いわゆる歴史小説を読んでいると日本の中世史は陰謀だらけ。
本能寺の変が代表格なのでしょうが、真実はこうだ、黒幕は誰だ、こういう陰謀があったなどといまだに新しい解釈が出版されて書店の棚を賑やわせています。
それに対して歴史学者はほとんど無視。およそ荒唐無稽と思われるものを否定するために貴重な研究時間を割くのはまさに時間の無駄と思っているのであろう。
話としては陰謀論の方が面白いし、適当に知的興奮も味わえ、マスコミにも取り上げられたりするので、世間を跋扈することになる。
そんな風潮に敢然と異議申し立てするべく、この本ができたみたいです。
いわゆる陰謀論の特徴としては
1 因果関係の単純明快過ぎる説明
2 論理の飛躍
3 結果から逆行して原因を引き出す
ということだろうか。「事件によって最大の利益を得たものが真犯人である」ということから推理していく説は多い。最終的な勝利者がすべてを予測して状況をコントロールしていたとしているのが、陰謀論の特徴。
でも実際の現場はそんなに論理的かつ首尾一貫したものではなく、試行錯誤の連続で、紆余曲折の結果偶然の幸運がほほ笑んだ場合とか、当事者としての判断の迷いや誤りの結果、失敗したのだけれどもより相手より失敗が少なかっただけとか。とても状況をすべて予測してコントロールしていたとはいいがたいのが本当のところでしょう。
その面では資料を当たるときに第一次資料が重要で、後年書かれた二次資料については、それが書かれた時代背景とか権力構造をきちんと押さえておかないとミスリードしてしまう。徳川幕府が確立してから書かれたものは徳川の悪口は書けないし、ことさら敵対した秀吉なり三成を貶めるように書いてある。軍記ものとして面白くするために話を盛ってあるものもあるであろう。出来すぎた話というのは読み物としては面白くても、歴史的事実としてはちょっと警戒してかからなければいけない。それはそれで面白いので、ついつい乗ってしまうんでしょうけど。
著者の呉座さんは「応仁の乱」で縺れた話をうまくほぐして新書にして、ベストセラーにした人ですが、この本で取り上げられているのは
専門の日本中世史から巷でいろいろな説が流布している事件ばかりで、列挙してみると
・保元の乱
・平治の乱
・鹿ケ谷の陰謀
・治承・寿永の内乱
・源氏将軍断絶
・後醍醐天皇の討幕計画
・観応の擾乱
・応仁の乱
・本能寺の変
・秀次事件
・関ケ原の合戦などなど
それぞれに一次資料を読み込み、通説を撃破して行っています。本能寺の変についていえば、朝廷黒幕説、足利義昭黒幕説とかは成り立たず、家康、秀吉も全く知らなかったと考えるのが普通。結果から見ればあまりにも上手くできたクーデターだったので、巧妙に考えられた筋書きがあったように思うのですが、当事者にとっては迷いつつ試行錯誤した結果であって、一直線に突き進んだわけでもないみたい。一次資料を丹念に読み解いていくと混乱しつつドタバタしつつ物事が進んでいったことが分かります。
でもそれだと今の歴史小説の類はほとんどが筋立てに都合のいいような勝手な解釈にすぎず、真実はたまたま運がよかっただけとなってしまうので小説としては面白くもなんともなくて、読み物にはならないかも。
そうい面では歴史小説の愛読者はあまり読まない方がいいのかもしれません。
でもだからこそ読みたくなる本です。それぞれの事件については自分で読んでみて、今の学会の標準的な見解を理解し、そのうえで小説とは違う自分なりの解釈を楽しんでみるといいのでは。
新書で300ページを超えるので結構読みごたえがあります。
歴史好きは是非ご一読を。
本能寺の変が代表格なのでしょうが、真実はこうだ、黒幕は誰だ、こういう陰謀があったなどといまだに新しい解釈が出版されて書店の棚を賑やわせています。
それに対して歴史学者はほとんど無視。およそ荒唐無稽と思われるものを否定するために貴重な研究時間を割くのはまさに時間の無駄と思っているのであろう。
話としては陰謀論の方が面白いし、適当に知的興奮も味わえ、マスコミにも取り上げられたりするので、世間を跋扈することになる。
そんな風潮に敢然と異議申し立てするべく、この本ができたみたいです。
いわゆる陰謀論の特徴としては
1 因果関係の単純明快過ぎる説明
2 論理の飛躍
3 結果から逆行して原因を引き出す
ということだろうか。「事件によって最大の利益を得たものが真犯人である」ということから推理していく説は多い。最終的な勝利者がすべてを予測して状況をコントロールしていたとしているのが、陰謀論の特徴。
でも実際の現場はそんなに論理的かつ首尾一貫したものではなく、試行錯誤の連続で、紆余曲折の結果偶然の幸運がほほ笑んだ場合とか、当事者としての判断の迷いや誤りの結果、失敗したのだけれどもより相手より失敗が少なかっただけとか。とても状況をすべて予測してコントロールしていたとはいいがたいのが本当のところでしょう。
その面では資料を当たるときに第一次資料が重要で、後年書かれた二次資料については、それが書かれた時代背景とか権力構造をきちんと押さえておかないとミスリードしてしまう。徳川幕府が確立してから書かれたものは徳川の悪口は書けないし、ことさら敵対した秀吉なり三成を貶めるように書いてある。軍記ものとして面白くするために話を盛ってあるものもあるであろう。出来すぎた話というのは読み物としては面白くても、歴史的事実としてはちょっと警戒してかからなければいけない。それはそれで面白いので、ついつい乗ってしまうんでしょうけど。
著者の呉座さんは「応仁の乱」で縺れた話をうまくほぐして新書にして、ベストセラーにした人ですが、この本で取り上げられているのは
専門の日本中世史から巷でいろいろな説が流布している事件ばかりで、列挙してみると
・保元の乱
・平治の乱
・鹿ケ谷の陰謀
・治承・寿永の内乱
・源氏将軍断絶
・後醍醐天皇の討幕計画
・観応の擾乱
・応仁の乱
・本能寺の変
・秀次事件
・関ケ原の合戦などなど
それぞれに一次資料を読み込み、通説を撃破して行っています。本能寺の変についていえば、朝廷黒幕説、足利義昭黒幕説とかは成り立たず、家康、秀吉も全く知らなかったと考えるのが普通。結果から見ればあまりにも上手くできたクーデターだったので、巧妙に考えられた筋書きがあったように思うのですが、当事者にとっては迷いつつ試行錯誤した結果であって、一直線に突き進んだわけでもないみたい。一次資料を丹念に読み解いていくと混乱しつつドタバタしつつ物事が進んでいったことが分かります。
でもそれだと今の歴史小説の類はほとんどが筋立てに都合のいいような勝手な解釈にすぎず、真実はたまたま運がよかっただけとなってしまうので小説としては面白くもなんともなくて、読み物にはならないかも。
そうい面では歴史小説の愛読者はあまり読まない方がいいのかもしれません。
でもだからこそ読みたくなる本です。それぞれの事件については自分で読んでみて、今の学会の標準的な見解を理解し、そのうえで小説とは違う自分なりの解釈を楽しんでみるといいのでは。
新書で300ページを超えるので結構読みごたえがあります。
歴史好きは是非ご一読を。
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