安倍首相がどれだけ経済政策を知っていて、「アベノミクス」なるものをどの様に考え出したかはともかく、総理大臣といえども、ある考えを政策として打ち出し、さらにそれを国として整合的かつ網羅的に具体的政策に落とし込み、実務的に実施していくには政治・行政での調整が必要となる。特に行政の官僚機構の中の調整はほとんど人目にさらされることなく進んでいく。湯浅誠は、行政と一緒に仕事をしていく中で、政策形成過程にはブラックボックスがあると言っているが、そのブラックボックスの中では際限のない利害調整が行われているとことについて感嘆していた。日本の官僚機構は決して独善的に唯我独尊で動いているのではない。
ではアベノミクスはどのような過程を経て政策としてつくられていったのか。
この本は野田政権末期から総選挙を経て安倍政権誕生、そしてアベノミクスの華々しい打ち出しに至るまでの政策形成過程を追ったものです。
私としては久しぶりの岩波新書ですが、著者は時事通信の解説委員ということもあり、文章も読みやすく内容としてサクサク読める本でした。
話は野田首相が解散を決意したところから始まるのですが、官僚組織はすでに民主党政権を見限っていて、もっぱら目を自民党にそれも総裁の安倍に向けていて接触を図っていました。
田崎史郎の「安倍官邸の正体」に詳述してあるように、安倍は首相辞任後「失敗ノート」をつけて何がいけなかったを分析しつつ、勉強会を通じて学者の意見を聞きブレーンとしていき、捲土重来を期していました。民主党の3人の首相は在任中の出来事についてちゃんと分析して反省すべきことは反省しているのでしょうか。多分鳩山・菅は、官僚にはめられたぐらいにしか思っていなくて反省ゼロでは。野田は生真面目すぎて反省はしてももう一度同じことをしそうです。
官僚は自分たちを敵視する民主党政権にはほとほと愛想が尽きてしまい、安倍政権を待望していたのが実情。でもそこで財務省は曲がりなりにも国家運営に対しての責任があって自由に動けない面も。その点自由に動ける経産省は安倍に接近して信頼を得ていきます。
ユーロ危機の後の行き過ぎた円高とデフレに対処するために、いわゆるリフレ派の学者と経産省を中心にアベノミクスの構想が練られていきます。そこには時の政府に独立性を持っている日本銀行を動かしていく必要があり、水面下で激しい暗闘が繰り広げられていきます。
アベノミクスの3本の矢は、金融緩和、積極財政、成長戦略なのですが、中心になるのは金融政策。学者肌の白川総裁は安倍と激しく対立するのですが、時の政権の勢いにかなうべくもなく妥協を余儀なくされます。今思っても白川総裁の言っていることは正鵠なのですが、如何せんあまりにも学者肌で経済へのアナウンス効果とか政治への対処が下手だったのでは。
独立性を守りたい日本銀行と間に立つ財務省、思い通りに金融緩和をやらせたい官邸との緊張したやり取りが続きますが、最後は官邸の圧勝です。
しかし、異次元の金融緩和を主張した浜田宏一とか本田悦郎、岩田規久男たちが当時主張していたことは今となっては恥ずかしくて見たくないのでは。金融政策ですべて解決するようなことを言ってじゃぶじゃぶに金を出し金利を引き下げたことによって、デフレは脱却できたのだろうか。2年でデフレから脱却できると豪語していたのに未だ2%の物価上昇は実現していない。抵抗していた白川総裁の言っていたことの方が正しかったのが分かる。でもそんなことは安倍を筆頭に誰も覚えていないふりをしている。
当時アメリカのFRBのトップがこれまたリフレ派のバーナンキだったことも幸いだったんだろうが、バーナンキも自らの誤りをどこかで認めていたはず。
それでもこの本からは、政策がどのように形成されて、具体的にどう説明され、実現されていくかがよくわかります。民主党政権は官僚機構は敵だと信じてしまい、まさに官僚を使い倒して政策をどう実現していくかに目を向けていなかったことにより自滅していくしかなかったのです。現状を見ると官僚敵視は変わらず、これでは負のイメージはぬぐい切れないと思うのですが。
でも議院内閣制というと内閣と議院多数派の与党が一体となるので、チェックが効きにくい。従前は行政の官僚機構が政策を落とし込む際のある種の壁となってチェック機能を果たしていたのですが、人事権を官邸が握ることによって異論は許されない状況になると官邸独裁?
今の全く誠実さを欠いた政権のありようを見ていると暗澹としますが、そういう状況をもたらした民主党の政権運営のむごさには改めて慨嘆するしかありません。いまだに官僚機構を敵とするような考えに凝り固まっている議員は失敗の研究をしたのだろうか。
ではアベノミクスはどのような過程を経て政策としてつくられていったのか。
この本は野田政権末期から総選挙を経て安倍政権誕生、そしてアベノミクスの華々しい打ち出しに至るまでの政策形成過程を追ったものです。
私としては久しぶりの岩波新書ですが、著者は時事通信の解説委員ということもあり、文章も読みやすく内容としてサクサク読める本でした。
話は野田首相が解散を決意したところから始まるのですが、官僚組織はすでに民主党政権を見限っていて、もっぱら目を自民党にそれも総裁の安倍に向けていて接触を図っていました。
田崎史郎の「安倍官邸の正体」に詳述してあるように、安倍は首相辞任後「失敗ノート」をつけて何がいけなかったを分析しつつ、勉強会を通じて学者の意見を聞きブレーンとしていき、捲土重来を期していました。民主党の3人の首相は在任中の出来事についてちゃんと分析して反省すべきことは反省しているのでしょうか。多分鳩山・菅は、官僚にはめられたぐらいにしか思っていなくて反省ゼロでは。野田は生真面目すぎて反省はしてももう一度同じことをしそうです。
官僚は自分たちを敵視する民主党政権にはほとほと愛想が尽きてしまい、安倍政権を待望していたのが実情。でもそこで財務省は曲がりなりにも国家運営に対しての責任があって自由に動けない面も。その点自由に動ける経産省は安倍に接近して信頼を得ていきます。
ユーロ危機の後の行き過ぎた円高とデフレに対処するために、いわゆるリフレ派の学者と経産省を中心にアベノミクスの構想が練られていきます。そこには時の政府に独立性を持っている日本銀行を動かしていく必要があり、水面下で激しい暗闘が繰り広げられていきます。
アベノミクスの3本の矢は、金融緩和、積極財政、成長戦略なのですが、中心になるのは金融政策。学者肌の白川総裁は安倍と激しく対立するのですが、時の政権の勢いにかなうべくもなく妥協を余儀なくされます。今思っても白川総裁の言っていることは正鵠なのですが、如何せんあまりにも学者肌で経済へのアナウンス効果とか政治への対処が下手だったのでは。
独立性を守りたい日本銀行と間に立つ財務省、思い通りに金融緩和をやらせたい官邸との緊張したやり取りが続きますが、最後は官邸の圧勝です。
しかし、異次元の金融緩和を主張した浜田宏一とか本田悦郎、岩田規久男たちが当時主張していたことは今となっては恥ずかしくて見たくないのでは。金融政策ですべて解決するようなことを言ってじゃぶじゃぶに金を出し金利を引き下げたことによって、デフレは脱却できたのだろうか。2年でデフレから脱却できると豪語していたのに未だ2%の物価上昇は実現していない。抵抗していた白川総裁の言っていたことの方が正しかったのが分かる。でもそんなことは安倍を筆頭に誰も覚えていないふりをしている。
当時アメリカのFRBのトップがこれまたリフレ派のバーナンキだったことも幸いだったんだろうが、バーナンキも自らの誤りをどこかで認めていたはず。
それでもこの本からは、政策がどのように形成されて、具体的にどう説明され、実現されていくかがよくわかります。民主党政権は官僚機構は敵だと信じてしまい、まさに官僚を使い倒して政策をどう実現していくかに目を向けていなかったことにより自滅していくしかなかったのです。現状を見ると官僚敵視は変わらず、これでは負のイメージはぬぐい切れないと思うのですが。
でも議院内閣制というと内閣と議院多数派の与党が一体となるので、チェックが効きにくい。従前は行政の官僚機構が政策を落とし込む際のある種の壁となってチェック機能を果たしていたのですが、人事権を官邸が握ることによって異論は許されない状況になると官邸独裁?
今の全く誠実さを欠いた政権のありようを見ていると暗澹としますが、そういう状況をもたらした民主党の政権運営のむごさには改めて慨嘆するしかありません。いまだに官僚機構を敵とするような考えに凝り固まっている議員は失敗の研究をしたのだろうか。
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