怪しい中年だったテニスクラブ

いつも半分酔っ払っていながらテニスをするという不健康なテニスクラブの活動日誌

「凍った地球」田近英一

2015-08-01 08:05:35 | 
地球が誕生して約46億年。生命が誕生してからは約30億年と言われている。
40億年以上前だと地質記録がほとんど残っていないのでその実態は闇に包まれている。その後は地質記録が残っている部分もあり、過去の地球環境の変遷が徐々に解明されている。
このレンジでの地球環境はどうやら激変しているようだ。

30億年以上前の地球は高温環境でほとんどメタンガスの大気に覆われていたと推測される。メタンガスは温室ガス効果が高いので必然的に地球環境は高温となる。ただしそのころの太陽は今の80%ぐらいで降り注ぐ熱エネルギーもそれぐらいだったとか。
そんなメタンガスの大気のもとで嫌気性のバクテリアが生まれ、酸素が大量に供給されるとともにメタンガスを分解していった。
そうすると温室ガス効果が急速に失われていき地球環境は寒冷化してくる。26億年前には全地球が凍ってしまうスノーボールイベントが起きているという。これは南アフリカの地層研究などで分かったそうですが、ちょっと専門的になるのでどうして分かったかは本書を読んでください。
このスノーボールイベント、この後にもあり7億年前と6億年前にもあるのですが、この時には赤道まで凍り全世界が氷河におおわれていて、氷河期というのとはちょっとレベルが違うみたいです。でもこんな時でも凍った海の底には一部水の状態の部分もあり、ほとんどの種は絶滅してしまったのですが、そこで生命は細々と生き延びていたみたいです。
ではどうやってその氷は溶けて温暖な環境になったかというと火山活動による大気への二酸化炭素の放出とそれによる温室ガス効果みたいです。二酸化炭素は放っておくと風化作用により炭酸塩鉱物として固定されていき濃度が下がっていくのですが、そうすると風化作用の速度も弱まるのでフィードバックされ火山活動と相まって安定的に推移するというのですが、これは100万年単位の話。
今地球温暖化などと盛んに言われていますが、それは高々100年単位の話で二酸化炭素濃度についても本当に狭いレンジの問題です。今は間氷期の非常に安定した気候なのですが、地球史的に見ればほんの一瞬のことです。
生物は誕生以来、地球環境の激変に何度も遭遇し種の絶滅を繰り返しているのですが、その環境の激変を潜り抜けることによって新たな種が繁栄してきています。
大気に酸素が今のように含まれるようになったのも20億年前ぐらいだそうだが、スノーボールイベント後の急激な温暖化により海洋における光合成活動が活発化し誘生産量が劇的に増加したことによるみたいです。酸素はある意味、生物にとって毒なのでそれまで生きてきた嫌気性生物の大部分は生存できなくなる。この時活性酸素を分解する酵素を発明することによって生物は新たな進化発展をしていく。今の動植物すべての祖先となる真核生物が誕生してくる。地球環境変動は生物進化に当然ながら大きく影響をしており仮に全地球凍結ということがなければ生物はいまだにバクテリアのままということも考えられる。
全地球凍結というほどでなくても地球はその後も氷河期や小惑星衝突などの環境の激変を経験しており、恐竜をはじめ多くの種が絶滅している。太陽の活動にしても火山活動にしても地球環境に大きく影響するのですが、いつどうやって起こるかなどというのは不可知です。そのことが温暖化の議論を分かりにくくさせているのではないでしょうか。人類の二酸化炭素排出は規模も期間もあまりにも小さく短いのですが、今の安定した環境をもとにした世界では十分に大きな影響ということなのでしょうか。
こう見てくると人類が誕生して以来の地球環境は本当に安定している時代で巨大隕石が衝突することもなく、巨大火山の爆発もありませんでした。あえて言えば東日本大地震も津波も地球的に見れば日常的に起こるプレートの微調整に過ぎないとか…
地球温暖化の議論も非常に狭い範囲の中での議論に過ぎないと思われます。前提としている現在の安定した環境が想定していなかった原因で崩れるということもありますしね。だからと言って現状に手を付けなくていいとはならないのですけどね。
ところで生命は他の星にもあるのかという議論では、太陽系外の惑星でもまだ見つかっていないのですが一定の条件(恒星からの距離と惑星の大きさなど)によって温度が一定の範囲に収まり水が液体で存在する環境はありうるみたいです。地球環境という視点で見れば宇宙では決して地球は孤独な存在ではないのです。太陽系でも木星の衛星の中にはスノーボールと思われるものもあり、もしかすると地球がそうだったように氷の下に水が存在しているかもしれません。水が存在すれば生命が生きていける大きな条件がクリアーできることになります。
ただ、生物学者は条件が整えば生命が誕生するということには懐疑的です。生命が誕生するためにはそれこそ数えきれない試行錯誤と偶然が必要で実験室の中のみたいにはいかないというのですが、最近生物学者の本をよく読んでいるせいか私もどちらかと言えばその意見に賛成です。
どうも時間軸が生命の存在できる時間と大幅に食い違っているので気宇壮大な気分になるのですが、自分があと何年生きられるかと思うと呆然とするだけです。
コメント
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