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着物でお出かけ

2021-01-29 | きもの

テーマは人と同じことはしない・・・という反抗期の中学生みたいなノリで。

着るのは男物藍大島地のアンサンブル。

頭は防寒とぼろ隠しで、ニットの帽子。

自転車であちこち立ち回る。

まずは税理士事務所、そのあと買い物に。

大きな鏡に映るわが姿。

反転したら後ろの字が・・・

今日は風がとても強く、袂が風を受けてなかなか自転車が進まない。

時々降りて押す。

前掛け代わりの風呂敷も、本日は化繊で滑りがよく、風で舞い上がり、片手で抑えつつ。

今度は風のない日に乗りたいものです。

何事も経験。いい経験になりました。

当然、広いショッピングセンターで着物は私だけ。呉服屋さんの前を通ったら、何か売り出ししていたけど、実際の店では買わない私。何売っていたのかなあ。結構人が入っていた。

帰りもチャリンコで。風が強くて袂がはためき、乗りにくかった。

 

 

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男性用大島紬生地のアンサンブルを着る

2021-01-26 | きもの

本日はこれ。男性用の大島地で仕立てた女物アンサンブル。

ずっと欲しいと思っていて、やっと手ごろなのが見つかりました。

細かな柄の染帯。

着た写真、撮るの忘れたーーー

昼間、歩いて税務署まで書類提出してくる。

近所の斑入りアオキの実にヒヨドリが来ていた。少しずつ春~♪

午後から、最後の仕上げ。

あとは通帳のコピーと、一枚紛失した書類、何とかする算段、それでおしまい。


今ニュース見ていたら、入院勧告を拒否したコロナ患者を懲役刑なんて、捕まえる人も、拘置所、刑務所も感染対策しないといけないのに、そこまでの余裕があるんでしょうか。力の入れどころ、間違ってると思う。

入院できなくて周りが感染するのは放置、言うこと聞かずに入院しないのは厳罰って、矛盾しています。

この温厚な←どこが!!私も腹立ってきた。


夜、帯替えて着てみます。

最近は二階でいることが多い。

コタツでまったり、そのうち昼夜かまわず転寝してしまう。

なんか年寄りみたいって、年寄りですが。

羽織着てみます。

柄が全然ないのが、地味ともいえるしシンプル。好きです。

羽織紐は、県人会の友達が東京へ引っ越すときに記念に。

ビーズの手作り品。

本日の願い。

早く春が来ないかな~早くコロナが収まらないかな~

入院しないコロナ患者に刑事罰なんて、とんでもない。他の犯罪に比べて刑罰が重すぎるんじゃないでしょうか。

今テレビ見ているけど、菅総理、声が全然元気ないけど、どうされたんでしょうか。

体調悪い?

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染大島訪問着と塩瀬の帯で暖かい工夫

2021-01-24 | きもの

昨日届いた届いた着物と帯、早速着てみました。

寒いさなかの着物は辛い・・・と思っていたけど、ブログのお友達が、カーディガンの前ボタンを一つ開けて長じゅばんの下に着ておられたのを真似してみました。

カーディガンは薄手、ちょっとぼってりするけどまあまあ許容範囲。

お見苦しくてすみません。スパッツに足袋二枚重ね。

外側は温泉宿でもらったもの。玄関で草履をはくときに脱ぐ。

車のときはこのまま運転。行った先で足袋と草履に。袖はたすき掛けで。

しかし、草履忘れたら大変だあ~~

カーディガンの上から、手先の出る腕抜きをする。これでとても暖かい。

写真が下手ですみません。

夫がそこら辺にいないので、自分で。

訪問着の柄付けたけど、全然感じませんね。普段着でOK。

大島には絞りの羽織。昭和の定番スタイル。

帽子、ショール、手袋を足して出かけるつもりが、まだ雨が上がったばかりで裾が濡れそうな気がして中止。

春には帯揚げ、帯締めをもう少し薄い色にすれば軽い感じになるでしょうか。

寸法が合う着物なので着易かった。

今度は着てお出かけしたいものです。


ついでに

新型コロナにかかって入院しない人に罰金とか、懲役とか。ちょっとやり過ぎだと思う。まるで感染したのが悪いことのような扱い。

ハンセン病の人を探し出して強制入院させた、昔の政策を思い出します。

国としてすべきことは他にあるはず。まず、プレハブでも何でもいいので、大勢を収容できるコロナ専門の病院を感染のひどい地方に直ちに建てること。スタッフは全国から募集。その前段階として検査の徹底、早期隔離に早期治療。

今のように保健所が入院調整って(もうそうでなくなっている?)、もう仕事量として無理だと聞きましたが。

検査は各医療機関に任せて、コロナだけの病院に患者さんを送る。その流れがなぜできないのか、私は複雑なことはわかりませんが、はなはだ疑問・・・

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着物と帯が届いた

2021-01-23 | きもの

送料は二点で500円、普段着を探していて、寸法が合うのが見つかってよかった。

丈が短いので売れ残ったのか、7割引きになっていた。待てば海路の日和あり。

寸法の短い着物はみっともないけど、丈も幅も余るのは着にくい。

こちらお店のサイトより。

染の大島だそうですが、確かに滑りはいい。

大島って、韓国製もあるし、村山大島もあるし、素人にはよくわからない世界。

その上、奄美出身の人たちが各地に移り住んだ後、内職で大島紬を織っていたそうで。ある方のブログで知りました。分業の世界なので、整経したものが送られてきて織っていたのでしょう。

機織りの教室にも誰かからもらったという大島機がありました。なんで広島にと思ったけど、織っていた人がいたのかもしれませんね。織り上げたのは鹿児島の織元へ送るというような。

↑のは一応訪問着の柄付けだけど、これだけ地味なら普段着で大丈夫と私は思う。

しばらくはどこへでも着て行きましょう。

帯はこちらですね。

桜の花びらと戯れる子供たち。動きがあるのがいいかなあと。

早く春が来て、これ締めてお花見に行きたいものです。それまでにコロナはまだ収まっていないでしょうが、人のあまりいない屋外でできたらいいなあと。。。。

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おばのお召しに八寸帯

2020-12-07 | きもの

一日一回、家にいるときは着物着る。寒くなるまでになるだけ着てみる。

本日は父方の叔母の形見のお召しです。帯は柄が気に入らないので、自分で裏返しに仕立て直した。

貰った時、赤いかなと思ったけど、最近赤も好きになったのでノープロブレム。

写真が悪すぎて見ていただくのも気が引けますが、こんな感じで。


着物にまつわるあれこれ。

祖父は子だくさんで、私は叔母が5人。生きているのはもう一人になったけど、これは三番目の叔母がなくなった後、私に回ってきた。

結城や大島は他の叔母たちが持ち帰り、残りが我が実家に。それをある時、もらった。他には絽の小紋が二枚と、紋のついた色無地。他のは着たことないけど、このお召しだけはたまに着る。

着るとかわいがってくれた叔母を思い出す。私が生まれたころはまだ家にいて、赤ん坊の私の面倒よく見てくれたとか。私は当然、全然覚えてない。

小学生のころは服を縫ってくれたりした。さらに時が経って、実父の葬式の時、私の喪服が着崩れているという。

「いや、これは着崩れとるんと違う。身幅が足りんようになっとるんや」と言って私の喪服と長じゅばんを持ち帰り、あっという間に縫い直して送ってくれた。

おばはデイサービスに行った先で脳梗塞になり、意識が戻ることなく、二年くらい病院にいた。倒れる前日には、叔母から電話があり、長話をしたところだった。いろいろ大変なこともあったけど、それも解決しそうと明るい声だった。

人の運命はわからない。怒ったり、喧嘩したまま次の日を迎えないよう、私も気を付けたいと思う。仲直りしないままに永の別れになることだってあるんだから。

おばに教わったことは何でもきちんとすることかな。洋裁も和裁も得意な人だった。当然この着物も自分で縫ったことでしょう。

着ていると優しかった叔母に包まれているような気がする。着物の効用、ここにあり。

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母の大島と開き仕立ての八寸帯・自転車でGO!!

2020-12-06 | きもの

本日は母に貰った大島、自分で買った一重の帯。帯締めは姑様のごみ部屋の中から発掘。帯揚げは京都西陣の帯の製造卸問屋「渡文」を見学したとき買った。

帯は8万くらいから、新幹線代出しても地元デパートで買うより安いとのことで、豪華な帯の数々見学させていただきました。

能衣装も織っていました。能衣装って刺繍とばかり思ったいたけど、織り柄でした。

いい着物は全然持っていない私、でもまあいいものでなくても着物は着たもん勝ち、自分が楽しければそれでよし。

母の大島は横双、しかも画素数少なし。

地元呉服店で買った時は高かったはずだけど、今はリサイクル市場でしか見ないかも。

体型が似ているので着ていて楽_| ̄|○

母はこれに絞りの羽織を組み合わせて、ちょっと気合の行った外出はよく着ていた。

ピーターのお母さんも着ていましたね。ピーターとはこちらの方です。

69'「夜と朝のあいだに」ピーター - YouTube

レコード大賞の会場で、大島に絞りの羽織で涙ぐむお母さん。2本目の動画の4:16頃にはっきりと映っています。

1970年のお正月明け、私20歳、高校の同級生だった男の子と、地元ライオン通りの喫茶店で、そろそろ話が途切れたのでジュークボックスのこの曲リクエストしたら、その男の子にえらくけなされた。

下らん、風俗的にも新しいはずなのに、親が出てきて、泣いていた・・・って。

いいじゃないの、歌聴くだけだから。と答える私。

この話のツボは、年末、みんな同じテレビを見ていたという時代があったということ。

弟は毎年のお正月、同級生で集まって紅白の話で盛り上がっていた。布施明のビラビラがよかったとか。はい、愛は不死鳥ですね。

昭和も平成も過去になり、頑張って大島着ていた時代も遥かに遠く。

軽くて締めやすかった。

耳朶がでかいのは祖父、父親譲り。でもまじまじと見たことなかった。

大きいからって、人の話をよく聞いてませんね。家の中では特に。

しかし、年も取ったことだし、これからは協調性のある穏やかな老後にしたいものです。

身体的にはコンプレックスいろいろ、写真公開するのは嫌ですが、着た記念に。

帯締はもう少し上でも。

外出します。

マスクと半襟のコラボ。絞りの羽織地から作る。

ピーターのお母さんの着ていたような羽織は、半コートくれた近所の人が、別のときにくれました。

誰でも絞りの羽織着ていたんですね。

絞りのマスクは顔に密着しないので楽です。型紙なし、25センチ四方で手縫いで作りました。和服地なら手縫いが簡単なようです。


さて、着物着ても歩いてばかりの外出では時間がかかる。近所の用足しは自転車で。

滑りの良い化繊の風呂敷を帯締めに挟み込んでエプロンの代わり。

風呂敷は大きめがおすすめ。

草履の代わりに合成樹脂製の簡単な靴を。

草履は危ないし、ちゃんとした靴はおかしいし、結果、これになりました。

ホームセンターへの途中で。

裾の乱れは風呂敷がカバー。裾は全然邪魔になりません。

着物は滑りの良い記事がおすすめ。絞りとか結城は難しいと思います。

帰り道。あらよっと。

今日もいいお天気。

この後、自転車で「こども食堂」へ寄付金届ける。

今年一年、我が家は今の仕事始めて以来の売り上げ減でしたが、家族全員、何とか無事に一年が終えられそうです。その感謝を込めて。

本当はお手伝いすればいいんでしょうが、とりあえず今回は寄付金だけ。子供たちのクリスマスケーキ買う一部にしてもらえるそうで、よかったです。

元々は地域猫活動している知人の話を人づてに聞き、自分なりのボランティアとして考えました。私の中では猫より人間です。同列に話すのも失礼ですが。

子供たちは大きくなって、社会に貢献して税金も払ってくれます。どんな子供にも明るい未来がありますように。


ケーキと言えば、私が子供のころ、空襲で焼け出され、うちの北座敷に疎開していた町の自転車屋さんが、自転車の後ろにお歳暮のクリスマスケーキ括り付けて持ってきてくれるのがとても嬉しかった。

昭和30年代です。

もう少し大きくなると、ケーキもたくさん出回るようになり、弟の誕生日とクリスマスと、二回ホールのケーキ買ってもらえるのが嬉しかった。

遠い、遠い、昭和の時代の話です。

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結城、山茶花の塩瀬

2020-12-05 | きもの

本日はこちらを着てみました。

結城紬、塩瀬の名古屋帯。山茶花の染帯。

結城は、2011年、百亀甲という触れ込みの品をネットで買い、その頃たまに仕立てをお願いしていた人に、自分の寸法に直してもらった。

いいものですよ、と言ってもらったのでちょっと安心。私は結城の良し悪しなど分からないので。

55歳くらいから着物に少しはまり、年相応のものを少しずつそろえたけど、私的には高い買い物だった。一度仕立て直していたそうで、私は三人目のユーザになります。

私もしみじみと物好きですねぇ。

 

帯は以前大島に締めたら、滑って締めにくかったけど、さすがに結城なので楽に結べました。

帯締めは帯のおまけにつけてくれた。これもネット上の店で買う。

一度、水彩画のサークルの女子会に着て行ったけど、ただの普段着にしか見えないのがこの着物の持つ徳。人を居心地悪くさせない。洋服で言うと、セーターと同じくらいの格って、セーターくらいになるともう格がどうのこうのじゃないですもんね。

着ていて気分が楽です。今年の冬は人のこと気にせずに、着て出かけたいものです。

なるだけ小さく結ぶ。

柄が全部入り切らなかった。

二階は暖かい。暖かい部屋で着物着るのもしばらくの間かな。

寒くなり、忙しくなるので。

ゆっくり着物着ている時は心安らか。

今日は夫の仕事は昼まで。昼ごはんの時、私、毎日違う着物着ているの知ってる?と聞いたら、着物着ているの知らなかったとぼけていた。いや、ほんとにぼけ始めたのかもしれません。

午後から出かけたので帰ったらまた結城着て、半幅帯にするつもりだったけど、面倒になって中止。

いずれまた。

山茶花の季節です。


 

おまけ画像。

2011年3月、京都で生まれて初めて十二単を着せてもらいました。西陣会館。

化粧、カツラの後、まず小袖という、今の着物のようなものの上から長い袴をはき、そのあとは前後に一人ずつついて、着物を重ねるたびに腰ひもを後ろから前に手渡して前で結び、上からまた着物を重ねて結ぶと一枚下の紐は抜く、を繰り返します。最後に腰までの唐衣を羽織って、最後に裳を付けて紐を前で結ぶ。

着物の重さは紐が受けて、今の帯みたいに幅広でも硬くもなく、案外楽でした。費用は写真代込みで1万円だったかな。

香川県高松市のお城の近くに博物館のようなところがあって、こちらも時代衣装いろいろ着せてもらえます。十二単は夏用もあり、着物は初めからセットして羽織るだけですが、無料なのが嬉しい。

広島から何度も着るために来る人がいるそうで、長袴は持って来るそうです。

自前の長袴、その方も十二単大好きなんですね。私も大好き、話が合いそうです。

十二単着ていると光源氏みたいな貴公子に出会えそうな気がする。。。。と乙女の妄想はこの歳になっても続く。

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十日町紬と白い塩瀬の帯

2020-12-04 | きもの

午前中、一時間くらい機織りして昼前、暖かくなったので本日も着物出してみます。

十日町紬と塩瀬の帯です。

帯締は、15年くらい前、着物の展示即売会の目玉商品でわずか100円でした。

そろそろ着物着始めたころ。

帯締を買った後、ちょっと油断して着物見ていたら、販売員の若い男性が15万円の白い帯を勧めてきました。

「白い帯は何にでも会うので、一本持ってるといいですよう~」

要らないので立ち去ろうとしたのですが、売り場は臨時に畳を敷き詰めていて、間の悪いことにブーツ履くのに手間取っていたら、「じゃご縁ができた記念に5万円でどうですか」と片手を広げて追いかけてきた。

ブーツ履いた途端、「ごめんなさいーーー」とダッシュで逃げる私。

あの時の販売員様、その節は買わずにごめんなさい。その上、白い帯は何にでも会うと教えてもらって感謝です。

この帯もネットで買ったかな。5万円よりは安かった。

確かに何にでも合って一時はよく締めていたけれど、菊の柄がおとなしくて、汚れやすいのでずっとタンスに仕舞ったままだった。

うんうん、加賀友禅風の葉は好きだけど、花の真ん中が白くて寂しい感じは好きでない。

でもまあ、自分が選んで買ったのだから責任もってたまには締めてみましょう。

八掛のこの色が好きです。

織り柄は大島よりもざっくりしていて、素朴な感じが好きです。

何の柄かなあ。木のようでもあり、ところどころに舟のようなのも見えます。

以前は好きでなかったけど、今日出したらこの色合いが今の気分にぴったりで、着物は変わらないけど、自分が変わる。慌てて解かない、と決めました。

着付けは15分くらい、写真撮るのに手間取る。

ほんとは自分の姿、さらけ出したくない。

でも撮らないと、並べただけと思われそうで。


午後から比治山へ歩きに行く。着物で自転車で行こうかと思ったけど、転んだら危ないので服に着かえる。近道を行くつもりが皆実町でまたまた道が分からなくなり、結局大回り。

広島は不定形なデルタの上に町があるので、斜めに交差する道が多く、曇りだとすぐに方角が分からなくなる。

やれやれやっと着きました。横の石段からトンネルの上に上がります。

これ以後は長くなるので、改めて。


おまけ画像。

親に作ってもらった大島、実物ではなくて写真が出てきました。

帯もその時一緒に作ってもらった。

もろ、母親好みの派手な色合い。

着物ではよくケンカした。自分の好きなものを勝手に買って、私に押し付けてくるから。

呉服屋の仕立てのバイトしていたので、工賃の代わりに在庫を押し付けられたこともあるのではと類推するのです。

私が若いころは戦争中で、着物や売ってなかった・・・とよく言ってましたね。

姑に、嫁入りに持ってきたわずかな着物のケチつけられたと恨んでいましたね。娘には肩身の狭い思いをさせたくなかったのでしょうが、うちの姑様はそんなこと言う人じゃなくて幸いでした。

着物もほとんど着ない人でした。たまに着ると帯結びに手こずってお手伝いしたこともあります。なんか見たことない金具のようなもの使ってましたが、私は手結びしかしたことないのでそうしていたら、帯って結ぶんですか・・・って。

えっ、帯って結ばないんですか・・・もうお、びっくり。

母は黒留も持たせてくれたけど、弟妹の結婚式にはとうとう着なかった。姑様が洋服だったので。

でもまあ、娘の為と思いつつ、自分の好きなもの買うのは嬉しかったに違いない。これもまた親孝行の一つ、かなと今なら思う。

母は80歳を過ぎてからでも着物買いまくり。自制心が緩くなって、呉服屋のほぼ言いなり。値段聞いていつもびっくりしていた。

女だから見たら欲しくなるんだそうで。えっ、まだ女なのとびっくり。私は万単位の着物なんて・・・全然買わないわけではないけど、本日の十日町は可愛いお値段のリサイクル品でした。

着物になると話の尽きない私。。。。

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色?大島と縮緬の染帯

2020-12-03 | きもの

55歳ころ、急に着物が着たくなって、娘のころのは着られないので、貰い物など着ていました。

着付けは本屋で立ち読み。家で着る。わからないところはまた本屋で立ち読み。家で着るの繰り返し。

和服は布地の中の空気を追い出して、縫い目がまっすぐなるようにしっかり引いて着る。きちんと着られたら、心もすっきり。

着物着る楽しさはここらあたりにあるようです。

今日は大島に染帯です。

今は藍と泥を多く見ますが、私が娘のころはカラフルな大島も作られていたようです。かくいう私もピンクに黒の大島持ってました。

まだあるはずだから、探して着てみようかな。

この大島は京都でリサイクル品買ったと思う。

一度長めに着て尾道を観光したら、山道で裾が擦り切れたので、自分で丈を詰めて直した。

帯も昔流行ったろうけつ染め風。

着物も帯もものすごくレトロ。

帯がとっても昭和。ろうけつ染めってとても流行りましたよね。

うーーむ、顔を撮らずに背中だけ写したい。

縮緬の帯は締めやすくてよかった。帯がきちんと決まると、ちょっと近所を歩きたくなるけれど、本日体調不良。3時間しか眠れていない。寒くて明け方目が覚めた。

やれやれ。

明日は快復して元気が出てますように。

割烹着代わりに、木綿の半コート着る。暖かい。これは10年くらい前、近所を着物着て徘徊していたら、近所の人がくれた。

洗濯できるので便利に使っています。

昼ご飯の支度この格好で。帰宅した夫無言。最近ほぼ毎日着るので特に驚いていない。何を着ているかも全然把握していないのでは。毎日同じものと思っているかも。

家で着物着て機織りしている私。何の因果で昔に戻りたいのやら。。。

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母の赤い紬とクリスマスの帯

2020-12-02 | きもの

12月になりました。この季節しか締められないクリスマス柄の帯を出しました。

柄が複雑なので、無地の着物を着ます。母からもらった紬です。

母は30代で着ていたのでしょうか。私には記憶が全然ありませんが。

帯は木綿のプリント、とってもカジュアルな帯です。

これは15年くらい前、自分で正価で買った(ネットで)。いやあ、何考えてたんだあ。

でもクリスマス大好きな私、久しぶりに出してみました。

帯揚げ、帯締めのセットも母に貰った。買っただけで使ってなかった。びっくり仰天するような値札が付いていた。

しみじみと呉服屋が怖い私。

手先を取りすぎて、柔らかすぎて締めにくかった。これ着て午後から出かけようかと一瞬思ったけど、脱いで広島駅近くの銀行へ。

クリスマスの帯は今日は失敗。もう一度締めてみたいものです。


銀行は定期預金の書き換え。

窓口の若い女性行員が、噛んで含めるように説明してくれる。口調が介護施設風。そこまで言わなくてもと思ったけど、きっと高齢者には丁寧にというマニュアルでもあるんでしょう。気分は若くても年は年。

夫は去年だったか、仕事に必要な機器のリース契約をするとき、70歳過ぎているので20歳以上の人の承認がいると言われ、スタッフに印鑑押してもらったとか。

きょうは金融商品なので、と言ってもわずかな金額の定期預金ですが、丁寧に説明してくれたのでしょう。

いつまでも肩ひじ張らず、素直に流れに乗って行きましょう。でもできる間は若い人に頼りきりにならずに。


来週は毎月恒例のおばあちゃんのお茶会。早めに準備します。

小分けにして、この後、袋に詰めます。

ケーキを食べるスプーンは、クリスマス柄の紙ナプキンで巻いて、クリスマスバージョン。このほかにヨーグルト、ショートケーキが付きます。

私以外は皆さん、ご主人のいない人ばかり。月に一度集まって話するのを楽しみにしています。

今年最後のお茶会、盛り上がっていきましょう。


クリスマスの飾り。

仏像まであって、もう訳わからないことになっています。

タータンは自分で織った。でも特になくても。

ケッテル各種は物入に。

 

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母の紬と八寸名古屋帯

2020-11-30 | きもの

11月もいよいよ最終日、さすがに肌寒くなってきました。

きょうは母からもらったチェック柄の紬に、八寸の名古屋帯を合わせます。

帯の柄は菊と牡丹?のようです。

芯がなくて、手先も端だけ綴じているだけ。帯は・・・京都か広島で買ったリサイクル品。記憶あいまい。

帯が柔らかくて締めにくかった・・・

着物で近所の用事を済ませて、午後からは牛田へ出かけました。

古い着物たくさん、仕立て直すほどいいものではないし、ほどいて洋服にするのも袋物にするのも面倒だし、こうしてたまに着てみる。

他の人が洋服でも、着て行ってもいいかなあ~

ちょっと躊躇する私。せいぜい普段に着てみましょう。

今や、着物着る人は絶滅危惧種。

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藍大島を着てみる

2020-11-27 | きもの

昨日届いた藍大島、着物と羽織のセットは男性用生地を女性用に仕立てたもの。

元々の好みで着る人と、親や夫の形見として仕立て直す場合もありそうですね。

さてどちらでしょう。

また、着てどんな気分になるかなあ、落ち着かないかなあと。それも確かめたい。

帯は縮緬の染帯。帯締めは鬼縮緬の飛び絞り。横綱にならないよう、しっかり締めます。

着物10分、帯5分~という無料着付け教室があったけど、最近とんとCM見ませんが、それもコロナの影響?

垂れがゆがんでいます。粋ではなくてただのミス。最後の詰めが甘い私。

羽織着てみます。

うんうんご隠居さんみたい。

髪はもういつからか伸ばしっぱなし。パーマ掛けるとすぐバランス悪くなるし、髪が傷む気がして。

たまに千円カットに行き、間で自分でテキトーに切る。髪も自分で染める。

着物の時はねじって留める。これで済ませる。

訪問着などの時は昔買ったウィッグで。誰も何も言わないのに、孫に指摘される。「おばあちゃん、それカツラでしょ。すぐわかったよ」って_| ̄|○

ああ、なんか節約自慢しているかも。

着物も、見る人が見たら身幅が・・・・

でも気にせずどんどん着ていく。意地悪言う人は相手にしない。

羽織脱いで、木綿のハーフコート着て、この後買い物に行く。

柄のない着物なので完全に普段着。心も平常心。着ていて気持ちがとても楽でした。普段着物はすべからくこうありたいもの。

自分を写しているのか、部屋を写しているのか・・・

鏡の中なので左前はお許しを。

少しでも赤い絞りを見せないと、明治神宮奉納土俵入りみたいになりそう。

結論。

着物着てとても楽しかった。

明日もまた着よう・・・と言いたいところだけど、明日は友達に会う。居心地悪い思いしたら行けないので、洋服着ていくけど、ほんとは和服を着たい。

 

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着物が増える。付け下げに大島紬

2020-11-26 | きもの

向こうは、はんなりしたピンクの付け下げ。

手前は女仕立ての、大島紬の羽織と着物のセット。

姑様の着物は全部捨てて、タンスは分解してそれも捨てると夫が言います。

その前に要る着物、取っておくようにと言われました。

古いのばかりでしたが、唯一、これだけは比較的新しいもの。新品ではなく、手入れして仕付けが付いています。

寸法は見ていませんが、合う帯が見当たらないので、たぶんの貰い物ではと思うのです。

形見分け?

10年くらい前、60代で亡くなった夫の従姉のものでしょうか?

花は何かなあ、夾竹桃のようにも見えます。

私が広島へ来た53年前、川岸はどこも夾竹桃がたくさん植わっていました。早く大きくなる木だそうで、原爆被災後の緑化に使われたそうですが、今はほとんど見ません。川岸はクスノキなど、本来の植生にあるものが植えられています。

木は大体どれでも好きなのですが、熱帯や乾燥地帯の外国の木は見ていて心が休まりません。子供のころに見なかったからでしょうか。

夾竹桃の付け下げ・・・胸の途中にある塊を飲み下すような違和感が。

夫の従姉のものと仮にするならば、本人を知っているだけに着物が身代わりのような気がして、触るのも躊躇する。

被爆者でした。学齢期以前に被爆。近所にお手伝いで買い物に出て、たまたま細い塀の間を歩いていて助かったそうです。被爆地は平野町付近。

母方の祖母、母、弟は建物の下敷きになり、焼死。父(夫にとっては伯父に当たる人)は勤め先にいて無事。家の焼け跡に三人分のお骨が見つかったそうですが、従姉だけがなくて、やがて救護所にいるのを知らせてくれる人がいて、無事家族と再会。

何歳だったのでしょうか?4、5歳?

救護所の外には、収容されている人の名前が貼りだされていて、たまたま通りかかった父親の同僚の方が会ってみると、「おじちゃんの帽子の印はうちのお父ちゃんのとおんなじ」と言って、身元が分かったと、これは夫の祖母(故人)から、私が直接聞きました。

聞いたのは一度きりですが。

夾竹桃から思い出した従姉のこと。その人の着物かどうかはわからないけれど、生きて何か語り掛けてくるような気配・・・こちらの勝手な妄想ですが。

義妹に、持って帰ってと三回くらい頼みましたが、要らないそうで。とは言ってもあとで気が変わることもあるので、それまで預かっておくつもりです。

藍大島は百亀甲の男物の生地。それを女物に仕立てています。

羽裏は花柄。

八掛は抑えたえんじ色。

織り目は揃ってないところもあって、手織りだから?

というか、染めの段階でラフがある。それを手仕事と有難がるか、熟練してないと感じるかはそれぞれ。

夫はやはり大島の羽織と着物のセットを持っている。着たのはこの47年で3回くらい。縫ったのは私の母親。裄が長いので、広幅一匹分使ったと思う。隣のD井さんのおばさんに嬉しそうに見せていて、あれが母の人生の山場だったのかな。いえいえ、まだまだ山場はあったと思いますが。

花柄の苦手な私は、自分用に、ずっとシンプルな紬の着物探していた。時々立ち寄る和服のリサイクル店(広島の本通りではなくて、パソコンの中に店があります)で7割引きセールをしていて立ち去りがたく、ついクリック。はい、お財布に優しい着物です。

10月に一緒に旅行した人は、昔、娘に100万円の振袖買ったそうですが、この紬なら何枚買えることやら。

いえいえ、節約大好きな私はひそかに満足していればそれでよし。


姑様の引き出しから。

縮緬の戦前の留袖。袂が長く、寸法は全体に小さい。紋が大きくて、手芸の材料としてならまだ使えるかなあと。

私はしません。黒字にエッジの立った柄がきつすぎる。これも義妹に聞いてみる。

胴裏、未仕立ての帯地、ポリの長襦袢地。

ポリは、裏地などに使えるかなあ~

私のじゃないのに持って帰って、置いているのが気にかかる。


着物は女の自己表現、センスも財力も着物を通じてわかるという。

執着や嫉妬や虚栄心や、いろいろな気持ちを引き起こしていたのもつい最近まで。

だから人が着物着ているの見ると、つい気になり、自分が着ると、人にどう見られるかつい気になる。それを押しのけて平常心で。なんたってもうこの歳ですから、怖いものは何にもないはず。

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母の小紋、縮緬の染帯

2020-11-19 | きもの

新緑のころと、紅葉のころと二回着られる・・・母がそう言っていた小紋。

紬に見えますが染の着物です。

帯は縮緬の細かな柄。

おや、靴下が。

細部。

上半身の背縫いは真ん中に、帯の下からは着付けの都合で多少左右にずれても、という気持ちで着ます。

寸法いろいろの古い着物、きちんと教本通りにはいかない。でも気にせず、着て楽しくなることが大切。

小物も最小限で。当たると痛いコーリンベルト、却って襟の収まりが悪くなる合成樹脂製の襟芯などは使いません。

留袖は人に着せてもらうのでお任せですが。

と言っても、昔の結婚式、花嫁さん以外はみんな自分で着ていましたよね。親せきの女たちが集まり、着せたり、着せられたり。。。男たちはすることないので家の周りにいてお嫁さんの到着、待っている。

昭和30年代でしょうか。

せっかく着たので脱ぐのがもったいないけど、午後は車運転して外出予定。残念。

 

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母の紬に名古屋帯

2020-11-18 | きもの

15年くらい前に貰いました。たぶん60年くらい前の着物と帯。

紬につづれ織り?の名古屋帯。

秋の組み合わせ。着物は単衣。色が濃いので暖かい今日、着てみます。

顔を出さずに自分を撮るのは難しい。

帯揚げは別のにしてしまった。。。。

足元。

着丈が短く、バチ襟。帯は短くて硬くて締めにくかったので、前で結んで後ろへ廻した。

お腹周りにたくさんの布があるので、着物は暖かい。

もうしばらくの間、家での着物、楽しみましょう。

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