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日常のちょっとした出来事を写真で残しています
3年の上海駐在を終え、今は日本の良さを再認識中

夏休み日記3  東日本大震災 その後

2016-08-31 22:38:20 | お出かけ:日本

2011年の震災時は上海に駐在していた。

そこではTVの光景を見つめながら、涙を流すことしかできなかった。

帰国して2012年には松島の砂浜清掃ボランティアに参加した。

そのとき、民家の基礎だけが連なるかっては集落だった場所を目前にし、絶句するしかなかった。

そして九州に転勤して熊本地震を体験した後、関東に戻ってきた。

だから無性に東北のその後を見たかった。

 

東北旅行の2日目の宿泊地は宮古。

魚元というお気に入りの料理屋があり、津波に合ったが再起していると聞いていたので早速寄ってみた。

恐る恐る暖簾をくぐってみたが、以前と全く変わらない店内にほっとさせられる。

女将さんのお話によると床下浸水程度だったとのこと。

台風の影響で品数は少なかったが、いつもながら堪能させてもらったよ。

良かった また来れて

 

 

3日目は海岸沿いに南下する。

朝の宮古付近の海はなんとも異様な形相を見せていた。

 

海沿いではどこでも防波堤の嵩上げ工事が進行中。

 

更に南下を続けると、「ここまで津波が達した」と示す標識が頻繁に表れる。

 

そしてそこから見える海は

こんなに遠く下に見えるのだが ・・・

 

 

陸前高田では “奇跡の一本松”

既に枯死が確認されているのだが、そうは見えない。

 

実際に合うまでは「立往生」のような剛力さを想像していたが、全く違う。

優雅さを失わずしなやかに立ち続けるその姿は、未だに静かな力に溢れている。

これからの復興を、ずっと見守っていてほしいものだ。

 

更に南下し、今回の3泊目は気仙沼とした。

この港町も依然泊まったことがあり、とても美味しい料理屋があったのだが ・・・

その店の情報は “閉店” という以外は知ることができなかった。

 

シャークミュージーアムに寄ってみると

中央自販機上の青いプレートが、津波の高さを示していた。

 

津波に襲われただけではなく、当時は対岸の重油タンクからいくつもの火災が発生していた。

絶望感と虚脱感で呆けたように見つめていたTV画像は、もしかしたらここから撮影されていたものかもしれない。

(宿泊したホテルの屋上から)

 

でも今の気仙沼には絶望も虚脱もない。

漁船がひしめく港は活気を取り戻し、活き活きとした日常が再開されていた。

気仙沼  強いな

安心したよ

 

 

安心すると腹が減る

夕食は通りすがりに気になった ここ 復興屋台村

 

 

頼んだものは以前も食した これ  サメの心臓の刺身

サメはとても足が速いので、身でさえも食する期会が少ない。

ましてや心臓となるとボルトより早いので、とても追いつけない。

水揚げ場から直近の気仙沼のような処でないと中々味わえない珍味だ。

(しかしサメを海のギャングとか呼ぶけど、それを喰らう人間が一番怖いよな)

 

 

明けての4日目は更に南下する。

天気が回復してきたので小さな漁村に寄ってみた

今はこんなに穏やかな海

 

振り返り漁港側を見る

この狭い地形に津波が押し寄せてきたのか ・・・

 

漁港の片隅に石碑が立っているのを Kazu が見つけた。

傷だらけで判別し難い文字を苦労して読んでみると、震災記念碑 と記されており、年号は昭和8年(1933年)。

台座は新しいことから見ると、今回の津波で流されたものを再度建てたのであろう。

「 何度来ても 決して負けない 」という強い気持ちの表れのようで、頼もしく感じられた。

 

更に南下し、今回の最終目的地である松島を目指す。

2012年にボランティアとして清掃に参加した砂浜が、今はどうなっているのか確認したかったからだ。

 

道沿いにうず高く積まれていた瓦礫の山は、ほとんど目につかなくなっている。

仮設住宅だったこの建屋も今は避難している方はなく、市の施設となっていた。

 

そして 砂浜

当時は、とても泳ぐ気になどなれない状況だった。 

それが今は

日常の夏を取り戻しているね

 

但し、その浜のすぐ後ろ。 震災後は家の基礎だけが剥き出しで連なっていた集落跡は

草で覆われていた

もうここに人が住むことは ないのかもしれない

 

 

松島からは高速道で一気に宇都宮へ帰宅。

 

今回は東北が確実に復興し続けていることが実感できて、とても嬉しかった。

そしてどんな災害でも押し戻してしまう東北人の強さを感じ、同じ日本人として誇らしくも思えた。

折角近くに帰って来れたのだから、これからは頻繁に訪れてみるとしよう。

東北の完全復活に向けて自分が何かできないかを考えながら。

 

 

 

以上 2016年夏休み日記  終了

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夏休み日記2 宮沢賢治

2016-08-30 22:04:01 | お出かけ:日本

東北二日目の朝は台風の影響でドシャ降り (T_T)

室内で居れるとこを検討し、以前行ったことはあったがリニューアルしたということで、宮沢賢治記念館とした。

 

館内は撮影禁止なので画像はなし。

実はリニューアル前をよく覚えていないのだが、今回の壁面をうまく利用した展示は良い感じだ。

 

宮沢賢治というと心に残っている一節がある。

小学校のころだったか、国語か社会の教科書で読んだ

「あめゆじとてちてけんじゃ」

「雨と雪を取ってきてちょうだい」

賢治の妹とし子が臨終間際の病床から賢治に頼んだ言葉。

小学生だった Nori のまだ純真だった心に ザクッ と音をたてて刺さり、未だに抜けない一文。

 

勝手に幼い兄妹の光景を想像していたが、成人後のことだったらしい。

そしてなぜとし子はこんなことを言ったのか?

それは、「死に逝く妹に何もできなかった」 と兄が悔いるのではないか  と考えてのことだったと。

 

「あめゆじとてちてけんじゃ」

 

また更に深く 刺さってしまったよ

 

刺さった傷は少し疼く

それを癒すには隣接する 宮沢賢治童話村 が 丁度よかった

 

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夏休み日記1 台温泉編

2016-08-29 22:13:03 | お出かけ:日本

小中学校のころは8月末のこの時期、やってない夏休みの宿題で泣く思いをしていた。

社会人になってもその癖は抜けず、「書いとかなきゃな~」と思ってた夏の旅行記も手つかずのまま今日に至る。

一念発起して夏休み日記、3部作で8月中に投稿完了予定  (いけるか 俺?)

 

<以下本文>

 

2013年末に九州に転勤になったときに非常に寂しい思いをしたひとつが、東北が遠くなったことだった。

だから戻ってきた今回は早速、東北のお気に入りを回ってみた。

 

先ず岩手県は台温泉にある中嶋旅館。

昭和初期に宮大工の手で建てられたこの旅館は Nori & Kazu の大のお気に入りで、宿泊は今回で3回目となる。

山の斜面をよじ登るように建てられた純日本建造物は4階建て。

 

 

内部は “千と千尋の神隠し” の雰囲気

 

 

久しぶりの宿泊となる今回は、思い切ってここで最高の部屋 “翁の間” としてみた。

 

 

最上階に設えられたこの部屋は、外界や時間から切り離され隔世の雰囲気がある。

 

ここにして よかった

 

夕食はこれまでの2回は部屋食だったけど、今回は違うらしい。

ちょっと残念な気分で3階に下りていくと

一部屋借し切りの夕食で、なんとも贅沢だったよ

 

そしてここの最大の魅力は “瑞岩の湯”

建物の最下部に当たる崖の根元を、人力で掘られた空間と湯船。

いつもこの雰囲気には圧倒される

 

*毎回ここの撮影は湯気で曇ってしまうので、鮮明な画像は 宿のHP(←クリック)でご覧ください

 

大好きな宿にまた泊まることができて大満足の Nori & Kazu だった。

しかし全ての方がこの宿を気に入るとは限らないだろう。

部屋にバス・トイレは付属しておらず、洗面台さえも付属していない部屋が多い。

それらに快適さを求める方々にとっては「不便な宿」との評価になってしまうかもしれない。

それでもかまわないと承知の上で、雰囲気を楽しみたい方に泊まってほしい宿だ。

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連休初日

2016-08-11 11:06:29 | 宇都宮日常

ワラワラと慌ただしかった転勤後の日々も一段落で、今日から夏の連休がスタート。

引越し後はウロウロと新しい街を散策するのが常だが、この暑さではとてもできない。

だから今日はクーラーを効かせた部屋で、これまでをまとめて書いてみようか。

(管理人の忘備録なので冗長でつまんないかも)

 

<通勤事情>

渋滞が酷く、車だと僅か12kmの距離に1時間以上もかかってしまう。

鬼怒川の東にある企業団地に対岸からの通勤が集中するからだ。

「こりゃたまらん」と車を諦めジテ通を試してみたところ、なんと半分以下の30分!!

会社に着いてから浴びるシャワーの時間を足しても車より早いことになる。

これからは自転車が増えそう。

柳田大橋で鬼怒川を渡る

 

<宇都宮市>

北関東3県の中では最大の市で、人口は50万人。

ハンズはないが、Loft とパルコはあるので、まあ田舎ではないと言えるかな。

東武宇都宮駅に隣接して “オリオン通り” というアーケードがある。

アーケードの長さ約400mと長めだが、イベントがない週末は暑さのせいか人出が少なかった。

 

7月23日にオリオンスクエアー(アーケード沿い)で “クラフトビールフェスタ” をやっていた。

地ビールも美味いものが増えてきたね♪

 

8月6日(土)は“宮祭り”なるものが行われ、さすがにこの日は人出がすごい

 

<ロマンチック村>

長野県の上田を起点とする日本ロマンチック街道は日光が終点となる。

この村は宇都宮市郊外にあるので街道には繋がっていないが、ネーミングはそれに由来しているのだろう。

(さほどロマンは感じられない村だが)

まあ、道の駅+熱帯植物園+温泉+宿泊+グラウンド+森 と、結構な施設があり、食事処も充実している。

 

 

地元の農作物や名産品の販売も豊富で安く、中々楽しい所だったよ。

 

<鬼怒川サイクリングロード>

近くを流れる鬼怒川にはサイクリングロードが完備されているとのことで、楽しみにしていたのだが ・・・

 

荒川を懐かしんでは いけないのだろう  な ・・・

 

<那須烏山>

宇都宮から東北方向へ30kmほどの位置に那須烏山という人口3万弱の市がある。

そこで “山上げ祭” なる祭りが行われるとのことで、丁度会社が3連休の週だったから一泊で行ってきた。

 

市内にある八雲神社の例大祭で、重要無形民俗文化財に指定されている。

一日6回ほど歌舞伎や狂言が披露されるが、毎回舞台を分解し、移動し、再組立てされるので大~変。

暑っいからね~

 

そしてもっと大変なのが山車の中で奏で続けられるお囃子。

宿の部屋から聞いてた時は録音のリピート再生だと思ってたくらいに途切れなく続く。

そんな山車が八雲神社の前に集まると

 

千秋楽は深夜0時を回っても続いていた

 

 

一夜明けた月曜日

烏山の造り酒屋 東力士(あずまりきし)が洞窟の酒蔵を持っているとのことで、見させてもらった。

 ← 説明文 クリックで拡大

第2次大戦の末期に戦車の部品工場の目的で掘られた洞窟だが、稼働する前に終戦を迎えたとのこと。

夏でも15℃までしか上がらないという温度は、この時期だとかなりヒンヤりと感じた。

 

製品の貯蔵や熟成だけでなく、顧客のボトルも預かっている。

例えば子供が生まれたときに預けて、二十歳になったら一緒に開けるとか。

なんか いいね

 

そして帰りはこんなものを食したりしながら、宇都宮に帰ってきたよ

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当たり前がいい

2016-08-01 22:29:35 | 日本日常

久しぶりに東京で買い物をした。

なんて楽しいんだろう♪

実物を見て、手に取って、質感を確認しながら買えることの安心感。

九州では 「これでほんとにいいのかなぁ」 と心配しながらのネット通販ばかりだったからなぁ。

当たり前の生活に戻っただけなんだが、当たり前がこんなに有難いことだと思うのは、中国から帰任したときと似てる。

 

予定してなかったのに思わず買ってしまった Bianchi のトートバッグ

 

ん? 「あまりBianchi っぽくない」 って?

いやいや 中が

チェレステカラーなのだよ

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