怪しい中年だったテニスクラブ

いつも半分酔っ払っていながらテニスをするという不健康なテニスクラブの活動日誌

原田ひ香「一橋桐子(76)の犯罪日記」

2023-02-16 21:04:48 | 
見てから読むか、読んでから見るか。
この小説は見てから読む。NHKのドラマを見て、結構面白かったので読んでみました。

ドラマを見てからだと、どうしてもドラマの俳優の顔が思い浮かんできて、一橋桐子はもう松阪慶子の姿しか想像できないのがつらいところ。亡くなった親友のトモは由紀さおり(この名前を思い出せなくて夜明けのスキャットをうたった人、手紙という曲もあったよなとしばし呻吟して、突然名前が降ってきました。かなり老化が進んできたと洗絶えて自覚した次第)、三笠隆が草刈正雄だったんですけど、ドラマの方がかっこよすぎ。まあ、ドラマを思い出しながら、ここは違うぞと思いつつ読んでいきました。
親の介護もあって結婚を逃し独身で貯金もほとんどなく清掃のパートと年金でどうにか食いつないでいる桐子。家族はなく、身内と言える甥は長く音信不通。トモ亡き後は孤独な日々を送るしかなく将来の不安もあって、犯罪を犯して刑務所へ入れば老後も安心と思いつくのですが…
そこは貧しくても善良な人生を送ってきて悪いことなどしたこともない老人、上手く行くわけはありません。
万引きしようにも挙動不審で目をつけられていてすぐに捕まる。
偽札つくりはどうかとコンビニでカラー印刷をして店員に説教される。まあ、その高校生バイトの店員と仲良くなってしまい、狂言誘拐騒ぎまで引き起こすのですけどね。
闇金の口利きは上手く行くのですが、それは双方から感謝されてちょっとした小遣い稼ぎはなっても犯罪とまではならない。
ところで詐欺の話が出て来て、三笠隆が見事に引っかかるのですけど、この話はちょっと身につまされる。
ドラマでは草刈正雄演じていることもあって、そんなにもみじめに感じなかったのですが、小説では,入院して認知の症状も少し出て来てみじめな姿をさらします。結局は疎遠だった沖縄の息子のところへ引き取られます。通っていた接骨院の受付の叔母さんと親しくなり、ついには一緒に住んで結婚しようとまで行くのですが、その間にいろいろ口実をつけてお金を借りていく。累計400万円ぐらいになったところで見切りどころかと判断されて音信不通に。それでも三笠は騙されたとは思いたくなくて望みを託しながら呆然とした日々を過ごすことに。お金は借りたことになっているし借用書も取っていなくて、三笠は詐欺被害にあったとは認めたくないので犯罪にもならない。男というのはいくつになっても馬鹿だからちょっと愛想よくしてくれると自分に魅力があるのかと勘違いしてフラフラとついて行き篭絡されてしまう。そうなったら私も勘違いしてにやけてしまうことは必定。言葉巧みにお金をむしり取られてしまうかも。こうして読んでいる分には色狂いの馬鹿な老人の勘違いと笑っておれるのだが、すりすりと色目を使って擦り寄られるような場になったらどうだか。
ところで桐子はこの後結婚詐欺のワークショップなるものに参加するのだが、そこで受けた講義は世の男は心しておかなければいけない!
曰く,散々男から金を搾り取って何人もの人を殺したのは最低。殺すことなんてしなくてもお金をちゃんと取れる。殺さなくてはいけないほどまで搾り取っちゃだめでその前に止める、寸止めの美学。
よほど効果的だと思われるまではセックスはしてはいけない。まあ、後期高齢者だといくらしたくても体がついてこないので出来ないでしょうけどね。
ターゲットはお金があって孤独な人、子どもたちと別居していて奥さんに先立たれた一人暮らしの人。そういう老人と仲良くなって少しづつお金を引き出す。
美人じゃなくていいのであなたは頼りになるとかあなたしかいないと言って相手のプライドをくすぐり、いい気持にしてやること。
幾ら引き出せるかは確認しること。全財産の10%から20%、400万円くらいまでが目安。そのくらいなら警察に駆け込まれたりする心配もない。男は見栄っ張りだし、降られたとは思いたくないのでその程度なら家族にも相談せず、人にも話さない。
ところで桐子のように身寄りもなく財産も貯金もなくてわずかな年金とパートでなんとか暮らしている高齢者は多い。日本では生活保護基準より低い収入しかない人たちもなかなか生保を申請しないのだが、セーフティネットとしては機能している。将来の不安のために犯罪を犯して刑務所に入るのを考えるのなら民生委員さんなりに泣きつき役所に相談に行くべきだと思うのだが、とにかく自分で何とか出来るうちはしようという意識が強いのだろう。この小説でも最後に頼らなければいけなくなったらそういう道もあるのだよと提示されているのですが、地域社会とも交わりがなくて孤立していると民生委員さんにたどり着けないし、役所の生活保護部署の敷居は高いんだよね。
ところで改めて思うのは松坂慶子の歳相当の体を隠そうとせず役をこなしていく存在感と演技力。若かりし彼女を知っているだけにすごい。
ドラマを見ていない人も十分楽しめる小説です。
コメント
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