はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

ひとり相撲

2020-06-02 11:40:13 | はがき随筆
 あるとき新聞で、顔こそはっきりしないが背格好などが亡き母にそっくりな写真を見つけた。思わず「お母さん」と呼びたくなった。兄弟たちも懐かしんでくれるだろうとコピーして送った。ところが妹はお義理で「少し似ているかなあ」と納得しない顔。兄貴にいたっては全く似ていないと、にべもない。他は梨の礫。皆にとって唯一の母なのに、一人一人異なる面影を脳裏にとどめているのだとそのときは思ったのだった。
 しばらくたってもう一度写真を見たら何のことはない、母の面影は消えていた。私の大いなる錯覚、ひとり相撲だった。
 鹿児島市 野崎正昭(88) 2020/5/30 毎日新聞鹿児島版掲載

コロナの時代

2020-06-02 11:24:31 | はがき随筆
 新型コロナウイルスの感染拡大が続く中、およそ70年前のカミュの小説『ペスト』が注目されている。ペスト菌に襲われる不条理な世界と、今の非日常的な日常が重なるからだろう。
 こちらは、現在のコロナ禍についてのエッセー『コロナの時代の僕ら』。まず話題になったのは、出版前の作品が48時間ウェブ上で全文が無料公開されたこと。作者は、外出制限下のローマに暮らす物理学者で小説家のパオロ・ジョルダーノ。パンデミックを経験した僕らは「すべてが終わった時、本当に以前とまったく同じ世界を再現したいのだろうか」と問うている。
 鹿児島市 高橋誠(69) 2020/6/2 毎日新聞鹿児島版掲載

偽札の話

2020-06-02 11:17:11 | はがき随筆
 <怪しい探検隊>と称して、10代の一人娘を引き連れ親子3人で世界49か国を巡っていた頃のこと。エジプトの両替所で私が渡した100㌦札を、係の男がためつすがめつ眺め回すのです。そして。電話帳みたいな本で何かを照合して首をかしげました。
 「え、まさか!」。とっさに2枚目を渡しました。男は申し訳なさそうに首を振ります。「やられた! 全部で4枚」
 あろうことか前回訪れたロシアのホテルで戻されたデポジットが偽札だったとは……。はてさて私たち家族の運命やいかに。どうぞ次回をお楽しみに。
 鹿児島県霧島市 久野茂樹(70) 2020/5/30 毎日新聞鹿児島版掲載

初夏に向かって

2020-06-02 11:09:59 | はがき随筆
 光きらめき春うらら。
 しかし、コロナ感染防止で何かと自粛の日々を家事にいそしむ。心はなんだか不安定。
 そんな折、静かな山麓に生家を残す高校時代の級友N君が、山菜採りに誘ってくれた。
 うわっ、楽しそう、と感謝して数人の同級生とお邪魔した。
 N君所有の広い土地には春の風が吹き渡り、あまたのワラビが顔を出す。山々はふっくらと緑に膨らみ、日差しも良好。草の香に身を沈め、正午に光が巡るまで若菜摘みを楽しんだ。
 そして見つけたアザミの赤い花、迷うことなく初夏へと向かう季節の確かさにほっとした。
 宮崎県延岡市 柳田慧子(75) 2020/5/30 毎日新聞鹿児島版掲載

神様のふところ

2020-06-02 11:04:04 | はがき随筆
 お風呂を薪でたいていた頃、父が入る前、裸で儀式のような事をしていました。両手でお湯をすくい3度おし頂いて体にお湯をかけます。何のまじないかとたずねたら日の神様、水の神様、風の神様にお礼を言って入る、お風呂は神様のふところだと言っていました。当時は年寄りの寝言みたいと笑っていました。現在はボタン一つでお湯が出て当たり前と思っています。お風呂は神様のふところ、身も心も温かく包んでくれる最高の場所と信じます。当たり前が当たり前でない事がたくさんあります。一つ一つ見つけて心の袋に入れていきたいと思います。
 熊本県八代市 相場和子(93) 2020/5/30 毎日新聞鹿児島版掲載

手作りマスク

2020-06-02 10:56:30 | はがき随筆
 世界を巻き込む困難に遭遇してしまった今、目に見えないウイルスとの戦いだ。先が読めない。速く収束してほしい。すべての活動自粛を迫られた。それが孫娘にも及んだ。大学生として夢膨らませ、新生活がスタートするはずだったのだが、入学式すらなく、悲惨なことに慣れない都会で自宅待機の日々。私にできることはメールで安否確認をするぐらいだ。ふるさとに帰省さえできず、孫の心中いかばかりかと胸が痛んだ。喜ぶ顔を思い浮かべながら、眠っていた端切れに願いを頃てマスクを作った。コロナ禍に負けないよう応援するしかないのだ。
 鹿児島県鹿屋市 中鶴裕子(70) 2020/5/30 毎日新聞鹿児島版掲載

分蜂

2020-06-01 18:13:45 | はがき随筆
 「お父さん、蜂!」。カミさんの声で庭に出る。すさまじい羽音でミツバチの群れが乱れ飛ぶ。庭木に止まると、たちまち乳牛のおっぱいの大きさに垂れた。
 「分蜂や」。幼い頃一度見たミツバチの巣別れだ。昔、蜜蜂を飼っていた父は巣箱を襲ったスズメバチに立ち向かい、刺された腕が丸太のように腫れた。以来私は蜂が怖い。
 「お父さん、これダメ?」。カミさんが出した殺虫スプレーを恐る恐るシュー。すると空高く長い帯となって飛び去った。
 「あほう、蜜蜂殺してどないする気や」。懐かしい父の声が胸をチクリ。
 宮崎市 柏木正樹(71) 2020/5/30 毎日新聞鹿児島版掲載

奇跡の目

2020-06-01 18:00:42 | はがき随筆
 数年前、知人の畑の傍で四葉のクローバーを摘ませてもらったことがあった。誰でもすぐに幾つも見つけられるほど、そこには四葉が多かった。
 すると特殊能力を得たのか、その年は挟んだ手帳のページがいっぱいになるくらい、四葉を見つけられるようになった。四葉の姿が目に飛び込んできた。
 自粛生活の中、近所を散歩していて人気のない公園に立ち寄った。姿勢を低くして叢に目を落とす。見えるのは三葉ばかりだ。あの年以来、四葉は見つからない。最初に一本見つけたら。もう一度あの奇跡の目が甦るような気がしているのだが。
 熊本市中央区 岩木康子(54) 2020/5/30 毎日新聞鹿児島版掲載