彦)

初秋

2011-09-17 22:26:41 | はがき随筆
 いつものように5時ごろ起きる。今日も新しい日に心が、はずむ。肌に触れる風が涼しい。 秋はもうそこまで来ているようだ。朝の散歩に出かける。野道を歩いていると土手に花が2輪咲いている。「あっ」と驚き足を止めてしばらく眺めていると、草むらに鈴を振るような虫の声。庭の隅を見ると、彼岸花が咲いている。梢をにぎやかにしていた蝉の声も消えて静かになり、秋の七草が野道を飾る日も近い。もう少し気温が下がって青空が広がると初秋のたたずまいだ。この大自然の中に生かされて、感謝し、前向きに生きてゆきたい。
  出水市 橋口礼子 2011/9/15 毎日新聞鹿児島版掲載

水神に詫びる

2011-09-17 22:20:48 | はがき随筆
 2の時、祖母の家の坂下に池があり、涼しい木陰で一人、洗濯をしていた。当時は水道、洗濯機なしの時代。その時、同じ年ごろの少年5人が近くの路地から笑顔で私に近づき野次や冗談をとばした。怖さ知らずでもくもくと洗濯。すると一人の男子が「コラッおまえたち余り変な事を言うなよ」と注意。ある男子は「やがて嫁にもらうかも」と思いやる。話題は途切れガヤガヤと話しながら遠方へ去った。後ろ姿は忘れない。
 夫は笑って諭す。「汚水を気にせず川上で洗って悪いね」。今でも深く反省する。水神様と池底のカッパ様に詫びる。
  肝付町 鳥取部京子 2011/9/14 毎日新聞鹿児島版掲載

冬瓜

2011-09-17 22:02:42 | はがき随筆
 植えもしない冬瓜のつるが、伸びも伸びたり、枝分かれして辺りの樹々に抱きついて夏を謳歌している。よくよく見るとうれしいかな、夏の名残を思わせる冬瓜2個がぶら下がっている。蜂さんのおかげの一個と、私の人工授精の作品である。朝夕の私の目をいやがるふうもなく、ぷっくり、ぷっくらと日々太ってくれる。
 雌花を見てから10日余りの輝く冬瓜、9月の終わりには食卓に上ってくれそうだ。
 光る産毛がいとおしくもある。朝な夕な見飽きることなく、冬瓜の迷惑をかえりみず、きょうもしげしげと眺めている。
  霧島市 口町円子 2011/9/13 毎日新聞鹿児島版掲載

夏休みの思い出

2011-09-17 21:55:39 | はがき随筆
 夏休みも残り少なくなった日のラジオ体操帰り、「1番楽しかったことは何?」と小2の息子に聞いてみた。
 「さかな釣り」と即答。桜島の海釣り公園に2人で出かけ、雷雨に見舞われながら、釣果はキビナゴ大のイワシ3匹や、イシウチなどの雑魚だけだったのに。
 思えば「お母さんに見せる」と言い張り、イワシは3枚におろし、6片を酢ミソでおいしいと食べていた。
 新幹線や観光地より楽しいと感じて良い思い出として残ると同時に、大切なことを私に教えてくれる大きな釣果となった。
  垂水市 川畑千歳 2011/9/11 毎日新聞鹿児島版掲載